第一五話:初めてのデート 食事中のハプニング
(ビッチャ…え?…どうして…え?…あ!シミ)
待ちに待った、いや、少し怖くもあった山本嘉位との初めてのデート当日。蓬田香織は、八重と一緒に選んだ淡いピンクのワンピースに白いカーディガンという、自分にとっての精一杯のおしゃれをして、待ち合わせ場所へと向かった。春の穏やかな日差しが、香織の心を少しだけ軽くしてくれる。
待ち合わせ場所に「かい」の姿を見つけた時、香織の心臓は大きく跳ねた。彼は、いつもの制服姿ではなく、カジュアルな服装をしていた。シンプルなTシャツにジーンズというラフな格好だったが、彼のスタイルの良さが際立っており、まるで雑誌から抜け出してきたモデルのようだった。
「蓬田さん! こっち!」
「かい」は香織に気づくと、眩しい笑顔で手を振った。香織は顔を赤らめながら、彼の元へ向かう。
「ごめん、待った?」
「い、いえ…今来たところです…」
「かい」は香織の服装を見て、少しだけ目を丸くしたが、すぐに優しく微笑んだ。「可愛いね、そのワンピース。すごく似合ってるよ」
その言葉に、香織は顔をさらに赤らめた。八重に選んでもらった服だが、「かい」に褒められると、素直に嬉しかった。
「ありがとう、山本君も…その、かっこいいです…」精一杯の褒め言葉を絞り出す。
「えへへ、ありがとう」
少し照れたように笑う「かい」を見て、香織は彼の意外な一面に触れたような気がした。いつも自信に満ち溢れているように見える彼にも、こんな可愛いらしい一面があるんだ。
「今日はどこに行こうか? 蓬田さん、行きたいところある?」
香織は特に考えていなかった。どこに行きたいか聞かれても、すぐに思いつかない。
「えっと…山本君は、どこに行きたいですか…?」
「うーん、じゃあ、まずは腹ごしらえしない? 美味しいラーメン屋さんがあるんだけど、どうかな?」
ラーメン。デートでラーメン。香織は少し意外に思ったが、「かい」が勧めてくれるなら、と頷いた。
「はい、行きたいです」
二人は、街中にある人気のラーメン屋さんへと向かった。行列ができていたが、「かい」は慣れた様子で並ぶ。並んでいる間も、「かい」は香織に色々な話をしてくれた。学校のこと、趣味のこと、家族のこと。彼の話は面白く、香織は自然と笑顔になっていた。彼の周りには、いつも明るい空気が流れている。
やがて店内に案内され、カウンター席に座った。湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが漂ってくる。
「かい」は迷うことなくメニューを見て、「僕はいつものにしようかな。蓬田さんは?」
「えっと…じゃあ、おすすめのものを…」
店員に注文を伝え、二人はラーメンを待つ。その間も、「かい」は楽しそうに話しかけてくる。香織は、彼の話を聞きながら、少しずつ緊張が解けていくのを感じていた。彼と一緒にいると、不思議と心が落ち着く。
ラーメンが運ばれてきた。熱々のラーメンを前に、香織は思わず唾を飲み込む。
「いただきます!」
「かい」が先に食べ始めたのを見て、香織もラーメンを食べ始めた。美味しい。魚介系の出汁が効いたスープに、コシのある麺がよく絡む。香織は夢中でラーメンをすすった。
その時だった。勢いよくラーメンをすすりすぎてしまったのだろうか、熱いスープが香織のワンピースに飛び散った。
「あっ…!」
香織は慌ててナプキンで拭こうとするが、時すでに遅し。淡いピンクのワンピースに、くっきりとスープのシミができてしまった。
「大丈夫!? 熱くなかった?」
「かい」が心配そうに香織に声をかける。
「だ、大丈夫です…でも…」香織はシミができてしまったワンピースを見て、顔を青くする。初めてのデートで、せっかく八重と一緒に選んだ新しい服なのに。
「あー…これはちょっと目立つね…」と「かい」は香織のワンピースのシミを見て言う。「ごめんね、僕がラーメン屋さんに誘ったから…」
「いえ、私の不注意なので…」
香織はすっかり落ち込んでしまった。せっかくのデートなのに、こんなことになってしまって。
「よし! 決めた!」と「かい」は突然立ち上がった。
「えっ?」
「このラーメン屋さんの近くに、いい感じの服屋さんがあるんだ。そこで新しい服を買おう! そして、このワンピースはクリーニングに出そう!」
「でも…そんな…」香織は恐縮する。
「いいのいいの! 気にしないで! せっかくのデートなんだから、楽しく過ごそうよ!」
「かい」はそう言うと、香織の手を引いてラーメン屋さんを出た。香織は戸惑いながらも、「かい」に連れられて街中を歩く。彼の指先が温かく、そして少しだけ力強かった。
このラーメンデートが後々、学園に広まって行くのは、まだ、まだ、先の事であった。