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眠りの彼方~誰がために目覚めるか~  作者: つつじ とさか
第1章 ~誰がために目覚めるか~
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1.築かれた平和――潜む影②


 廃墟区での事件は大きな騒動にならずに幕を下ろした。


 夕凪が制圧してしばらく後にランが通報したであろう警察や異能警備隊が駆け付け、覆面の集団が連行されていった。

 その後、事情聴収のため弥彦たちも署へと案内され、起こったことをありのままに伝えた。

 そうしていると時間は思ったよりも経過してしまい、復興祭の一大イベントであった正午のセレモニーに間に合わず、ランと二人で途方に暮れたのだった。


 そんなとんでもない一日となってしまった夕方。弥彦はひとまず帰宅し、家の手伝いに勤しんでいた。


 異能共存国と名高いアルバドリスには未成年・成年問わず異能者学校在学のためや、異能者組織での仕事の研修のために多くの外国人が滞在している。その生活の補助する一環で、アルバドリスでは寮や社宅が国中に点在している。


 その中のひとつ、アルバドリスの中心都市から一時間ほど離れた東南区の住宅街。個人経営の社会人向けの独身寮【ハウス・ロビン】。これが来杉弥彦の実家である。


 一軒家をそのまま使った小さな寮だが、そこそこ綺麗な二階建て庭付きの家だ。ここで弥彦は経営者であるクロカス夫妻に育てられた――大切な場所である。


 弥彦は散々な一日だったと憂鬱な気分であったが、いつも通り利用者への料理の配膳や食器の片付けを手伝っていた。


 「レヴァおばさん。全部洗い終わりました」


 そう弥彦が声をかけたのは、弥彦の母親代わりのレヴァンダ・クロカスだ。七十一歳になったというのに背筋がピンと伸びた長身の老女だ。昔からの貫禄は衰えを知らず、今にも叱ってくるのではないだろうかという強い目力が特徴的な女性である。


 「そうかい。それなら好きにしな」


 いつも通りぶっきらぼうに言われると、弥彦はお茶を用意していそいそと居間の方へと移動する。

 談話室としても使える共有スペースだが、今は誰もいない。ソファに腰をかけてリモコンを操作してテレビの電源をつけた。


 ――すごい人込みだ。


 画面に映ったのはニュース番組であった。今日は何といっても二十周年の復興祭。そして夕凪鷹宗がセレモニーに参加するという異例の日だ。そのセレモニーのニュースが報道されていた。


 異能者協会本部前の広場に作られた立派なセレモニーの舞台。その前には関係者や自分が座り損ねた学生用の観客席。そしてその後ろにカメラが多く並んでいるかと思えばその外周を立ち見観客が驚くほど密集して舞台に注目していた。

 復興祭の運営委員会の責任者が演説しているが、ニュースでは短く切り取られ、次の場面に切り替わる。


 『――黒の大侵蝕から二十年。かの自然大災害の立役者である夕凪鷹宗が壇上に上がります』


 ニュースキャスターの神妙で控えめな実況後、会場全体の様子が映し出される。

 録画された画像からでも分かる。会場の空気は緊張とともに歓喜に満ち溢れていた。

 今ここで鑑賞している自分も高揚している。


 今朝の事件は本当に最悪の出来事だった……。だがそんな中であんな偉大な人に助けてもらえたなんて、追っかけじゃなくとも二度と忘れない、忘れたくない最高の思い出だ。


 弥彦は口にお茶を含んでから、映し出された人物に目を奪われる。


 場面は舞台に上がる一人の男性の映像に切り替わっていた。

 それは忘れもしない。路地裏で助けてくれた藍色の髪を短く切り揃えた白い制服の男が姿を現した。

 凛々しい佇まいで壇上を歩き、設置された演説台のマイクに向かって喋りだす。


 「ご紹介にあずかりました、夕凪鷹宗と申します」


 ――夕凪さんだ!


 なぜだか歓喜に心が震える。思わず姿勢を正した。


 「お疲れ様弥彦。珍しくテレビに熱中してるね」


 普段、玄関のすぐ近くの管理人室にいる父親代わりの老人ペリエーゲイア・クロカスが片手に湯飲みを持って歩み寄って来た。

 ほっそりとした長身のレヴァおばさんとは対照的に丸っこくて低めの身長、それに常に朗らかな彼は癒し系寮長として地域で密かに人気である。


 「ああ、演説を見てたのか。儂もみようかな」


 「ぜひぜひ」


 そう言ってにこにこと弥彦の隣に腰をかけた。


 「【黒の侵蝕】は自然災害です。嵐や津波、地震と同じく、いつ我々を襲ってきてもおかしくありません。小さなものではありますが、黒の侵蝕は現在もフィアネス大陸各所で発見されています。その際はこれまで通り、警察や異能者協会に連絡くださいますよう、お願いします」


 二十年前の黒の大侵蝕――これがどれだけ酷いものだったかは学校でも習うし、大人たちも話してくれる。


 だが弥彦は今年で十八歳になる。ニュースで大陸のどこかで稀に発生しているとは聞くが、この目で実際に見たことはない。


 「ペリエおじさんは黒の大侵蝕を経験されたんですよね? 当時は夕凪さんを知っていましたか?」


 ソファの隣に腰をかけたペリエおじさんに尋ねると、ペリエおじさんは懐かしむように目を細める。


 「もちろん。当時の大災害の時はあちこち走り回って人を助けだしたり、黒い獣とも応戦もしていたからね。いやあ、彼は今も若々しいね」


 異能者は非異能者と比べて肉体の老化が遅いらしい。実年齢よりなおさら若く目に映ることだろう。

夕凪鷹宗は堂々と話を続ける。


 「ただし、黒の侵蝕を発見して慌てる必要はありません。黒の侵蝕のスペシャリストとして立ち上げた異能者組織【オリジン】が関係各所と連携し、これを鎮圧します」


 オリジン――そういえば聞いたことのある名前だ。


 「黒の侵蝕ってたしか【神獣】のお陰で浄化できるんでしたっけ」 


 「そうだよ。彼は白い狼と契約していたんだ」


 幼少期に読んだ絵本や学校の授業で習った記憶を掘り返す。


 【自然大災害 黒の大侵蝕】は白の神獣という特別な生物の力を借りて解決することができた。以降、白や黒の神獣が各地で目撃されることが増えたらしく、見つけたら調査と保護のために異能者協会に連絡するように、と注意喚起されていた。ただし、白や黒の普通の動物は多く存在しており、誤報も絶えないという。


 「今回はこのような場を設けていただき、深く感謝を申し上げます」


 そういって一礼すると、拍手が大波のように押し寄せた。次第に歓声が上がると、伝染するようにその声は増えていく。興奮してきた観客の中には「俺たちの英雄!」「ありがとー!」「キャー! かっこいいー!」と聞き取れたところでセレモニーの報道は終わった。


 ――まさかあんな有名な人に助けてもらえたなんて。


 どうしても信じられない心境も残ってて思い出を反芻してしまう。


 ましてや廃墟区で相手どったのはレジスタンス活動の末端だと言われた覆面の男たちだ。今日のセレモニーの主役と言っても過言ではない人物だ。準備などもあったはずだろうに、あんな廃墟区に足を運ぶだなんて誰が予想できただろうか。それに、一人で事足りるとしても過剰な戦力の投入として相応しくない人員だったのではと思えてならない。


 スピーチが終わってしまえば祝祭で賑わう街並みが映し出される。


 ――かっこいいなあ。


 自分も異能者として彼のように活躍できる日があるのだろうか。

 いや、想像できない。

 お茶を口にむくみながら心の中で自嘲すると、隣のペリエおじさんが笑みを浮かべて尋ねた。


 「そういえば弥彦はセレモニーで彼を近くで見たんだろう? どうだったかい、良い席だったか?」


 「ぶっ――⁉」


 口の中のお茶が飲みこまれるよりも早く噴き出してしまった。


 ――しまった!


 そういえば、まだ家族に今日の詳細を伝えていなかった。

 予定よりも早く帰ったことでレヴァおばさんに捕まり、問答無用に家事を手伝わされたのだ。ひとつ終わればまたひとつ……それを繰り返していったら今になったのだ。


 「げほっげほっ!」


 飲みかけだったことも相まって気管に入ってしまったお茶が辛い。


 「だ、大丈夫かい弥彦⁉」


 目を丸くして驚いているペリエおじさん。弥彦は大丈夫だとなんとかジェスチャーで伝えようとする。

 いや、そんなことよりも。


 ――レヴァおばさんに殺される!


 立て続けに血相を変えた弥彦は急いで乾いたタオルを持ってきて噴き出してしまったお茶をいそいそと拭きとる。


 ペリエおじさんもそれを察したようで穏やかな動きで近くを拭いてくれる。


 まだ喉に残っているお茶を苦しく感じながら声を絞り出した。


 「ペリエおじさん! ごめんなさい、お茶をまき散らしちゃって……!」


 ペリエおじさんは嫌な顔ひとつせず、なんなら笑いながら言った。


 「ははは、弥彦も茶を噴き出すこともあるんだなあ。なにか気まずいことでも聞いちゃったかな?」


 ――そうだったー!


 ついつい映像にのめりこんでしまったが、さすがに事件に巻き込まれて大変だったことを報告しなくてはと思っていたのだった。


 「ペリエおじさん! 実は僕、今日は大変だっ――」


 「誰だい! ここを汚した奴は!」


 怒鳴り声が耳をつんざく。反射的に身構えていると、どすどすとレヴァおばさんが詰め寄ってくる。


 「お茶を吹き出すだなんてみっともない! お客に見られたらどうするってんだい!」


 レヴァおばさんはテレビ台の端を指差す。


 ――あれ⁉


 弥彦は慌ただしくその場に駆け寄り凝視する。

 確かにある。一ミリ以下の痕跡だ。


 ――よく見たと思ったのに!


 そう動揺していると、手に握っていたタオルはレヴァおばさんに掠め取られる。その身のこなしは夕凪鷹宗に劣らない無駄のない早さで拭き取った。


 「この借りはキチンと返してもらうよ。覚悟しな」


 ――そんなああああああ!


 嵐のようにやってきたレヴァおばさんは嵐のように去っていく。弥彦はそのままうちひしがれた。

 ソファで見ていたペリエおじさんは気まずそうにお茶をすすった。


 ――休日が潰れる……。


 そう思っていると、遠くから電子音が鳴った。何度も聞いたことのあるそれは管理室の受話器からだとすぐにわかった。スリッパのぱたぱたとした音をたてて向かったのはレヴァおばさんだ。しばらくするとレヴァおばさんがまた居間にやってくる。


 「あんた宛の電話、すぐ出な」


 「え、誰からですか?」


 「でりゃわかるさ」


 ――やっぱりそうですよね!


 レヴァおばさんの返事はなんとなく予想通りで、足早に管理人室へと行く。

 友達の可能性はない。もしそうだったら携帯電話から電話やメールで連絡が来るはずだ。

 電話特有の緊張感がある中、保留状態を解除して受話器を耳に押し当てた。


 「もしもし、お電話代わりました、来杉です」


 誰かも分からない相手へ声をかける。

 電話の向こう側の人物は、落ち着きを払った低い声で言った。


 「こんばんは、来杉弥彦さん。私は異能者協会本部所属の夕凪鷹宗と申します」

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