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眠りの彼方~誰がために目覚めるか~  作者: つつじ とさか
第3章 ~あさまだきに抱かれる少女~
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1.うだる暑さに負けない一歩⑤-1


 セツラとヨキはその場に残り、他のメンバーは全員でエレベーターに乗り地上に戻った。上層階に行くミズキ、ロフティと別れて、弥彦は夕凪、リアイゼルと共に外に出た。異能者協会本部から出ると日は西に沈もうとしていて、目の前の公園やその向こうに見える街並みは徐々に夕焼け色に染まっていた。


 今日一日が終わる予感がしながら、来る激務に思いを馳せる。


 いつになるか分からないが、ポトビトシアに神力の調査へ赴くことになる。依代があれば黒の神獣使いと、核依代がなくても神力を招いている原因を調査し対応することになる。今度の同行者はロフティだ。サハテハイの時よりいくらか力のついた弥彦は今から改めて気を引き締める。


 「以前のような無理をしたい場合は事前に一言告げるようにな、来杉」


 そう先を歩く夕凪は振り返り様に言った。それは叱責というより念押しの声色だった。


 「そ、その説はご迷惑をおかけしました……」


 「すみませんでした!」


 隣のリアイゼルも同じように深々と頭を下げた。


 あの時はサハテハイから帰国後に夕凪から叱りを受けた。今回はどうにかなったが弥彦はオリジンとしての初めての任務であり、リアイゼルはアヴァロカナを失った。だが弥彦たちは黒の侵蝕が本格的に拡大する前に光の柱にいるであろうルデレに挑んだ。結果としてサハテハイは黒の侵蝕に呑まれずに済んだ。あの時の行動に後悔はないが、夕凪が自分たちを誰よりも守ろうとしたその気持ちに反し、事後報告になったことに、時間が経ってから本気で申し訳なくなっていった。


 「――今更余計なことを言ってしまったな」


 今でも深く反省しているのを察した夕凪は真摯な眼差しを向けた。


 「お前たちには私よりも強くなってもらわなくてはな。遠征前まで鍛えるので覚悟してもらおう」


 「あれから相当手合わせしてもらってますけど夕凪さんから一本取れる気がしないっすよ」


 リアイゼルは苦笑いしていると、弥彦も激しく頷いた。

 夕凪の刀を用いた武術は洗練されていて隙がない。弥彦は片手剣で稽古をつけてもらっているが、およそ三ヵ月間ではまだまだ足元にも及ばない。


 「筋は良いぞ、教えがいがあるというものだ」


 そう夕凪はふと表情を緩ませつつ、言葉を付け足した。


 「だが、得意分野は人によって様々だ。私はこれしか取り柄がない。ゼルのような確かな予見や来杉のような異療はどんなに努力しても手の届かない才だ。総合的にお前たちの力に期待している」


 ただ真っ直ぐに夕凪は言った。夕凪に言葉は人となりから嘘がないと伝わる力がある。リアイゼルは照れ隠しのように後頭部を掻いて「ありがとうございます!」と言い、弥彦は期待されているという嬉しさで胸が高鳴るのを感じながら「これからも精一杯頑張ります!」と改めて想いを固めた。


 ――次のロフティさんとの任務までにもっと異療も磨かないと……ん?


 弥彦は違和感を覚えて思考が止まった。


 何かを忘れている気がする。なんがかそういう気配を感じて仕方がない。

 いったいなんだっけ、だいたいこういう時は本当に何かを忘れている。今日の事を振り返り思い出そうとしたその時、弥彦ははっとなった。


 まだ、夕凪とミズキに試験結果の報告をしていない。


 「そうだ夕凪さん! 報告しそびれて申し訳ないんですが、今日定期試験の結果が出まして、全教科合格しました!」


 「あぁ、その件か。よくやったな」


 「すげえじゃねえか弥彦!」


 鞄から取り出した通知書を渡す。それを眺めた夕凪は柔らかな目つきになり、リアイゼルは弥彦の肩を組みつつ頭をわしゃわしゃと撫でまわした。


 「これからも異療発展研究科を兼務する、ということでいいんだな?」


 「はい、学業もしっかりと努めます!」


 「学業にオリジンも異療発展研究科もってか。若えのにすげえな弥彦。俺が学生だった頃はこんな忙しくなかったぞ?」


 「そうなんですか?」


 他の異能者組織から依頼が殺到しているリアイゼルの言葉に弥彦は心底信じられず首を傾げる。だがリアイゼルは謙遜ではないと言わんばかりに頷いた。


 「そもそも俺がオリジンに入ったのは卒業後だしな。学生時代は山ほど遊びまくったもんだぜ」


 「異能者学校在学中にオリジンとなった者は来杉の他にロフティだけだ。だが、ロフティが学生の頃はオリジン案件はほとんどなかった。来杉、お前は学業に私との組手、教師とミズキから異能の鍛錬、それに加えてセプタンプラのもとで異療の修練に努めている。オリジンの中でも相当多忙を極めているといっても過言ではないな」


 ――あれ、もしかして僕も他人のことが言えない……⁉


 そう羅列されるとそうかもしれない。弥彦は笑みが引き攣った。


 「だが結果を残している。来杉の実力を疑うことはしない。お前が倒れない範囲で精進していきたいというのなら、我々はそれを支援しよう」


 「ありがとうございます! それではミズキさんにも報告しなくてはならないので失礼します!」


 「おう、行ってこい。今度祝いに飯に行こうぜ。奢ってやっかんな」


 「え、いいんですか⁉ ありがとうございます! いってきます!」


 弥彦は笑顔で一礼すると異能者協会へ走り出す。

 その後ろでニコニコと見送るリアイゼルが腑に落ちたように喋りだす。


 「そうか、だからミズキさんあんなに食べてたんだな」


 「――なに? どういうことだ?」


 「ミズキさんってたしか異能者学校の理事長代理もやってるんですよね? たぶん先に結果を知ってたんすね。昼にちょっと用があって部屋に行ったらケーキ五個くらいテーブルに置いてありましたよ」


 「あれは喜びが食欲に繋がるからな……しかし、一気にケーキ五個か……」


 「健康ならいいことっすよ」


 夕凪はやれやれとひとつ溜息をついて、リアイゼルは笑い飛ばしたのだった。


 弥彦が向かった先は異能者協会本部五十三階。空中庭園の下の階であり、そこには夕凪やミズキの専用の執務室、そして報告書を作るために必要な設備の整ったオリジン専用の共有スペースが存在する。元は異能者協会を取り締まるリチェルカーレ家が使用していた階層だったという。二十年前に急遽最上階とその下の階をオリジン専用階層に仕立て上げたそうだ。


 「ええっと、ここだ」


 ミズキの執務室の前に辿り着く。立派な木製の扉だ。その職員室と似ているような威圧感に一度ごくりと唾を飲んでから、ノックをしようと手をかざした。

 だが勝手に扉が開いた。


 「あなたの心配はごもっともなのでしょうけど、その気持ちに答えられないかもしれないわ。必要であればあたしはあたしの責務を果たさないといけないから――」


 迫る扉に弥彦は「のわ⁉」と即座に身を引く。そこから現れたのはロフティだった。

 彼女も出た先に弥彦がいたとは思わなかったのだろう、驚いた表情で言葉が途切れた。


 「す、すみません。入っているとは気付かず……!」


 弥彦が言葉を言い終える前にロフティはバツの悪そうな顔で視線を外した。


 「悪かったわ……私は用が済んだから……失礼しました」


 ロフティは背後のミズキに声をかけると颯爽とエレベーターの方へ向かっていった。


 「待ってロフティ……!」


 部屋の中からミズキが急いでいるように小走りするが、彼女が部屋から出た時にはロフティはエレベーターに乗って上階に行ってしまった。


 ――なんか……来てはいけないタイミングに来ちゃったのかもしれない。


 非常に気まずい。

 ミズキは肩で息をしている。まるで五十メートル走を全速力で走った後のような状態だ。広い執務室といえど流石にそんな広さはない。


 ――小走りをしただけで……?


 思い返せばサハテハイに行く前の課外授業でミズキに異能の修行をつけてもらったが、彼女は走ることなく【結界】の異能で応戦していた。それ以外にもミズキが走る様子は一度も見たことが無い。もしかすると常時使い続けている異能の副作用で非常に体力がないのかもしれない。


 「あら……来杉さん……⁉」


 部屋の前に立ち尽くす弥彦に気付いたミズキはなんとか深呼吸を繰り返す。


 「とても苦しそうですが、大丈夫ですか……?」


 ミズキは切れていた呼吸を整えて、笑顔を取り繕った。


 「お見苦しいところを見せてしまい申し訳ございません。えぇ、大丈夫です。なにか御用でしょうか?」


 「は、はい。定期試験の報告をと思いまして」


 たどたどしく伝えるとミズキは表情を明るくした。


 「そのことだったのですね! わざわざご足労頂きありがとうございます。どうぞ中にお入り下さい」


 ――中に⁉


 ミズキから快く部屋の中へと案内され、弥彦はどこか厳かな雰囲気の執務室に緊張してしまう。やはり、なんだか職員室に踏み込む時と似たような心境だ。


 ――ロフティさんのことも気になるけど……。


 二人は何か大切な話をしてたのではないだろうか。そんな気がして後ろ髪を引かれるが、そんな時、カチャカチャとした音が耳に届いた。


 「お茶を用意しますね」


 どこから持ってきたのだろう。ミズキが上機嫌でティーカップを運んでいるところだった。


 「――⁉ いえいえいえお構いなくー⁉」


 恐縮な気持ちに迫られた弥彦はミズキの元へと駆け出した。


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