第一九話:それぞれの相談相手
八重、た、助けて
月曜日から続く山本嘉位と蓬田香織のぎこちない関係は、週末を迎えても改善されなかった。お互いを意識しているのに、目を合わせることも、話しかけることもできない。二人の間には、重苦しい空気が流れていた。
土曜日になり、香織は八重と会う約束をした。ショッピングモールで待ち合わせ、カフェに入った。
「で? かおり、山本嘉位とどうなったの? 週明けからなんか二人とも変だったじゃん」八重は、香織の顔を見るなり単刀直入に尋ねた。
香織は、週明けからの「かい」の態度に傷ついていることを正直に八重に話した。デートの時はあんなに楽しかったのに、学校では避けられているように感じること、彼の気持ちが分からなくて不安なこと。
八重は香織の話を黙って聞いていた。そして、香織が話し終えると、力強く言った。
「そっか。かおり、辛かったね。でもさ、山本嘉位は別に、かおりのこと嫌いになったわけじゃないと思うよ」
「え…どうしてそう思うの…?」
「だってさ、もし嫌いになったんなら、わざわざ避ける必要ないじゃん? キッパリ突き放せばいいだけだし。あいつが避けてるってことは、何か理由があるんだと思うんだ」
八重の言葉に、香織は少しだけ希望を見出した。確かに、もし嫌いになったなら、もっと露骨に嫌な態度を取るかもしれない。避けるというのは、何かを隠している証拠なのだろうか。
「それにさ、あの山本嘉位が、あんなに周りに人がいる中で、かおりをデートに誘ったんだよ? それが、遊びだったとは思えないんだよね」
八重は、学園のスーパースターである「かい」が、地味で内気な香織にそこまで執着する理由が、まだ香織自身も気づいていない、香織の中に眠る魅力にあると信じていた。
「かおり、山本嘉位のこと、どう思ってるの?」八重が真剣な表情で尋ねる。
香織は、少し迷ってから、正直な気持ちを話した。「私も…山本君のこと、もっと知りたいって思うし…一緒にいると、すごく楽しいし…」
「だろ? なら、諦める必要ないじゃん! 山本嘉位が何で避けてるのか、その理由を突き止めればいいんだよ!」
八重の力強い励ましに、香織は勇気をもらった。一人で悩んでいても仕方がない。八重の言う通り、彼がなぜ自分を避けているのか、その理由を知りたい。
一方、「かい」もまた、週末に相談相手を求めていた。彼の相談相手は、意外な人物だった。妹の楓である。
「楓、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「かい」は、リビングで一人で本を読んでいた楓に話しかけた。楓は本から目を離さず、「なんでしょう、お兄様?」と涼しい顔で答える。
「あのさ、もし、すごく大切な人ができたとして、その人を守るためには、どうすればいいと思う?」
「かい」の突然の質問に、楓は初めて本から目を離し、兄の顔をじっと見つめた。その瞳の奥に、鋭い光が宿る。
「ほう…お兄様にも、そんな方ができたんですか。それは、あの、蓬田香織さん、のことでしょうか?」
楓は、すべてお見通しだというように微笑んだ。「かい」は隠しても無駄だと悟り、正直に頷いた。
「うん…彼女のことだ。俺は、彼女のことが大切なんだ。でも、俺と一緒にいると、彼女が危険な目に遭うかもしれない。俺の世界は、あまりにも…」
「かい」は、自身の立場や、周囲からの干渉、そして楓自身の存在が、香織にとって重荷になるのではないかと懸念していた。
楓は、兄の ??を聞いて、ゆっくりと口を開いた。その声には、いつもの甘えた響きはなく、どこか冷たい響きがあった。
「守る…ですか。簡単ですよ、お兄様。その方を、お兄様の世界から切り離せばいいのです。あるいは、その方を、お兄様の世界に染めてしまえばいい」
その言葉の冷たさに、「かい」は思わず息を呑んだ。楓の言う「切り離す」とは、香織と別れるということだろう。そして、「染めてしまう」というのは、香織を自分の世界のルールやしきたりに縛り付けるということだろうか。
「…そんなこと、俺にはできない」
「かい」はきっぱりと答えた。香織を傷つけるような真似はしたくない。
「そうですか…お兄様は、相変わらず甘いですね」楓はフッと冷たく笑った。「でも、覚えておいてください、お兄様。お兄様のその甘さが、結局は大切な人を傷つけることになるかもしれませんよ」
楓の言葉は、まるで呪いの言葉のように「かい」の心に突き刺さった。香織を守りたいのに、どうすればいいのか分からない。「切り離す」ことも、「染めてしまう」こともしたくない。しかし、このままでは、楓の言うように、香織を傷つけてしまうかもしれない。
週末、香織は八重に励まされ、少し前向きな気持ちになっていた。一方、「かい」は楓の言葉に心を乱され、さらに悩みを深めていた。二人の距離は、まだ遠いままだった。