7.キミのもとへ飛んでいく④
空で目まぐるしく縦横無尽に飛び抜ける。空が下で陸が上、そんなことを何度もこなす。
アヴァロカナは常にリアイゼルの予言めいた複数の危機感知を神力により早く察知。的確に空を駆ける。
全方位から襲い掛かる攻撃の嵐は、全てを察知するだけでも無理があった。
「ッ――!」
リアイゼルもまた機械が段々発熱していくように自分がオーバーヒートしていく感覚に襲われる。
暴力的な手数に対しての危機感知は脳への刺激が強くなり、瞬きほどの閃きが痛覚に変わっていく。移動はアヴァロカナが担っているのに、心臓が破けそうになる。呼吸が浅く頻回になっていき、視界もぼやけていく。
体にあるもの全てを吐き出しそうなほど気持ち悪い―― これが強力な異能の弱点だ。アヴァロカナは常にこれを警戒していた。
卒倒してもおかしくない状態でリアイゼルはたった一つの使命感で踏みとどまっていた。
主が倒れたら、全滅するに等しい。
確かにそうだと自分でも思っていた。神獣は活動出来ても、パートナーとなる人間がいなければ神獣が神獣に勝つことなない。どちらも生存し続け、大地が壊れるだけの終わらない破壊が続くだけだ。
それだけ、神域内での戦闘は特に身を守ることも重視しなくてはならない、というのに。
――かっこ悪りいな。一般人を巻き込んでよ。
予測されなかったアルバドリスの危機。神獣との戦いにおいて最強な夕凪鷹宗の不在。鉄壁の守護を司るミズキの体調不良。そんな状況でリアイゼルが先導を切って取り仕切らなくてはならなかった。
そこで得た〝解〟が『リアイゼルとロフティでは作戦は失敗する』だった。
どうすればこの神獣を止めることが出来るのか、それには『来杉弥彦が必要』だった。
巻き込むからには一般人の命を掠め取られるようなことはあってはならない――自分の安全よりも優先することだったのだ。
それが結局、自分が倒れないようにと余力を残していた。
こんなに格好悪いことがあっていいのか?
――俺が俺を許せねえよ。
ここで自分が倒れてもいいという気持ちではない。ここでは倒れてはならないという意地で、リアイゼルは霞んだ視界で先を見通した。
異能――発現。
先が、見えた。
「弥彦」
リアイゼルは血の味を感じながら声を振り絞った。
『走れ!』
耳に届いた瞬間、地上に控えていた弥彦は躊躇わず足を踏み出した。
地面はもうボロボロで、住宅街だった場所はいくつものクレーターが作られた広い荒地と変わり果てていた。足の踏み場はひたすら悪く、気を抜くとバランスを崩しそうになるなかで、弥彦は自分の持てる全ての力を振り絞って走る。
リアイゼルの指示はただひとつ。事前に言われていた指定の場所へ走るだけだった。
だからか、足が思ったより軽かった。
少しずつ少しずつと、危険地帯である中心部への距離が縮まっていく。より足場の悪いクレーターへ滑りそうになりながらも走る。
白兎は、空で機敏に動くアヴァロカナに釘付けだった。相当目障りなのか、地面を割る回数が以前よりも早くなっていった。
そんな不安定な場所に向かって弥彦はそのまま駆けだした。
足が一歩、踏み出した先で、嫌な音が鳴った。
「――っ!」
最悪の事態。地面の裂け目がゆっくりと口を開いていくのを肌身で感じる。
避けなくては……と、思うよりも勢いに任せて前方へと跳んだ。
地面は裂ける。だが幸運にも目の前の地面が一つだけ浮きあがる。弥彦はそれに上半身だけ乗り出し、しがみついた。
「くっ――!」
――止まってられない!
弥彦はとっくに疲れ果てた体に鞭を打つ。すでに鉛のように重い体をなんとか這い上がらせた。
そうした頃には地上からとっくに離されていた。人ひとり乗っている重量を物ともせず、人の手から離れた風船のように空へ空へと高くなっていく。
「ヤヒコ!」
首元の白蛇の声が行先を示す。弥彦は天を仰いだ。
白く小さな生き物がそこにいた。
それと目があった。真っ黒な目は弥彦が浮上するのと同時に唖然と見上げた。
どう考えても即死する高さ――恐怖よりもひとつの決意が駆り立てた。
「行け! ヤヒコ!」
白蛇の背中を押す声と共に、宙へと飛びだした。
❖ ❖ ❖
あたしは思考が真っ白になった。
限界が来ているというのに倒れない人間と白鳥のせいで苛立ちに煮えくり返っていた。
さっさと落ちろよ、とただひたすら攻撃の手を激しくさせていった。
片手間に新しく地面を抉る。
そこから、人の意識を感じた。こちらを標的として向かってくる強い気配だ。
――なっ……………………。
浅はかだったのはあたしだ。
地面を浮かしていく毎に、攻守を徹底していた気になっていた。そこを突かれた。
気付いた時にはあたしより高い位置に強い気配が浮上してしまった。
信じられないことにそこから身を投げてきた。
このままではこちらに降りかかってくる。白蛇の神力を乗せて異能を使われてしまう。
岩の槍は全て白鳥に向けている。
いや、まだだ。
――幻を身代わりにすればっ!
最初に白鳥の神獣に突き飛ばされたものをもう一度作ろうとする。せめて自分にあの人間の異能が直撃しなければ反撃が叶う。
その時、白兎は見えない手に頭を操作されるかのように、まったく関係のない方向へ視線を向けた。
「――⁉」
違う、〝意識〟を引っ張られたのだ。
――あの女!
視線の先、ここからずっと遠い場所には、路上で片膝をついてこちらを睨みつける銀髪の女がいた。
――異能を使わされた!
あの女の傍にいた小さな白い狐の神獣も神力を使って異能力を底上げしたのだろう。不意に来たそれに対処出来なかった。
焦って頭上に意識を戻した時には、手遅れだった。
「やっ……!」
弥彦は両腕で白兎を捕らえたと同時に、白蛇とブレスレットの共鳴石から眩いばかりの光が溢れ、周囲を真っ白に染めた。




