第一六話:初めてのデート ファッションとビューティー
え!そんな、それは、出来ません。
ラーメンのスープをワンピースにこぼしてしまい、すっかり落ち込んでしまった蓬田香織だったが、山本嘉位の提案で、近くの服屋さんに行くことになった。
「ここ、結構おしゃれな服が多いんだよ。蓬田さんに似合う服、きっと見つかると思うな」
「かい」が香織を連れて入ったのは、洗練された雰囲気のセレクトショップだった。普段、香織が一人では決して入らないようなお店だ。店内には、デザイン性の高い洋服が並び、店員もおしゃれな人ばかりだ。香織は少し気後れしてしまった。
「かい」はそんな香織の様子に気づくと、「大丈夫だよ。ゆっくり見よう?」と優しく声をかけ、香織の手を握り直した。彼の温かい手に、香織の心が少しだけ落ち着く。
「かい」は店内の服を見て回りながら、「これ、蓬田さんに似合いそうじゃない?」「このスカートの色、可愛いね」などと、次々と香織に似合いそうな服を見つけてくれた。彼の服を選ぶ目は確かで、香織が普段着ないようなデザインでも、彼が選んでくれると、なんだかおしゃれに見える気がした。
「ちょっとこれ着てみない?」と「かい」が香織に渡したのは、淡いブルーのブラウスと、ネイビーのフレアスカートだった。香織は戸惑いながらも、試着室へと入る。
ブラウスに袖を通し、スカートを履いて鏡の前に立つ。いつも地味な色の服ばかり着ている香織にとって、淡いブルーは新鮮だった。鏡に映る自分は、いつもより明るく、少しだけ華やかに見える。
試着室から出ると、「かい」が待っていた。香織の姿を見ると、彼はぱあっと顔を輝かせた。
「わぁ…! すごく似合ってる! めちゃくちゃ可愛い!」
「かい」の言葉に、香織は顔を真っ赤にする。「あ、ありがとう…」
「本当に可愛いよ。この服、蓬田さんの雰囲気にぴったりだ」
「かい」は心からそう思っているようで、その言葉が香織の心を温かくする。彼に褒められると、こんなにも嬉しいんだ。
結局、香織は「かい」が選んでくれた淡いブルーのブラウスとネイビーのフレアスカート、それに白いカーディガンを新しいデート服として買うことにした。お会計をしようとすると、「かい」が「これは僕がプレゼントするよ」と言って、代金を出してくれた。香織は恐縮したが、「せっかく僕が選んだんだから、これは僕からのプレゼント」と「かい」は譲らなかった。
新しい服が入った紙袋を手に、二人は店を出た。外はまだ明るく、春の風が心地よい。
「ねぇ、この後、どこに行こうか?」と「かい」が香織に尋ねる。
「えっと…特に…」
「じゃあさ、ちょっと寄り道しない? 面白いところがあるんだ」
「かい」が香織を連れて行ったのは、デパートの化粧品売り場だった。キラキラと輝くたくさんの化粧品に、香織は目を丸くする。香織は普段、化粧らしい化粧はほとんどしない。せいぜい、リップクリームを塗るくらいだ。
「かい」は迷うことなく、ある化粧品ブランドのカウンターへと向かった。そして、そこで働くビューティーアドバイザーの女性に話しかけた。
「すみません、この子に似合うメイクを選んでもらえませんか? 今日、僕と初めてのデートなので、とびきり可愛くしてあげたいんです」
「かい」の言葉に、香織は耳まで赤くなる。ビューティーアドバイザーの女性は、驚いた様子だったが、「まぁ、なんて素敵な彼氏さん!」と微笑むと、香織に話しかけてきた。
「あら、可愛らしいお客様。今日はどんなメイクに挑戦してみたいかしら?」
香織は戸惑いながらも、「えっと…あまり派手にならないように…」とだけ伝えた。
ビューティーアドバイザーの女性は、香織の顔立ちや雰囲気に合わせて、丁寧にメイクを施してくれた。ファンデーションで肌のトーンを整え、アイシャドウで目元に明るさを加え、リップで唇に彩りを与える。初めての本格的なメイクに、香織はドキドキしていた。
メイクが完成し、鏡を見せてもらった時、香織は思わず息を呑んだ。鏡の中に映っているのは、いつもの地味な自分とは全く違う、明るく華やかな顔をした自分だった。目元はぱっちりと、唇はふっくらと血色よく見えている。まるで魔法がかかったみたいだ。
「わぁ…!」香織は驚きと感動で声が出なかった。
「どう? すごく似合ってるでしょ?」ビューティーアドバイザーの女性が微笑みかける。
「かい」も香織の顔を見て、目を輝かせた。「すごい! 蓬田さん、別人みたい! いや、別人っていうか…元々可愛いけど、もっと可愛くなった!」
彼の言葉に、香織はまたしても顔を赤くする。嬉しさと、少しだけ恥ずかしさがないまぜになった感情だった。
化粧品を選び、デパートを出る頃には、外はすっかり暗くなっていた。街の明かりがキラキラと輝いている。香織は、新しい服とメイクで、まるで生まれ変わったような気持ちになっていた。「かい」の隣を歩きながら、香織はこれからのデートに、そして彼との関係に、少しだけ前向きな期待を抱き始めていた。