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眠りの彼方~誰がために目覚めるか~  作者: つつじ とさか
第2章~青天を翔る星~
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2.頼るもの、頼られるもの②


ウルテラマスビルの五階。

かつて社長室と名付けられた大部屋がある階層。まあまあ長寿な会社だったらしく、【廃墟区】と呼ばれる以前のこのオフィス街の中ではその経営手腕に一目置かれていただろう。もっとも、今では暗闇の中、朽ちた照明器具や本棚、テーブルが暗闇の中で物悲しさだけを訴えてくるだけだが。


「ボス、我々がここを死守します。お逃げ下さい」


 非異能者でありながら武装してここまで追従した貴重な部下。アサルトライフルを抱えて真っ直ぐにこちらを見る。


 ここで失うには勿体ない人財である。同じような人間にはもう出会えないだろう。

 ここなら誰も来ることがないと聞いて取引に来たというのに――。

 油断はなかったはずだ。慢心もしてない。だが、だいたい慣れた頃ほど試練でも課されるようにこういう厄介事が現れるのだ。


 そう思いながらも左半分を覆うほど大きな入れ墨の入った男――バウモルテは悠然とした態度で不適に笑う。


 「ああ、俺様を生かせ。そのためにテメェらはいる。じゃあな」


 バウモルテは左手に籠を持って部下に背中を向ける。紺色のコートの内側に潜む数珠繋ぎの飾りがガチャガチャと音を立てた。


 大窓があっただろうそこは張りぼての板で継ぎ接ぎに封じられていた。外の光の侵入を許さないほどだ。近辺の建物はここより背が低い。それにここは最上階。外から侵入することはまず困難だろう。

 左手でそれに触れる。

  ベキ、バキ、と音がなる。それは立て続けに激しさを増しながら、継ぎ接ぎされた壁が渦巻いた。

 内装が明るくなり目を細める頃には、ここにあった物は掌に丸め込まれた。


               ❖ ❖ ❖


 階段を上りきって道なりを左手に曲がれば、すぐに社長室と思わしき大部屋がある。どうやら両開きの扉は開け放たれている。

 ここを曲がって走ろうものなら待ち構えている異能者と非異能者の攻撃――最悪の場合、銃撃が出迎えることだろう。

 地の利を活かした不意打ち。なにも知らなかったら殺されていた。


 ノールは壁に隠れて目を瞑る。両手ともに拳を作っては楽に力を抜く。無駄な力を無くすと左手首の共鳴石が淡く灯る。


 冷気が地を這う。じわりじわりと社長室へと近付く最中、先行するものが一体。


  暗く狭い通路をにょろにょろと進む。

 お、ここだここだと、下に開放された通気口から顔をだす。


  ――よおし、誰も気づいてないみたいだ!


  ワクワク感が止まらない。わかってる、遊びじゃない――でも楽しいから仕方ない!


 ――せぇの!


 ボトリと落ちる。


 なんだ? と振り向く人間が四人。白い縄だと思ったか? 不気味さに用心しながら両手で細長い筒を抱えた人間がゆっくりと近付いた。

 十分寄ってきた! ニヤリと口角を吊り上げて。


 「ばぁ!」


 顔を挙げる、口を大きく開く。たぶん相手からは「シャーッ」としか聞こえてない。

 愛嬌たっぷりの挨拶だ、反応は見ずとも分かる。


 「へ、蛇だあああ!」



 「――」


 どうやら大変喜んでくれたみたいだ!

 ならもっと喜ばせようかな? ぐっととぐろを巻いて体に力を入れると。


 「なんだこれ⁉」


 出入口に控えている二人の驚愕な声が生まれる。ノールって女の異能だろう。足から氷で拘束されたに違いない。


 へ、こっちはこっちで歓迎の挨拶だ!


 「受け止めやがれええ!」


 跳ねる、蛇の体は意外と跳躍力がある。ただ手がない。仕方がないので口を大きく開けて心の大きさを演出してみる。


 「ぎゃああああ!」


 男はバランスを崩す。怯えた表情だ。なんだ、いかちい恰好してる癖にしょうもない奴だ。

 部屋へ駆け込む二人、弥彦が先に踏み込むと左腕を突き出した。


 白夜は彼の活躍に目を見張る。


 異能発現。

 弥彦の左腕の共鳴石が眩しく輝いた。侵入者が氷に包まれるよりも早く、白蛇の恐怖に気を失うよりも早く、光がひと波この場を通り過ぎた時には目を閉じ虚脱した。


 「くっ!」


 ただ一人、天を眺められるほどに崩れた窓際に立つコートを羽織る男だけ、苦悶の顔でふらつくだけだった。


 「なんなんだテメエら……遠視か予言の異能者でもいたか? なんたって厄日だ!」


  顔の左半分に入れ墨のある男は悪態をつく。


 「悪行を働くヤツの言葉かよ」


 白夜は呆れる。金が欲しけりゃこんな事しないで普通に働けば良いものを。

 男の握る籠を見る。ピクリとも動かない小さな黒い物体……いや、体温がある。それに僅かながら神力を感じる。

 弥彦が左手を前にかざしたまま問いかける。


 「それが神獣ですか?」


  アタリだヤヒコ。だが男は喉の奥から絞り出したように不気味に笑う。


 「その服――オリジンか。テメェらも万能じゃねえってのに、どこから嗅ぎ付けられたんだろうなあ。だが残念だ」


 籠を床にゆっくりと下ろしながら。


 「この程度の異能じゃ止められねえよ?」


 反対の手でぐしゃぐしゃに丸められたゴミを放り投げられる。


 「ついでに死んどけ」


 ゴミは勝手に時間を巻き戻すかのように開かれていく。それはほんの僅かの時間で有り得ないほど縦、横に広がる。継ぎ接ぎにされて出来上がった壁が目の前に現れ、弥彦たちの前に押し出された。


 「ヤヒコ!」


 白夜は焦燥に駆られ跳ぶ。我が主を護ろうと地を滑る。

 弥彦の異能は生物には絶大の効果がある。だが、無機物には通用しない!


 ――オレの鱗を……!


 皮膚のように柔軟性のある鱗を自ら引き千切る――だが投げるまでの時間がない。

 ノールが前に出る、倒れて来る壁に両手をつく。


 「くっ、この程度で……!」


 コンクリートじゃないにせよそれなりの重さだ。下手をすれば潰されて動けなくなる。


 「殺せると思うな!」


 ノールが叫ぶ。共鳴石が瞬いた。


 異能発現。

 一瞬目が痛くなるほど眼前が白くなったと思った。

 弥彦も白夜も肌に当たる冷気を感じながら、つぶってしまった目を開ける。

 目の前の大きな板は一面霜で覆われていた。氷ではない。だが、それだけで壁の動きが止まったのだ。


 「来杉! 追いかけろ!」


 「――っ、はい!」


 弥彦がノールの叱咤を受けて動き出す。白夜も弥彦の腕に飛び跳ね、首元の定位置につく。

 その壁の横をすり抜けると、開かれた窓際には誰も立っていなかった。外を見渡すと、そこにいた男は左手に籠を持っていつの間にか別の建物の屋上からさらに向こう側の建物の屋上へと渡り走っていた。


 「もうあんなところに……!」


 異能者は異能力を応用することで身体機能を底上げする力を秘めている。奴の場合、逃げる術を極めているに違いない。


 「ゼルさん! すみません、ボスらしき人と籠に囚われた神獣を取り逃しました!」


 弥彦は耳に収まっている端末に触れて口早に報告する。

 ビル外周にも異能者が数名控えている――が、この廃墟区にうまく隠れられてしまっては探し出すのは難しいだろう。

 だがそんな状況にリアイゼルは一笑した。


 『弥彦、これから伝える場所で待機しててくれ。あ、それと、白夜が咥えているそれ(・・)、使うから持っといてくれ』


 余裕を感じる声色だ。こんな状況だからこそ弥彦の士気を保たせる。


 「了解しました、すぐに向かいます!」


 リアイゼルの伝えた地点へ向かうべく、弥彦は即座に踵を返した。


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