第三二話:秘密の逢瀬と朝のざわめき
修学旅行の一日目の夜、蓬田香織は、山本嘉位からの告白を受け入れ、二人は正式に付き合うことになった。月の光が差し込む部屋で交わした言葉と抱擁は、香織の心を温かい幸福感で満たしていた。
「かい」は、香織を部屋まで送ってくれた。別れ際、もう一度抱きしめ合い、「また、このキーホルダーで連絡するね」と耳元で囁いてくれた。香織は、手に握りしめたキーホルダーが、単なる飾りではなく、彼との秘密の繋がりを持つ大切なアイテムになったことに、改めて感動した。
自室に戻ると、他の班員は皆ぐっすりと眠っていた。香織は、音を立てないようにベッドに入り、布団の中で一人、先ほどの出来事を反芻した。彼の告白、抱擁、そして秘密のキーホルダー。すべてが、まるで夢の出来事のようだった。
興奮と幸福感で、香織はなかなか寝付けなかった。隣で寝ている八重を起こさないように、静かに息を潜める。
翌朝、修学旅行の二日目が始まった。朝食会場へ向かう途中、香織は他のクラスの生徒たちの中に「かい」の姿を探した。彼もまた、香織を探しているようで、目が合った瞬間、二人は互いに微笑み合った。それは、他の人には分からない、二人だけの秘密のサインだった。
朝食会場で、二人は近くの席になった。周りの目を気にしながらも、香織は嬉しくて、顔がにやけてしまうのを抑えきれない。
「昨日は、ありがとう」朝食をとりながら、「かい」が香織にだけ聞こえる小さな声で囁いた。
「こちらこそ…」香織も顔を赤らめながら答える。
短い会話だったが、二人の間に流れる空気は、以前とは全く違っていた。秘密を共有する恋人同士の、甘く、そして少しだけ緊張した空気だ。
二日目は、班別行動が中心だった。香織たちの班は、事前に計画していた観光地を巡る。八重や他の班員と観光を楽しみながらも、香織の心は常に「かい」のことを考えていた。彼も今頃、どこかで班別行動をしているのだろうか。
昼食時、たまたま別の場所で食事をしていた「かい」たちの班と、同じ食堂になった。お互いに気づき、目が合う。香織は、彼の班のメンバーの中に、彼に積極的に話しかけている女子生徒がいることに気づいた。彼女は、以前班決めでも彼の隣にいた、学年一の美少女と噂される生徒だ。
彼女が「かい」に楽しそうに話しかけ、時折彼の腕に触れているのを見て、香織の心にチクリとした痛みが走った。嫉妬。初めて感じる感情に、香織は戸惑う。彼は、自分の恋人になった。なのに、他の女の子とあんなに親密そうにしている。
八重は、香織の様子に気づいたようだ。「かおり? どうしたの? 顔色悪いよ?」
「あ、ううん…なんでもない…」香織は慌てて誤魔化す。
昼食後、班別行動を再開する。香織は、午前中とは違い、どこか上の空だった。「かい」への想いと、嫉妬の感情が、香織の心を占めている。彼の周りには、いつも多くの人がいる。そして、彼に好意を寄せている異性もたくさんいる。そんな中で、自分は彼の「ユニークアイテム」になれるのだろうか。
夜になり、ホテルに戻る。部屋に入ると、香織はすぐに「かい」からメッセージが来ていないか確認した。スマートフォン使用可能時間が始まるまで、あと少し。
夜8時になり、スマートフォンをオンにする。すぐに「かい」からメッセージが届いていた。
「蓬田さん! 今、電話大丈夫?」
「はい、大丈夫です」と返信すると、すぐに彼から電話がかかってきた。
「もしもし? 蓬田さん? 今、一人?」
「はい…」
「昨日、ちゃんと部屋に戻れた? 誰かに見つからなかった?」
「大丈夫でした…山本君は?」
「僕も大丈夫! メイドの千佳さんが、ちゃんと見張っててくれたから」
千佳さんの名前を聞いて、香織は少し安心した。
「あのね、昼間、ごめんね。八重さんや他の班員もいたから、あまり話せなかったけど…」
「いえ…私も、あまり話せなくて…」
「かい」は、昼間の食堂での香織の様子に気づいていたのだろうか。
「ねぇ、もしよかったら、今晩も…会えないかな?」
彼の誘いに、香織の心臓が大きく跳ねる。秘密の逢瀬。それは、危険なことかもしれないけれど、彼に会いたい気持ちが勝った。
「…はい…」
「ありがとう! じゃあ、またキーホルダーで連絡するね。気を付けて来てね」
電話を切った後も、香織の胸のドキドキは止まらなかった。修学旅行の夜。二度目の秘密の逢瀬。そして、そこで何が起こるのだろうか。期待と不安が入り混じり、香織の心はざわめいていた。
(つづく)
いったい、かい と かおり に 何がおきるのでしょうね?
つづく




