第二〇話:日曜日の夜、再びの連絡
(電話が鳴った、電話が鳴ったのよ)
日曜日の夜。明日からまた学校が始まる。蓬田香織は、週末の八重との会話を思い出しながら、少しだけ勇気を出そうとしていた。山本嘉位の態度に傷つき、イライラしていたけれど、八重の言葉を聞いて、彼が自分を避けているのは、何か理由があるのかもしれないと思えるようになった。
スマートフォンを手に取り、「かい」とのトーク画面を開く。最後に連絡を取ったのは、金曜日の朝、「おはよう」と送ったメッセージに、彼からの返信はなかった。既読はついているのに。
(何か、送ってみようかな…)
しかし、何をどう送ればいいのか分からない。彼が自分を避けているように見える今、メッセージを送っても、迷惑に思われるだけかもしれない。
悩んでいると、八重からメッセージが届いた。「山本嘉位に連絡した? どうだった?」
香織は、まだ連絡していないことを八重に伝えた。八重はすぐに「何やってんの! 悩んでる暇があったら、行動しなさい!」と喝を入れる。
「でも、何をどう送ればいいのか…」
「何でもいいじゃん! 元気?とか、今日の夜、電話できる?とか! 大事なのは、連絡を取ることだよ!」
八重の勢いに押され、香織は勇気を振り絞って「かい」にメッセージを送ることにした。指が震える。何を書いても、彼の気持ちを推し量ってしまう。
結局、香織が送ったのは、短い一言だった。
「あの…元気ですか?」
送信ボタンを押すと、香織の心臓は早鐘を打った。既読になるだろうか。返信は来るだろうか。不安でいっぱいになりながら、スマートフォンを握りしめる。
数分後、既読がついた。そして、すぐに返信が来た。
「あ、蓬田さん。ごめんね、返信遅くなって。元気だよ。蓬田さんも元気?」
その返信に、香織は少しだけ安堵した。避けているわけではなさそうだ。少なくとも、メッセージのやり取りはしてくれる。
「はい、私も元気です」
短いやり取りが始まった。他愛のない会話。今日の出来事、明日の学校のこと。まるで、週明けからのぎこちなさなどなかったかのようだ。しかし、メッセージの行間には、どこかお互いの探り合いのようなものが感じられた。直接話す方が早いのに、メッセージでしかやり取りしないことへの、もどかしさ。
会話がしばらく続いた後、「かい」からメッセージが届いた。
「あのさ、もしよかったらなんだけど…少しだけ、電話で話さない?」
電話。その言葉に、香織の心臓が再び大きく跳ねた。彼は、今、香織と話したいと思ってくれている。週明けからのすれ違いは、彼の本心ではなかったのかもしれない。
「…はい…大丈夫です…」香織は震える指で返信した。
「ありがとう。じゃあ、かけるね」
スマートフォンが鳴る。画面には「山本嘉位」の名前。香織は深呼吸をして、通話ボタンを押した。
「もしもし…」
香織の声は、少しだけ震えていた。
「もしもし、蓬田さん? 夜遅くに、ごめんね」
「かい」の声は、メッセージのやり取りとは違い、直接心に響いてくるような温かさがあった。その声を聞いただけで、香織の心の中で張り詰めていたものが、少しずつ緩んでいくのを感じた。
「あのね、今日の昼間、数学の授業でさ…」
「かい」は、まるで何事もなかったかのように、今日の学校での出来事について話し始めた。香織も、彼の話に相槌を打ちながら、少しずつリラックスしていく。
しかし、しばらく話しているうちに、香織はふと、ある疑問を抱いた。電話の向こうから聞こえる「かい」の声の他に、微かに、女性のため息のようなものが聞こえたような気がしたのだ。
(気のせいかな…?)
香織は首を傾げる。もしかしたら、電話の電波が悪いのかな。
「…あの、山本君…?」
「うん、どうした?」
「…誰か、他にいますか…?」
香織の言葉に、「かい」は少しだけ沈黙した。そして、困ったような、それでいて少し慌てたような声で答えた。
「え…あ…いや、誰もいないよ? どうして?」
彼の動揺した様子に、香織の心はざわめき始めた。やはり、誰かいるのだろうか。もしかして、女の子といるのだろうか。週明けからの彼の態度と、電話越しに聞こえた微かな女性の声。それは、香織の中に新たな不安と疑念を芽生えさせた。




