2.地を這うもの、空を飛びたい②
オリジンの緊急招集から数日が経過した。
遠征の件は入国の手続きの都合や相手国の受け入れの準備に時間が掛かるらしい。そのためオリジン遠征メンバーはアルバドリスで待機しつつ来る日まで鍛錬と休息を怠らないように日々を送っていた。
異能者学校の夏休みに入った弥彦もこれまでと比べて時間に余裕ができた。
異療についてはセプタンプラ科長と相談した結果、長期的に診ている外来患者の予約のみ対応し、新しい外来患者はオリジン案件が落ち着くまで受けない方向性でいくこととなった。そのために時間により余裕を持てるようになったのだ。
また、黒の神獣使いと戦うことになるかもしれない。それにロフティとの任務だとしても別行動をしている間に黒の侵蝕が発生する可能性も捨てられない。
それを懸念して、学業に集中していた弥彦はこれまで夕凪とロフティが主体となって奔走していたオリジン案件に同行することになった。
「ここが黒の侵蝕が目撃された現場――ですか」
ここは近隣国のとある山の一角だ。夏の暑さだけの影響ではないのだろう、空気は黒の侵蝕独特の重みを含んでいた。
どうやら登山家がこの山の中腹に差し掛かるところで黒の侵蝕の靄らしきものを発見して通報したらしい。その報告を受けた国家は安全のために山にいる人々を捜索そして保護し、その後に一般人が侵入出来ないよう軍を配備して封鎖した。そこへ昼過ぎに夕凪、ロフティ、弥彦は三体の白の神獣を連れて入山したところだ。
「やーまはみどりでいっぱいだ~きのみもいいけどきのこもいい~」
しばらく山を歩いている中、弥彦の首元にいる白夜は上機嫌に歌っている。
「なに、それ……」
ロフティが怪訝な顔だ。
「歌ってヤツだぞ、知らないのかあ?」
「歌なのは分かるわよ! 流石に!」
「ヤヒコと自然欲できて嬉しいんだ! こころ踊ってるんだ! 口開いたら歌になっちゃうんだぞ!」
「それ即興だったんだ⁉」
弥彦はてっきり誰かに教えてもらった曲なのかと思っていたので驚嘆した。
「もう一種の才能ね⁉」
「きゅーきゅきゅきゅいっきゅい~」
ロフティの胸に抱かれる小さい白狐の神獣――リシェットも尻尾をぱたぱたとさせて白夜を真似るようにリズムを口ずさんだ。リシェットも嬉しいのかもしれない。なんとも微笑ましい様子だ。
「……わるくないわね」
そうロフティが呟く。二体の神獣の愛らしさが爆発的だ。
気が緩んでいるようにも思えるがそうなっても仕方ない理由はあった。
報告された黒の侵蝕まで辿り着く。
黒い霧のようなものが薄く漂っているものの、緑は枯れている様子はなく生き生きとしている。これまで見てきた黒の侵蝕と比べれば最小規模だ。
人通りの少ない場所では黒の侵蝕が発生してからじわじわと瘴気を蔓延させ、植物や川の状態が悪化してから発見されることが多い。いま小規模で済んでいるのは早期発見してくれた目撃者の功績と言えるだろう。
そんな黒の侵蝕を目前にして、夕凪は弥彦に振り返った。
「報告の場所はここで間違いないな。良い機会だ。来杉、例の武器を出してみろ」
「は、はい! 白夜、いいかな」
初めて同行する夕凪に対して、弥彦は緊張した面持ちで首元の白夜に視線を向ける。それに白夜は嬉しいように目を細めて明るく言った。
「おう! えいや!」
白夜が口を大きく開けて強く発光する。口の奥から放たれるその光が球状になって弥彦の目の前に飛びだす。そしてじっくりと長細い物体に変形していく。弥彦はそれに手を伸ばし握ると、それはやがて発光が収まり白い片手剣となって形作られた。
以前サハテハイで黒猿に振るった依代の武器だ。
鱗を大量に使ったそれは伸縮自在であり、思ったように伸びては目的の物を切ったり絡めたりすることが出来る。剣自体がこちらの意図を読んで動いてくれているような特別な武器である。
こうやって握ったのはサハテハイから帰国後、夕凪との修行で使って以来だ。
――久しぶりに出したな。神力も使用前に戻った気がする。
依代で創った物は、内包している神力が失われたら消滅してしまう。だがこの片手剣は黒猿との戦闘を終えた後も形を保っていた。その理由は間違いなく十五枚ほどの白夜の鱗を使用したからだろう。こういった物は元の体の持ち主である神獣が保管出来るという。神力の塊と変換されるが、こうやって取り出す際には以前形作られたままの姿で現れるようだ。
「立派なものね」
傍らでリシェットを抱くロフティは感心したように言った。それに白夜は誇らしげだ。
「それをここに突き立ててみろ」
「わかりました!」
――なんか緊張するなあ……!
夕凪とロフティに見守られている、そう意識すると思わず身が強張る。それに対して白夜はいたって何とも思ってないようだ。弥彦はそれを見習って一息吐いてから心を落ち着かせ、黒の侵蝕の中心地で剣を突き立てた。
すると、そこからいくつもの白い線が地面を走った。黒の侵蝕一帯に根のように広がる。そして立ち込めた黒い霧は地面に広がった白い線と共に静かに消えていった。
「おおお……⁉」
眼前で起きた事象に弥彦は目を丸くさせた。そして白夜は興奮したように尻尾を激しく動かし弥彦の背中をピシピシと叩く。
「すげー! なんだこれー!」
「いたいいたい」
弥彦はいつもの挙動に苦笑しながら制す。夕凪はそれに構わず淡々と説明をしてくれた。
「強い神力を帯びた依代であれば、それを用いて黒の侵蝕を収めることができる。この程度の黒の侵蝕ならば造作ないだろう」
「じゃあこれを携帯していれば、白夜がいなくても一人で対応出来るってことですか?」
「そういうことだ。だが知っての通り依代の内包している神力は有限だ。今回の小規模程度ならば問題なく収められるが、ある程度進行した黒の侵蝕では必要とする神力と時間のコストが掛かる。黒の侵蝕は時間との勝負だ。余程のことがない限りは今まで通り白夜の神力を帯びた異能で対応するように」
「わかりました」
弥彦はこくりと頷いた。内包する神力と相対する黒の侵蝕のどちらが勝るか、その判断力を培う必要があるように思える。これからは十分に観察力も肥やさなくてはならないだろう。
「さて、報告された黒の侵蝕は対処した。来杉、どう見る」
「え?」
一瞬なにを問われているのか理解できなかった。尋ねてきた夕凪は勿論、ロフティも試すように沈黙を保っている。なんだろう? と弥彦は関連する物事を考え込んだ。
黒の侵蝕は対処出来た、そう思えるが、ふと違和感を肌に感じた。
どこかで黒の侵蝕の気配がする……ような気がする。
黒の侵蝕独特の湿り気のような空気をほのかに感じる――ような気がする。気のせいだと言えば気のせいと思える程度だ。
――ちょっと待てよ……これって……。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。この国では三番目に大きい山らしい。気軽に登れる場所とのことだった。
初めて踏みしめた地だ、だから具体的な規模は想像で補うしかない。だから正確なことは分からない。それでも無視出来ない違和感に弥彦は目を開き、訝しい表情で呟いた。
「もしかして、他に黒の侵蝕が発生している……?」
嫌な予感だった。だが残念ながら肯定された。
「分かったか。新人にしては勘が冴えている。やはり素質があるな来杉」
「そ、そうなんですか? 僕としては曖昧にしか感じませんけど……」
「私も始めは漠然としか把握出来なかった。その点、ロフティはオリジンの中で才覚がある」
「本当ですか⁉」
弥彦は尊敬の眼差しを送る。才覚があるとはどの程度把握出来るものなのだろうか。なんであれ、姿の見えないものの位置を把握できるならば非常にありがたい能力だ。対して、話の矛先を向けられたロフティはぎょっとした。
「普通よ、いたって普通! リアイゼルの方が正確に決まってるじゃない!」
「あいつが正確なのは異能頼りだ。ミズキを除いてお前が一番だと私は評価している」
「な……な……!」
――すごく動揺してる!
ロフティは顔を熟れたリンゴのように真っ赤にさせた。口をわなわなさせて言葉が上手く出ないようだ。褒められ慣れてないのだろうか。そんなところになんだか弥彦は親近感が湧いた。
「キュウ……」
ふと、どこか元気のない鳴き声が耳に届く。同じく気付いたのだろう白夜が弥彦の顔を鼻先でつんつんとした。
「なぁなぁヤヒコ」
「どうしたの?」
「あれってカオゲイってやつか?」
「顔芸? って……」
白夜が鼻先をロフティの胸元に抱かれるリシェットを指し示す。
リシェットが白目をむいていた。
「ちょ、ロフティさん⁉ リシェットさんが……!」
「リシェットがなによ……ぎゃああああ⁉」
ロフティが叫んだ、顔を青ざめさせた。リシェットはくたあっとのれんのように垂れており、弥彦はリシェットの口から魂が抜けているように見えた。
夕凪はその有り様に「やれやれ……」とため息をついた。
「ロフティ。そろそろ称賛慣れをしても良いのではないか? 照れ隠しに神獣を締め付けるなど聞いたことがないぞ」
「常に称賛の声を浴び続けてるあなたとは違うのよ!」
「批判の声も無くもないのだが」
「そういう話じゃないわ!」
「大丈夫ですかリシェットさん?」
「きゅっ」
ロフティが慌ただしくしているが、どうやら腕の力を抜いたようだ。リシェットは元気に一声あげた。普通の狐であればすぐには息を吹き返さなかったであろう。
「なにはともあれだ。黒の侵蝕は目の前のそれを収めようとも近辺での再出現のリスクが残る。予兆が出なくなるまでは一帯を広く巡回し、黒の侵蝕の気配を察知次第対応することとなる。これに、今回は来杉と白夜の修行を兼ねていきたいと考えている」
「それは黒の侵蝕を収める修行ってことでしょうか?」
夕凪は首を横に振った。
「いいや。何度も神獣を収めたお前なら改めて指導する必要はないだろう。修行が必要なことは、それよりももっと実用的なものだ」
夕凪は傍らに控える白狼に「祓、頼む」と一言告げる。
白狼――〝ハラエ〟はふぅと一息ついてから言った。
「しょーがないわねぇ~」
――ん⁉
弥彦はその声を聞いて驚愕した。
男性的ながらハイトーンな声だ。だが口調は女性的で、そのギャップに目が点になった。
だがその驚きを置いていかんと、祓は発光し始めた。その光はゆっくりと膨れ上がり、光が収まった時には数名なら余裕で背に乗せられるほど巨大化した。
「えっと……これからなにを始めようとされてるんですか?」
なんだか不穏な予感が走る。恐る恐る尋ねると夕凪は答えた。
「私と勝負だ」
「え⁉ どういうことですか⁉」
「安心してほしい、来杉の命を掠め取ろうとしているわけではない」
「そそそそうですよね⁉ すごく安心しました!」
「ただ手を抜いたら容赦はしないが」
――もしかしてあまり命の保証をされてない⁉
夕凪はどう見ても武人の佇まいだ。体育会系の匂いがして弥彦は震えあがる。
「まずは祓の背に乗ってくれ、全員だ」
「は、はい! 祓さん、失礼します……!」
祓は緊張している弥彦に目を細めた。
「は~いどうぞ~。やんちゃ小坊主はありがたく思いなさい」
――ん? 小坊主?
一瞬自分のことかと思ったが、祓は弥彦の顔――の横の白夜に向けて鼻先を向けた。
「え? 小坊主って誰のことだ?」
その言葉に祓は目尻を吊り上げた。
「アンタのことヨ!」
「なんで目くじら立ててんだー⁉ オレなんかしたかー⁉」
「空中庭園でいくらやんちゃしてると思ってんの! アンタとアヴァロカナがはしゃいだ後片付け、誰がやってるんでしょうね、あんた知らないでしょうね⁉」
「ま、まさか、オマエがやってくれてたのか……⁉」
白夜がわなわなと声と体を震わせた。祓が更に目つきを鋭くさせたのが答えだったようだ。
「ずっとそういう設備なのかと思ってたんだー! 悪かったよー!」
「分かればいいのよ分かれば! ただ次やったら承知しねえからなあ!」
「ひえええええええ!」
――怖っ⁉
ぽろぽろと涙をこぼし続ける白夜だが同情は出来ない。祓がこんなに怒っているのは相当なにかをやらかしたのだろうと思えるからだ。アヴァロカナとはどうも喧嘩に発展しやすい。空中庭園も地下庭園と同様にミズキの特別な結界が施されている場所だ。二体で遠慮せずぽこすかやりあったのであれば、空中庭園を相当荒らしたのではないだろうか。その後片付けを放っておいたのであれば怒られるのも当然だろう。
「あらごめんなさいね来杉弥彦。弥彦ちゃんって呼んでもいいかしらん?」
「え、あ、はい! 呼びやすい呼び方でいいですよ!」
「あら可愛い子ね~せっかくだからアタシのことは祓ちゃんって呼んでね」
「は、はい……祓ちゃん」
なんなんだこの個性の強さは。弥彦も思わず笑顔が引き攣った。その調子を眺めていた夕凪は頭が痛そうな顔をしていたのだった。
祓に乗るよう促されたのは単純な理由だった。
――すごく、速い!
森の中をものすごいスピードで駆け抜けていく。機敏な足運びで木を避け、倒木や川を飛び越える。たとえ道が途絶えていたとしてもその跳躍力で何事もなく移動し続けた。
騎乗していた時間は五分も満たないだろう。だが日差しの向きからして山の裏側に来たと見える。相当移動したのは明らかだ。
「祓は神獣の中でも俊敏で小回りが利く。素早さでは随一だろう」
夕凪が先に背中から飛び降りる最中、祓は満足そうににんまり笑う。
「あら~、もっと褒めてもいいのよ?」
「どうだ来杉、乗り心地のほどは」
――スルーした!
夕凪の明らかな無視に対して祓は「もうイケズなんだからっ」と鼻で肩を小突く。夕凪は言葉にしないが心底嫌そうだ。
――あれもパートナーとの在り方のひとつってこと、かな?
祓のようなタイプの人とも関わったことがない自分にとっては未知の関係性だ。下手に足を突っ込まないほうが良いに違いない。そう思った弥彦は慎重に降りながら、すかさず夕凪の問いかけに答えた。
「それはもう快適でした! 凄く速くて気持ち良かったです!」
「あはぁ~ん」
祓は更に目を細めて喜んだ。奇怪な声音だがどうやら嬉しい様子だ。
「それだけじゃないわ弥彦。あなた、酔った?」
最後に身軽に着地したロフティの言葉に弥彦はハッとなる。
「あ、そういえば……」
ロフティに言われるまで気にしていなかった。あんなに疾走し跳躍していたというのに、まるで不快感がなかった。その不快感の無さをどこか当たり前のようにさえ感じていたほどだ。
「そーれ、アタシの神力のお・か・げ」
「どーいうーことだよ?」
白夜が訝しく頭を傾けると夕凪が応じた。
「神力の賜物だ。騎乗している者たちを振り落とさない奇跡を起こしている、ということだ」
「神力でそんなことが出来るんですか……」
「あんたもアヴァロカナに乗ったことがあるんでしょ? あれもそうよ」
「そうだったんですか⁉」
そう改めて言われると納得がいく。サハテハイの山岳の頂きから飛び降りた際に巨大化したアヴァロカナに救われた。その王都までの道中で背に乗っていた誰もが突風に攫われることもなく王都に戻れたのだった。あれもアヴァロカナの神力によって落ちないようにされていたのだろう。
「神力ってなんでも出来るんですね……」
ロフティも同調する。
「ええそうね。神力によってもたらされた事象や効力――それが〝奇跡〟と呼ばれるのも伊達じゃないわ」
「だがそれも神獣の得意分野が存在するのは知っているな。白夜は生半可な攻撃では害することのできない盾を展開し、アヴァロカナはその緻密な神力のコントロールから多人数を乗せて飛翔できる。祓は大雑把でな、繊細なコントロールは苦手だ。神獣に適性のある我々であれば同時に乗っても問題ないが、ただの異能者や非異能者が混在しては神力に当てられて精神に不調をきたすだろう」
「大雑把って言い方! 可愛くないわねえ! 大胆って言ってちょーだい!」
「白夜、巨大化出来るようになったと聞いている。その時来杉を乗せて走ったな?」
「おう! 山ん中走り回ったぞ!」
「来杉を落とさなかったか?」
白夜は思い当たる節があり気まずそうに言った。
「お……落とした……!」
「それでどうやって移動した」
「ヤヒコが落ちないようにスピード落として走った!」
「自分の主を落とさず全力で走れたら、お前はどう思う?」
「めっちゃ嬉しい!」
「そういうことだ。今回は騎乗の訓練を行う。だがその間、私と勝負してもらおう」
「――! ど、どういう勝負でしょうか?」
本題が来た。弥彦は緊張で掌にじんわりと汗が滲んだのを感じた。ごくりと唾を飲むと、夕凪が答えた。
「黒の侵蝕が再発現した場合、これを私どもより先に収めろ」
お使いを頼むかのように簡単に告げてきた。弥彦は思わず言葉が零れた。
「それはあまりに無理難題では?」
黒の侵蝕を収めるのは良い、だが熟練度の高い祓より白夜が先に辿り着けるなど到底思えない。それに白夜も腹を立てたように声を上げた。
「そーだそーだ! 祓みたいに跳べねえんだぞ!」
「そこ⁉」
機敏に跳躍さえ出来れば勝てる、そう白夜は思っているらしい。だが万が一に白夜が跳べたとしても速度を誇る祓には到底追いつけないはずだ。
「そ、そうだな。白夜、お前は地を這うもの。だがただの蛇ではあるまい?」
流石の夕凪も白夜の斜め上の発言に動揺を隠せないようだ。だが、子供を諭すように言葉を選んでいる様子だ。それに白夜は僅かの希望にしがみつくような目をして首を傾げた。
「オレでも空を飛べるようになるか?」
「空を……だと……?」
夕凪は今度こそ絶句したようだ。弥彦は白夜に苦笑した。
「流石にそれは無茶じゃ……」
「……いや、お前の努力次第では可能になるやもしれない」
――えぇ⁉
夕凪の言葉に目を輝かせる白夜。弥彦はそれを横目にロフティに小声で尋ねる。
「で、出来るんでしょうか……?」
空を飛ぶ蛇……そうだ、彼らは神獣だ。常識に囚われてはならないのかもしれない。だがロフティは弥彦に耳打った。
「無茶に決まってるでしょ。夕凪さんが気を使ってるだけよ」
神獣は様々な動物の姿をしている。普通の動物たちとは異なる超常的な生物だが、翼の無い姿の者が軽々と空を飛ぶことは簡単な事ではない。自ら神域を展開すれば西区で対面した白兎のように空中に浮くことも出来るだろうが、神域を展開するということは人の生活圏を脅かすということでもある。それは無暗やたらと行っていいものではない。果たして神域を展開せず神力のみで飛べるようになるのかどうか……。
それを知っていたうえでロフティにバッサリ断言されるといっそ清々しい。だがそんな彼女も希望を胸にした白夜に気を使っているようだ。
こんなに目を輝かせて尻尾をパタパタと動かしている彼の夢を否定するのは、忍びない。
「頑張ることね、主さん」
ロフティが気の毒そうに背中をぽんと叩く。リシェットも励ますように「キュッ」と鳴いた。
――白夜が飛べるように頑張ろっかな……いや頑張れるかな……⁉
パートナーとして出来ることに限度がある気がしてならない。不意に背負わされた別のプレッシャーがとてつもなく重く感じた。そんなことを知ってか知らずか、夕凪は白夜に真剣な眼差しを向けたまま言った。
「まずは地を駆ることに専念してほしい。これが出来ないのであれば空を飛ぶのは夢のまた夢だからな」
「おう!」
――その話、どこまで引っ張ってしまうんだろう……。
弥彦は期待を膨らませる白夜とは対照的に気が遠くに去ってしまうような錯覚を覚えた。
監督役のロフティと共に白夜の騎乗訓練――というのだろうか。黒の侵蝕の気配が無くなるまでの間、神力のコントロールの訓練に励んだ。
「ヤヒコー安心して乗れてるかー?」
と、問われれば。
「うんー確かに楽に乗れてるねー」
「速いか~?」
「ううん~……ゆっくりかなあ」
「じゃあ速くしてみる!」
「うんそうしてみ……わあああああ!」
「なになになにヤヒコどしたー⁉」
弥彦は急に速度を上げた白夜から、いきなり命綱を切り落とされたかのように落下。だがそれも繰り返せば上達していくもので、弥彦が走るよりも速い速度を保ち、かつ弥彦を落とさず移動することが出来るようになってきた。
そこで今度はロフティとリシェットが同乗する。乗り込む人数が増えるということはそれだけ注意を分配しなくてはならない。
「んじゃいくぞー!」
「ちょっ、待ちなさい! 急に速度を上げ……あっ!」
「きゅうううう!」
「白夜ああああ!」
「なんかいきなり軽くなったなあ……て、えええええ⁉」
同乗者は全員なし崩しに地に転がるのだった。




