8.光明を探して③
「気を付けろ兄貴!」
言葉を全て聞き届けるよりも速く、アルデベルは大剣を抜いた。
門の手前、誰もが足を止める場所の周囲に黒い渦が巻いた。
そこから伸びたのは、黒い腕。
渦はひとつだけではない。そこかしこに現れた黒い渦からアルデベルに向かって腕が生え、襲いかかる。
「アルデベルさん!」
驚きに弥彦は声を上げる。それに対してアルデベルは低い声で命じた。
「離れろ」
近くにいた二人の兵士は一考することもなく即座に後方へ距離をとる。
――どうして⁉
腕をひとつでも薙ぎ払うべきだ。そう思った。
多数の腕に襲われるアルデベル。だが彼に触れる直前――アルデベルは右手をかけた大剣を全身で捻って振り回した。
剣圧が大風となって吹き荒れた。
その場にある全てを断つ一撃。黒い腕は斬撃と風圧の前にバラバラになり、燃え尽きた灰のように崩れた。
――それに門も……。
頑丈そうな門も切り伏せられ、役割を果たせない姿になってしまった。
だがそれを気にしてはいられない。弥彦は周囲を警戒した。
サハテハイに来てからは湿度が少ない乾燥した空気だった。だが、ここでは異様に湿った風が木々をざわめかせる。
誰もが武器に手をかけて危機に備える。
リアイゼルは何かに気付き右側へ視線を向けた。
「誰だ!」
その声で一同が振り向く。
そこにいたのは二人の少女だった。
焦げ茶色の髪に透き通るほど白い肌。赤いワンピースを身に纏い、北の国の人形のように可愛らしく美しい。二人はまるで鏡映しのような同じ顔で手を取り合って笑っていた。
「つまらないお方。もっと焦っていいのに」
「おもしろくないお方。傷ひとつ作れば愛せたのに」
アルデベルに向けた言葉だろう。それでも弥彦はこの場にそぐわない少女たちに恐ろしさを抱く。
――どう考えたっておかしい……。
髪や肌の色からサハテハイの国民ではない。それに外国の子供だとしても近くに大人がいなければ、道に迷って不安な様子もない。
彼女たちの態度からして、アルデベルに攻撃を仕掛けた張本人なのだろう。
「きみたちも黒の神獣使いなのかな……?」
ルデレの例もある。弥彦は恐る恐る尋ねると、少女たちは小鳥が囀るかのように笑った。
「あなたはおどおどして可愛いわ」
「そうよ、でもその呼び方は味のないお菓子みたい」
まるで楽しく遊んでいるような少女たち。
そんな二人に影が飛びかかる。
「くどい」
アルデベルが一言吐いて大剣を振り下ろした。
――⁉
少女たちから一番遠かったアルデベルが一息に距離を詰めたのだ。
大柄の男が放つ一撃は豪快な音をたてて地を叩き割る。
血が飛び散る――残虐な光景を覚悟していた弥彦は目を疑う。
少女はその場にいなかった。飛び散ったのは地面の破片だけだ。
「ひどいお方。話を聞かない人は嫌われるのよ?」
「乱暴なお方。でも、子供相手に本気で嬉しい」
――あんなところに⁉
少女たちは壊れた門の前に立っていた。
「異能の類か。まるで実体がない」
重々しい大剣を肩に担ぐアルデベル。それに対して少女たちは手を繋ぎ合った。
「心外ね。わたしたちはここにいるのに」
「酷い言い草ね。わたしたちは傷付いたわ」
「「だからね――」」
少女たちは、その幼さに似合わないほどの艶やかな笑みを浮かべた。
「「その罪を償ってもらおうかしら」」
少女の周囲を黒い渦が巻く。そこから先ほどと同じ黒い腕が数本現れる。それは次々に出現し、空を飛ぶと全員の頭上に降り注ぐ。
――!
弥彦は横に跳ぶ。頭上から来たそれはそのまま地面に落ちていく――と思いきや、軌道を変え、弥彦へと追尾した。
「白夜!」
「おう!」
自分では捌ききれないならば――即座に判断した弥彦に対して、白夜は口を大きく開く。
神力開放。
透明な六角形の盾が現れ、黒い腕を阻む。黒い腕は衝突し弾け飛ぶと、急激に勢いを失って散り散りに分散していく。
これで終わるはずがない。弥彦は周囲を見回した。
アルデベルは大剣で一薙ぎし、ヴァリーは地面に両手を当て異能を発現――地面から弾を生成し黒い腕を狙撃する。プシュクナは舞踏するような足運びで一旦避けると、槍を持ち変え黒い腕を切り落とす。
後方のソムスは弓矢を自身とリアイゼルの頭上へ射つ。
異能発現――迫り来る二本の腕を前に矢尻が弾ける。すると腕たちは【遅延】の異能に当たり動きを遅めた。
リアイゼルはその隙に制服の内ポケットから白い羽を取りだす。それは一際輝くと白い剣と変貌させる。跳躍したリアイゼルは緩慢に動く黒い腕を切り伏せた。
対処した黒い腕たちは等しく黒い塵になり空を漂う。
だが少女たちは笑っていた。
「簡単じゃつまらないわ、面白くしないと」
「おもてなしをしないとね、同じお菓子じゃ飽きるもの」
少女たちが再度手を握りしめあうと、途端にずっしりと重たい風が放たれた。その風に黒い塵が舞い上がりあたり一面に飛び交う。それにリアイゼルが声を荒げた。
「来るぞ!」
「――⁉」
突如、黒い棘が首もとを掠めた。
――なんだこれは⁉
弥彦は目を疑った。だがこれは飛び交う黒い塵が瞬時に同化し形を変えたものだと理解する。それは凶器が間近にあるということだ。
「くっ!」
全員に迫るそれにリアイゼルが動き出す。各々が回避行動を取る中で、ヴァリーの額を貫かんとする棘を剣で防ぎ、続けて地を蹴りその先にいるプシュクナの背を捉えた棘を切り落とす。
「プシュクナ!」
即座に声を上げたアルデベルが直上に跳ぶ。それにプシュクナは意図を読んで左手をアルデベルに向けた。
異能発現――するとアルデベルの大剣に霧が纏わりつく。
「ふん!」
アルデベルが地上に向けて大剣を振り下ろした。黒い塵を風圧で押し退け、大剣に纏っていた霧が代わりにその場に広がる。
「そんなことをしても」
「意味のない行為なのにね」
依然として全員を囲うようにして飛び散る塵が同化して棘となっては遅いかからんとする。それにプシュクナが指を弾いた。
「動くものを阻む綿と成れ」
棘が四方八方から飛んでくる。それに霧が意思を持つよう各方向に集束する。迫る棘が霧を貫かんとするが、集束した霧は厚い綿と変貌し、棘の進行を阻んだ。どういうわけかその空中で留まる綿に全ての棘が絡めとられたんだ。
――すごい!
弥彦はプシュクナのその落ち着いた異能のコントロール力に目を見張った。
少女たちはそれに嬉しそうに笑った。
「可愛い異能ね、お花畑みたい」
「素敵な異能ね、おじ様より紳士的」
どうやら攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。
新たに少女の周りから出現する黒い塵は意思を持つように一か所に集まる。まるでそれは大蛇のようにとぐろを巻いて同化し始める。ぶつぶつと細かい気泡が膨隆し、弾けた。
黒い鳥だ。
一羽だけではない、気泡の数だけ生まれた鳥は数えきれないほど無数に飛び出した。
「な⁉」
――あれだけの数は流石に白夜でも無理だ……!
「ヴァリー! 前方に突き立てろ!」
「くっ! 間に合え!」
アルデベルの一声にヴァリーは急いで地面に触れた。
異能発現――地面が波ち、凶鳥の群衆の前に土の壁を反り立たせた。凶鳥はその素早さから止まることは出来ず土の壁に衝突、食い込み動きを封じた。
だがそれで全ての凶鳥を止められない。後に生まれた凶鳥は土の壁を避けるように旋回する。
「ヴァリーはそのまま! プクシュナ、準備だ! ソムス!」
リアイゼルが口早に指示しつつ土の壁の左方向を指し示し、ソムスは躊躇なく一矢を放つ。
左側の凶鳥たちの目前で矢尻が炸裂する。まるで見えない津波に足を取られたように、空を駆る速度を緩める。
だが土の壁の右側から攻める凶鳥は一切の邪魔なく迫ってくる。
――僕も武器を……!
弥彦は懐から一枚の鱗を取り出す。白夜が神殿で脱皮したときのものだ。だが弥彦がそれに力を込めようとするとリアイゼルに背中を叩かれる。
「弥彦、それをやりながら回り込め! あの子供を止めに行くんだ!」
「え⁉ はい⁉」
突然の要望で呑み込めなかったが、リアイゼルの真摯な眼差しに尋ねている時間はないと察し、弥彦は言われたままに走り出す。凶鳥たちは最も距離の近い弥彦を目掛けて突進してくる。
「ふん!」
それをアルデベルが突貫し横薙ぐ。その風圧に当てられた周囲の凶鳥は弥彦とアルデベルに直撃出来ず黒い塵に戻り飛び散った。
「走れ!」
アルデベルの力強い声に、弥彦は全速力で駆けた。
ヴァリーが作った土の壁を回り込み、参道の前に立つ少女たちを視界に捉える。二人はお互いを見つめながら笑っていた。しかしひとり土の壁の向こう側から姿を現した弥彦に気付くと、ニコリと笑いかけた。
少女たちの前に黒い渦が巻く。
――次はなにが来る⁉
渦から浮かび上がる黒い塵がまた凝縮されようとしている。
「させない……!」
弥彦は足の速度を速めると、真横からピシリと歪んだ音が聞こえた。それに弥彦は思わず横目に確認する。
土の壁に亀裂が入っていた。その直後、土の壁は粉塵を巻いて砕け飛ぶ。土煙だけでなく濃霧も吹き荒れる。濃密なそれは意思を持つかのように少女たちのほうへ地を這って行く。
その中から跳躍したのは、槍使いのプシュクナだ。
「おまかせを」
「はい!」
頷く弥彦を軽く追い越したプクシュナは黒い渦から顕現した黒い獅子を槍の一振りで切り伏せた。実態のないそれは塵になって霧散する。それを潜り抜けた弥彦に頭上から凶鳥が襲い掛からんとする。
「翼持つものを刈り取る弾丸と成れ」
パチンと乾いた音がした。すると弥彦の足元に広がる霧が集束しいくつもの弾丸に形成されると、全ての凶鳥を射抜いた。
――これで!
少女までの道のりを阻むものはない。弥彦は握りしめた白夜の鱗に力を込める。
なんのために使いたいか、それは自分に足りないものを補うため。
依代は弥彦に呼応するように輝いた。
握りしめた手のなかからそれは伸びる。
剣のような――いや、刀のように薄く形作る。
真っ白なそれに少女たちは形相を変えた。
「それはいけない」
「そうよだめよ」
二人は今までと異なり、合わせていた手を弥彦に向けた。
――⁉
濃密な気配が渦巻いている。間違いなく今までのものとは段違いだ。
だが、ここで止まるわけにはいかない。
依代を握り直し、歯を食いしばる。
――来い!
濃密な気配は二人がかざした手の前に小さな玉となって現れた。それが急速に膨れ上がり粘土のように形作られていく。その時。
地面が一際唸り、そしてわなないた。今なお土の壁の向こうで戦っている場でそれは起きた。
地面の一部がひとりでに成長していくように天へと道を作ったのだ。
その道はソムスの【遅延】に呑まれている凶鳥へ伸びていく最中、アルデベルが疾走する。大剣の一薙ぎで凶鳥は一息に塵に還り四散した。そしてその道は少女の方へとさらに伸びる。
だがアルデベルは少女たちを一瞥すると、道半ばで地を蹴り跳びあがった。
「――⁉」
少女たちはそれに気付き、一人だけアルデベルへ両手をかざす――が。
「俺を忘れちまうのは寂しいな!」
少女たちの真後ろにリアイゼルが駆け込んだ。白い剣で弥彦に向けた黒い塊を突く。
アルデベルが空から着地し、大剣を振りかざす。
――いけない!
容赦のないアルデベルが振り下ろすより先に弥彦は前に踊り出る。アルデベルに向いた少女の首筋に刃をかざし、左手を向けた。
少女たちはぴたりと硬直すると、アルデベルも少女の髪に触れる手前で大剣を止めた。
「甘い。異能で立ち向かう子供はただの子供ではない」
「大丈夫です、僕の異能で無力化できます!」
(オレも応戦するぞ!)
(それは駄目だよ白夜。人に神力を与えちゃいけない)
テレパシーで意気込む白夜を制する。白の神獣だってその神力で人に悪影響をもたらしかねない。武器として扱う依代もあくまで脅し用だ。
「そういうこった。だけどワリイな。攻撃されるとかなわないんでね、本望じゃねえんだけど窮屈にするぜ」
リアイゼルはもう一人の少女の首元に依代の剣を向けた。
どうやら二人は先程やってみせたように消える気はないらしい。
緊迫した空気の中、弥彦は問いかけた。
「キミたちはいったい何者なんですか」
「貴方が言ったじゃない、黒の神獣使いって」
「俺たちオリジンみたいな神獣と契りを交わした人間ってことだろ? なんで黒の神獣を従えてんだ」
一般的に黒の侵蝕の対応のために力を貸しているのは白の神獣だ。黒の神獣は黒の侵蝕のある場所に現れるもの。彼らが人間と交流するといった情報はない。
「なにを不思議に思っているのかしら」
「ただわたしたちがいて、彼らがいるだけの話なのにね」
二人は悲しむような顔でそっと手を握りあった。
「訳の分からぬことを……」
アルデベルが益々険しい表情になる。普通の子供なら泣き出しそうだが、二人は微笑を浮かべた。
「でも何も知らないのは可哀そうね」
「ふふふ、それなら少しだけ教えちゃおうかしら」
「「そうしましょう。ええ、そうしましょう」」
そう声を合わせた少女たちは冷たく言った。
「わたしたちは貴方たちが知らないところからきたの」
「わたしたちは貴方たちが羨ましいの」
「「だってアナタたちは認められているのだから」」
二人の少女は首元の凶器を気にせず両手を繋ぎ顔を寄せ合う。絵画になるような美しい佇まいだ。その二人が目を細めてアルデベルに言った。
「「だから呑まれて欲しい」」
悪寒が走る。そう感じた時には何かが横切った。弥彦は嫌な予感がしてそれを見た。
黒い刺だ。それは弥彦の横を掠めて、真っ直ぐにアルデベルの脇腹を貫いた。
「なっ…………⁉」
心臓が凍りついた。
弥彦は少女たちを睨みつけて左手に力を込める。共鳴石が輝きだすも少女たちは笑う。
「だからそれじゃいけないの」
「ありのままでは獣だもの」
――しまった……!
弥彦は直情的に動いてしまったことに顔を歪める。
――もう一度異能を……!
今度こそ……だがこのチャンスを見逃すわけがない。二人の少女と取り囲む者たちを飲み込むように黒い塵が渦を巻き始める。
「だから言っただろう……!」
刺されたアルデベルは大剣に力を込め、少女たちに振り下ろす。だが少女たちは姿を消して空を切った。
「バーラ様、エーク様!」
向こうからソムスたちが援護しに駆け出す。だが共鳴石を瞬かせたリアイゼルは叫ぶ。
「――近寄るな、巻き込まれるぞ! お前らも触るな!」
「は、はい!」
「触れるかよこんなもん! ザワザワして気持ち悪い!」
白夜は体を縮こませる。そんな傍らでアルデベルは苦悶の表情を浮かべる。
「アルデベルさん⁉」
「兄貴!」
膝から崩れ落ちそうになる巨体を二人で支える。ゆっくりと膝を地面につけさせていくと、黒い渦もまた弥彦たちを包み込むように縮小した。
リアイゼルは外側の三人に言葉を放った。
「どういう訳だか分からないが、俺たちは大丈夫だ! 後で合流できる、祭壇で落ち合うぞ!」
これからいったい何が起きるのか分からない。だが独りその先を知っているかのようにリアイゼルは言葉を尽くしている。弥彦が混乱している間、リアイゼルは黒い渦の僅かな隙間から必死に叫んだ。
「生き抜いてくれ!」
最後の言葉が届くかどうかの瞬間、黒い渦は三人と一体を完全に内包し、どんどんと小さな点となる。そしてそれは元から無かったかのように小さくなって消えていった。




