第四十四話:二人の時間と未来への一歩
放課後、学校の裏門近くで交わしたキスは、蓬田香織の心を温かい幸福感で満たしていた。山本嘉位は、香織の不安な気持ちを察し、優しく、そして真剣に香織への想いを伝えてくれた。ライバルのこと、妹のこと、そして彼を取り巻く困難な状況。すべてを正直に話してくれた上で、「一緒に乗り越えていこう」と言ってくれた彼の言葉は、香織にとって、何よりも心強いものだった。
学校を出て、二人は街へと向かった。どこに行きたいか聞かれても、香織は特に思いつかなかった。彼と一緒にいられるだけで、どこでも良かったからだ。
「ねぇ、蓬田さん、今日の夜、時間あるかな?」と「かい」が香織に尋ねる。
「え? あ、はい、大丈夫ですけど…」
「僕の家に来ない? 誰もいない時に…」
「かい」の言葉に、香織の心臓が大きく跳ねた。彼の家。誰もいない時。それは、つまり、二人きりになれるということだ。
戸惑いもあったが、彼に会いたい気持ち、そして彼をもっと知りたいという気持ちが勝った。
「…はい…行きたいです…」
香織は、顔を赤らめながら小さな声で答えた。「かい」は、香織の言葉に嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう! じゃあ、今日の夜、迎えに行くね。家に着いたら、また連絡するよ」
その後、二人はカフェに入ってお茶をしたり、公園で話をしたりして過ごした。他愛のない会話。学校のこと、趣味のこと、将来の夢。彼の話を聞いていると、香織は彼の知的な一面や、ユーモアのある一面を知ることができ、彼への愛おしさが深まっていく。
「ねぇ、蓬田さん。将来、どんなことをしたい?」と「かい」が香織に尋ねる。
「えっと…特に、まだ決まってないんですけど…」
「かい」は香織の言葉を聞いて、優しく微笑んだ。「もしよかったら、僕と一緒に、将来のことを考えてみない? 蓬田さんがやりたいこと、見つけられるように、僕も一緒に考えるから」
彼の言葉に、香織は胸が温かくなるのを感じた。彼は、香織の将来のことまで真剣に考えてくれている。自分は、彼にこんなにも大切に思われている。
「…はい…」香織は、頷くのが精一杯だった。
放課後の時間は、あっという間に過ぎていった。別れるのが名残惜しくて、香織は立ち止まってしまう。
「今日の夜…待ってるね」
「かい」は香織の頭を優しく撫でた。そして、香織の唇に、短いキスをした。
家に帰った香織は、これから彼の家に行くという事実に、落ち着かなかった。彼の家。そして、二人きり。それは、香織にとって、未知の世界への一歩だった。
夜になり、「かい」からメッセージが届いた。「今から迎えに行くね」。香織は、身支度を整え、彼の迎えを待つ。
やがて、家の前に、黒塗りの高級車が止まった。後部席には、「かい」が座っている。香織は、少し緊張しながら車に乗り込んだ。
「かい」は、優しく微笑んだ。彼の言葉に、香織の心臓はドキドキと鳴る。
車は静かに走り出した。夜の街の明かりが窓の外を流れていく。香織は、隣に座っている「かい」をちらりと見た。彼の横顔は、夜の闇に溶け込み、どこか神秘的に見える。
これから、彼の家へ行く。二人きりになる。それは、二人の関係にとって、大きな一歩になるだろう。香織は、期待と不安が入り混じった複雑な感情を抱えながら、彼の家へと向かった。




