第一三話:初めてのデート前夜の憂鬱
(無い!無い!無い!…どうしよう)
山本嘉位からのデートの誘いを受け、「考えてみます」と返事をした蓬田香織だったが、その夜の電話で事実上、明日彼と二人で会うことを決めてしまった。通話を終えた後も、香織の興奮と不安は収まらなかった。生まれて初めてのデート。それも、学園一の有名人である山本嘉位と。
ベッドに横になっても、なかなか寝付けない。目を閉じると、「かい」の顔が浮かんでくる。彼の優しい声、真剣な眼差し、そして時折見せる屈託のない笑顔。どれもが、香織の心をざわつかせる。
(明日、何を着ていこう…?)
それが、今一番の悩みだった。香織の服は、地味で目立たないものばかりだ。普段は気にしたこともなかったが、明日「かい」と並んで歩くことを考えると、今のままでは恥ずかしいような気がした。彼の隣に立つにふさわしい服なんて、一枚もない。
ベッドから起き上がり、クローゼットを開ける。並んでいるのは、地味な色のカーディガンやスカート、ブラウスばかりだ。手に取ってみるが、どれもピンとこない。彼の妹である楓の、モデルのようなスタイルと洗練されたファッションが脳裏に蘇る。楓のような華やかさや、彼に釣り合うような上品さは、自分には全くない。
(どうしよう…このままだと、恥ずかしい…)
香織はため息をつき、もう一度クローゼットを閉めた。こんな時、誰かに相談できたら、どんなにいいだろう。そうだ、八重だ。
香織はスマートフォンを手に取り、八重にメッセージを送った。深夜にもかかわらず、すぐに既読がつき、電話がかかってきた。
「もしもし? かおり? なんでこんな時間に起きてんの?」八重の眠そうな声が聞こえる。
「あのね、八重…ちょっと相談があるんだけど…」
香織は、電話で「かい」からデートに誘われたこと、そして明日何を着ていけばいいのか悩んでいることを八重に打ち明けた。
八重は香織の話を聞いて、最初は大声で笑いそうになったが、香織が本気で悩んでいることを察して、真剣な声になった。
「マジかー! デート! やったじゃん、かおり! で、服ね。うーん、かおりの服って、確かに地味っちゃ地味だけど…」
八重は香織の普段のファッションを思い浮かべながら、何を着ていくべきか考えてくれる。
「よし、決めた! 明日、学校終わったら一緒に買い物に行こう! かおりに似合う服、私が選んであげる!」
「えっ!? 八重、いいの?」
「もちろん! 親友の晴れ舞台だもん! 任せなさい!」
八重の力強い言葉に、香織は胸のつかえが取れたような気がした。一人で悩んでいてもどうにもならなかったことが、八重に相談しただけで、一気に解決の方向へ向かった。
「ありがとう、八重…! 本当に助かるよ…!」
「気にしない気にしない! じゃあ、明日ね! あんまり夜更かししないで寝なよ!」
八重との電話を終え、香織は少しだけ心が軽くなった。明日、八重と一緒に服を選べば、きっと「かい」とのデートにふさわしい服が見つかるだろう。
しかし、再びベッドに入っても、香織の目は冴えていた。明日、彼とどこへ行くのだろう。どんな話をするのだろう。そして、彼は本当に自分に好意を持ってくれているのだろうか。不安と期待が入り混じったまま、香織は長い夜を過ごした。