2.まどろみの終わりを告げる②
異能者協会本部の地下深くに存在している特別施設――地下庭園。ここには特別な獣たちを保護している場所であり、とある目的以外で無用に刺激を与えることは極力避けるべき場所だ。
「お前がここに来た形跡をみて不審に思ったが……どうやら正解だったようだな」
「ホント、こういう時の鷹宗クンって、勘が冴えているヨネ~」
自分でなくても大半の人は嫌な予感が走るであろう。分かりきっていることは言わず、夕凪は連絡用の無線イヤホンを片耳に装着し、身支度を整える。
「セツラ、お前は後で事の全ての報告書を提出しろ」
「ヤダナ~、元からそのおつもりだったヨ~。アラ! そんな顔しないデ! 顔が余計にシワつくヨ!」
これでもお食べよと、セツラはつまんでいた干し芋を差し出す。しかし夕凪は変わりに手に持っていた書類を突き出した。
「すぐに出動する。お前はここで見守ることのみ許す。だが余計な手を加えたら、より重い厳罰を与える」
「ヒッ!」
夕凪にはあらゆる物事に対して処罰を与える権限がある。
この男にとっては、研究できない時間を作られることが一番の苦しみと言ってもいい。流石のセツラも冗談でも動かなくなるだろう。
案の定、セツラはやれやれと書類を受け取って座っている背もたれに体重をあずけた。
「でもこんな広い場所を一人で行く気かイ? 無茶があると思うヨ~?」
「既に手を打っている」
セツラの薄ら笑いを物ともせず、夕凪は動き出したエレベーターの僅かな音を聞き逃さなかった。
問題は、来杉弥彦を如何に早く救出できるかどうかだ。
「私は先に出る」
「はあぁ~イ。いってらっしゃあ~イ」
これ以上ちょっかいが出来なくてつまらないのだろう。セツラの気だるく間延びした声を背に、夕凪は地下庭園へ通ずる階段に歩を進めた。
…………
夕凪がこの部屋から去ったのを見送って、セツラは彼から受け取った書類を天へとつまみ上げながら干し芋を口に加える。
「鷹宗クンも年をとったものだネ~」
若い頃から大人も恐れる武勇の持ち主。その男も責任を抱え、二十年も経てば青臭い弁論は減り、怒りぽかった性格も多少なりとも丸くなってしまったものである。まあ、静かに怒りを抱える分、凄みは増した気がするが。セツラは「人って変わるもんだネ~」とクツクツと笑った。
「きっと鷹宗クンは、どうしてボクが彼を推薦したか、分からないだろうナ~」
暗い部屋では、壁一面のモニターが起動しており、地下庭園の様子が全て見える。
来杉弥彦はその広大な庭園の中でも中途半端な場所に置いてきた。きっと夕凪との合流には時間がかかるであろう。
「まだヨユウ、あるかナァ」
確かに、死なせるわけにはいかない。
でも、これからの事を考えるのであれば、時にはギリギリまで追い詰めなくてはならない。
「鷹宗クンの地元のナットウ、あれと同じかナァ。おいしくなるまで成熟させないト……」
卑しく口の端を歪めると、セツラはモニターに映る弥彦を眺めた。