第三八話:秘密のメッセージと束の間の繋がり
修学旅行三日目の午後。蓬田香織は、午前中に目撃した、山本嘉位と美少女の親密な様子が頭から離れずにいた。彼を信じたい。昨夜、彼が自分に言ってくれた言葉は、嘘ではなかったはずだ。しかし、彼の周りの華やかさと、自分自身の地味さを比べてしまうと、不安が香織の心を支配する。
班別行動を終え、ホテルに戻るバスの中。香織は窓の外の景色を見ながら、手に握りしめたキーホルダーをそっと触った。小さなスマートフォンの形。そして、四つの「i」。これは、彼との秘密の繋がりだ。
夜間スマートフォン使用可能時間まで、まだ時間がある。しかし、今すぐ彼の声を聞きたい。彼の言葉で、不安な気持ちを打ち消したい。
香織は、周りの目を気にしながら、そっとキーホルダーのスイッチを入れる。小さな画面に表示される数字と矢印。矢印は、今、ホテルの方向を示している。
キーホルダーに、メッセージを送る機能があることは知っている。しかし、どうやって送るのだろうか。香織は、キーホルダーの表面を指でなぞってみる。どこかに、メッセージを入力するためのボタンのようなものがあるのだろうか。
キーホルダーの側面に、小さなボタンがいくつかあることに気づいた。それを一つずつ押してみるが、何も起こらない。
香織は、八重が隣で寝ていることを確認し、誰も見ていないことを確かめながら、キーホルダーをじっと見つめた。もしかして、このキーホルダーに何か、特別な操作が必要なのだろうか。
香織は、以前彼から教えてもらった、キーホルダーのパスコードである彼の誕生日、0526を入力してみる。数字を入力した後、何か確認ボタンのようなものを探す。
キーホルダーの画面の下部に、小さな□のようなマークがあることに気づいた。それを長押ししてみる。
ピッと短い電子音がして、画面に文字を入力できる状態になった。香織は、驚きと興奮で胸が高鳴る。メッセージを送れる!
何を伝えようか。不安な気持ちを彼に打ち明けるべきだろうか。それとも、ただ、彼に会いたいという気持ちを伝えるべきだろうか。
香織は、震える指で、メッセージを入力し始めた。短いメッセージ。率直な気持ちを伝えるために。
「あの…山本君…今、大丈夫ですか…?」
メッセージを入力し終え、送信ボタンらしきものを探す。画面の右下にある、小さな矢印のマーク。それを押してみる。
ピッと短い電子音がして、メッセージが送信されたことを示す表示が出た。香織は、キーホルダーを強く握りしめる。彼からの返信は来るだろうか。彼は、自分のメッセージに気づいてくれるだろうか。
数分後、キーホルダーの画面に、新しいメッセージが表示されたことを示す通知が出た。香織は慌ててメッセージを確認する。
「あ、蓬田さん! 大丈夫だよ! どうしたの?」
彼のメッセージに、香織の心は少しだけ安堵した。彼は、自分のメッセージにすぐに気づいてくれた。
「あの…ちょっと…山本君の声が聞きたくて…」香織は正直な気持ちを伝えた。
「そっか…嬉しいな。僕も、蓬田さんの声が聞きたいよ」
「かい」からのメッセージは、香織の心を温かくする。しかし、バスの中では電話で話すことはできない。
「夜、また電話してもいい? 話したいことがあるんだ」
「かい」からのメッセージに、香織はこくりと頷いた。夜。また、彼と二人で話せる。それだけで、香織の心は満たされた。
「はい、お願いします」
短いメッセージのやり取りだったが、それは香織にとって、大きな意味を持っていた。彼の声を聞くことはできなかったけれど、彼のメッセージを受け取ることができた。そして、彼が自分のメッセージにすぐに気づき、返信してくれたこと。それは、彼との繋がりを改めて感じさせてくれた。
バスがホテルに到着する頃には、香織の心は、不安よりも期待の方が大きくなっていた。夜。彼と話せる。もしかしたら、また会えるかもしれない。修学旅行三日目の夜は、まだ終わっていない。




