第二九話:深夜の呼び出しと秘密のメッセージ
夜間スマートフォン使用可能時間が終わり、部屋の明かりが消される。蓬田香織は、布団の中で目を閉じたが、なかなか寝付けなかった。山本嘉位から、「また後で、改めて電話してもいい?」というメッセージが来ていたからだ。夜間使用可能時間は終わってしまったけれど、彼は電話をかけてくるのだろうか。もし、夜中にかけてきたら、どうすればいいのだろう。
修学旅行の夜。同じ部屋の子たちは、もう寝息を立てている。静寂が部屋を包み込む。香織は、枕元に置いたスマートフォンを意識する。電源は切ってあるはずだが、彼からの電話がかかってくるのではないかという期待と不安が、香織の心臓をドキドキさせる。
ふと、香織は手に握りしめていたキーホルダーのことを思い出した。あの小さなスマートフォンの形をしたキーホルダー。これを、彼は自分に「持ってて」と言って渡した。それは、ただの飾りではないはずだ。
香織は、布団の中でそっとキーホルダーを取り出した。暗闇の中、手にひんやりとした感触が伝わる。小さなスマートフォンの形。そして、四つの「i」。これは、一体何を意味するのだろうか。
(もし、これが…)
香織の脳裏に、ある可能性が閃いた。夜間の使用制限がある中で、彼が自分と連絡を取るための、何か特別な手段なのではないか。例えば、隠し通信機能がついているとか、あるいは、何か秘密のメッセージが記録されているとか。
香織は、キーホルダーをじっと見つめながら、その可能性について考え始めた。電源ボタンらしきものはない。ボタン類もほとんど見当たらない。どうすれば、これが起動するのだろうか。
キーホルダーを指先でなぞってみる。表面は滑らかだが、何か凹凸があるような気もする。四つの「i」の部分を触ってみる。特に変わった様子はない。
しかし、香織がキーホルダーの側面をなぞっていた時、指先に微かな感触があった。小さなくぼみのようなものだ。それを押してみる。
何も起こらない。
もう一度、別の場所を探ってみる。裏側、上部、下部。小さなスマートフォンの形を模倣しているのだとしたら、どこかに何か、隠された機能があるはずだ。
香織は、諦めずにキーホルダーを調べ続けた。指先でなぞり、小さな凹凸を探す。そして、キーホルダーの下部に、充電端子のような、小さな穴があることに気づいた。しかし、充電器のようなものは持っていない。
他に何か機能があるのではないか。香織は、思いつく限りのことを試してみる。キーホルダーを振ってみたり、耳に当ててみたり。
その時、香織はキーホルダーの側面に、非常に小さく、ほとんど目立たないスイッチのようなものがあることに気づいた。爪先でそっとスイッチを動かしてみる。
カチリ。
微かな音がして、キーホルダーの小さな画面らしき部分が、ほんの一瞬だけ光ったような気がした。気のせいだろうか。もう一度、スイッチを動かしてみる。
カチリ。
やはり、小さな画面が光った。そして、画面に何か文字のようなものが表示された。香織は慌ててキーホルダーを目の前に近づける。暗闇の中、微かに光る画面に表示されているのは、数字だった。
「…0526…?」
四つの数字。0526。それは、一体何を意味するのだろうか。彼の誕生日? それとも、何か別の暗証番号?
香織の心臓がドキドキと鳴り始める。これは、彼からのメッセージなのかもしれない。この数字は、何かの鍵になっているのだろうか。
さらに、香織はキーホルダーの画面に、もう一つ別の表示が出ていることに気づいた。それは、小さな、矢印のようなマークだった。矢印は、ある方向を指している。
(矢印…? 方向を示しているの…?)
香織は、その矢印が指している方向を、部屋の中で確認してみる。矢印は、窓の方角を示しているようだ。窓?
もしかして、このキーホルダーは、彼の居場所を示しているのだろうか。そして、この数字は、彼との連絡手段に関係しているのかもしれない。
香織の胸は、期待と興奮でいっぱいになった。このキーホルダーは、やはりただの飾りではなかった。これは、彼が自分に渡してくれた、秘密のアイテムなのだ。
矢印が窓の方角を示しているということは、彼もこのホテルの、窓のある場所にいるのだろうか。そして、このキーホルダーが示す方向に進めば、彼に会えるのだろうか。
香織は、寝静まった部屋で一人、キーホルダーの謎を解き明かそうとしていた。修学旅行の夜は、まだ始まったばかりだ。そして、この夜に、きっと何か特別なことが起こる。




