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雲が多く浮かぶ空は、大きな影を落とし昨日よりやや過ごし易い。暖かでゆっくりとしたティータイムに長時間をバルコニーで無駄に費やしていた。

「サフィお嬢様、そろそろ中に入りませんと。お体を害しますよ。」

侍女のサンタナは私が風邪をひけば怒られてしまうのだろう。これで同じ事を三回聞いた。

「サン、もう少しいいでしょ?暖かいし平気よ。それに、何だか外が気になるの。」

「何かあるのですか?」

サンタナは外を見渡す。

「いいえ、何も無いの何故かしら?」

「お嬢様、私をからかっていらっしゃいますか?」

サンタナは困ったように言う。

「そんなことないわ。本当よ。」

今度はサフィラスが外を見る。やはり何も無い。いつもの庭が広がるだけだった。

「そうね、このお茶がなくなったら部屋に入るわ。」

サフィラスが穏やかにエメラルドの瞳を細めそう言うのでサンタナは安堵する。

「ええ、そうして下さいませ。」

サンタナが納得してくれたため、サフィラスは再び外を眺める。

観衆の注目を集めているような、そんな圧迫感を感じるのだがその理由がわからない。舞台上で緊張を強いられるように何かが胸を締め付けていた。

冷えた紅茶で喉を潤し圧迫感を飲み下す。

「戻るわ。」

空になったカップを置き立ち上がる。すると、背後が気になった。そちらを確認する。

二階のバルコニーから見える小高い丘、それは屋敷の敷地ではなく生垣の外でその丘の一番高いところに大きな木があった。

その根元に人影……

目が合ったように思った瞬間、先程までの緊張が消えた。

「あの方は誰かしら?」

「どこですか?」

「丘の上の木のところに居るわ。」

「誰も居ませんけど?」

サンタナに問うと思った答えと違った。サフィラスはもう一度丘に目をやった。そこには誰も居なかった。


次の朝、どうしても気になりあの丘に向かう。日が変わり、そんなに長く誰かが居る筈など無いのに行って確かめたかったのだ。

ヒールで丘は登れない。ペタンコの靴で歩くサフィラスは小柄だ。いつもより小さなサフィラスの後をサンタナ、前を護衛のダンが歩く。

「足元にお気をつけ下さい。」

ダンがここから登り坂だと教えてくれると、サンタナは日傘をより近くから差す。

丘は誰かしら手入れしているのか雑草が短くされ歩くのに支障はなく一帯を見渡すにも障害物は無い。正面に緩い坂が有るだけだ。

徐々に丘の一本木が頭を見せ、その背を伸ばしていく。巨木ではないが周りに何も無く丘の天辺に在るだけで大きく感じた。

その全体が見えるとその根元に

「箱?かしら?」

「箱ですね。」

「箱でしょう。」

物入れが置いてあった。

蓋を上に上げるタイプと思われる箱はいつからそこに有ったのか、かなり古い物に見える。

「何か入っているのかしら?」

サフィラスは蓋を上げようとするがびくともしない。

「鍵がかかっているみたいね。」

「お嬢様、何があるか分かりませんから、無暗に触るのはお止め下さい。」

サンタナが咎めるとサフィラスは箱から一歩下がった。

「あ~ここは眺めが良いわね。ここでお茶がしたいわ。」

「確かに気持ちの良いところですね。ご用意いたしますか?」

「ええ、お願い出来るかしら。」

「ダンに伝言を頼みましょう。」

ダンが屋敷に戻る背を見送り、箱に向き直る。

大きめの物入れには、何が入っているのだろうか。昨日に見た人が置いていったのだろうか。屋敷からはこの箱は見えなかった。


荷物を敷物の上に置きテキパキとサンタナは準備している。

箱の縁に沿うように撫でてみる。

何故か恥ずかしい気持ちになった。

「御用意出来ました。」

「ありがとう。」

敷物に腰を下ろし周りを見る。屋敷全体が良く見える。

サンタナが差し出す紅茶を受け取り一口含むと一気に心が寛ぐ。

「サフィお嬢様、何か召し上がりますか?」

サンタナはバスケットを指す。

「そうね、ではサンドイッチを少しもらうわ。」

「かしこまりました。」

サンタナはバスケットから皿にサンドイッチを移すとサフィラスの前に置く。紅茶を右手側に置き皿を取る。サンドイッチを一つ摘み口にした。蒸したチキンをサンドしてある。皿を左、木と箱側に置いて紅茶カップのソーサーを取る。

すると、突如箱の蓋が開き中から長い大きな舌が伸びてきて皿のサンドイッチをペロリと食べた。サフィラスもサンタナも呆気に取られたが、護衛のダンが駆け寄り剣を抜く。

「サフィラス様、お下がり下さい。これはミミックのようです。」

ダンは下がるよう促すがサフィラスは動かない。それと対照的にサンタナは弾かれたように立ち上がった。

「お嬢様、こここちらへ。」

腰が抜けそうなのも拘わらずサフィラスを箱から遠ざけようと手を伸ばす。

「大丈夫よダン。剣を納めて下がりなさい。サンも。」

「しかしお嬢様、これはモンスターです。危険です。お下がり下さい。」

「下がるのは貴方ですよ、ダン。モンスターなものですか。御方は自身の前に置かれた物を食したに過ぎませんよ。何度も言わせないで。」

「しかし……」

ダンの勢いが落ちてきた。

「お下がりなさい。」

ダンは、渋々剣を納めたが箱とサフィラスの間からは決して動かない。サフィラスもそれが落とし所と諦めた。

「ミミック様、大変ご無礼を申し上げました。どうぞ、お許し下さいませ。よろしければ、他のお菓子も召し上がって下さいね。サン取って差し上げて。」

「かっ畏まりました。」

サンタナは皿にマフィンを乗せ箱の前に恐る恐る置く。すると、また舌が伸びてきた。

「ふふふ。やはり、ミミック様はお行儀よく出された物を召し上がっていらっしゃるのですわ。」

サフィラスの言葉を聞きダンも肩の力が抜けたようだ。

「ミミック様、紅茶はいかが?サンお願い。」

「はい、お嬢様。」

サンタナは紅茶を入れまた恐る恐る箱の前に置いた。

すると、今度は伸びた舌がカップごと中に引き込んだ。そして空のカップが舌で運ばれ戻って来た。

「うふふ、器用ですわね。紅茶は熱くないのでしょうか。」

サフィラスは、ミミックに色々勧めこれにはジャムが合う等、これは屋敷唯一の女性の料理人が作った等取り留めもなく話した。会話ではなく一人で話していたが、ミミックはしっかり聞いているように思えた。

すっかり日が傾き肌寒くなった。

「ミミック様、今日はありがとうございました。また来ますわね。ごきげんよう。」


屋敷に戻りバルコニーから丘を望む。そこには昨日見た男性が立っていた。

「あの方は誰かしら。いつもこちらを見ておいでで寂しそうだわ。」

サフィラスにはそう見えた。


「サン、丘へ向かうから準備をよろしくね。」

翌日も丘の人を探しに行く。

「また、丘に行くのですか?危のうございます。お止め下さい。」

「あら、ただの屋敷の裏なのよ危ない事なんて無いわ。準備してちょうだいね。」

渋るサンタナを笑顔で御する。

昨日の道をなぞるように歩き丘を登ると男性の姿は無く、あの箱、ミミックが有るだけの見たことの有る風景だった。

「おはようございます、ミミック様。今日は良いお天気ですわね。」

サフィラスは特段気にした様子もなく挨拶する。見渡すと自宅の反対側にも屋敷が有る。塀が見えている。王都の貴族街に有るこの不自然な丘は元から有ったのだろうか。丸で屋敷を見張るために存在するようだ。

「お隣、失礼いたしますわね。」

サフィラスがそう言うとサンタナは敷物を広げる。心なしか昨日より距離を取られた。サフィラスは敷物の端に座りミミックと会話する。

「昨日は夕飯を沢山食べて今朝はまだお腹が空いておりませんでしたのよ。ここまでお散歩してから食べようと朝食を持ってきましたの。ミミック様もご一緒にいかがかしら。」

ミミックの分も朝食が並べられ食事を始める。この頃にはサンタナは大概諦めて言いなりになっていた。

「昨夜は伯母様がいらして私のデビュタントのドレスが出来上がったと連絡を……」

サフィラスが話している間、ミミックは食べるのを止め、静かに耳を傾ける。一人で話すサフィラスは少しも独り言には感じていない。それどころか、聞き上手な姿勢はなんでも受け止めてくれるようで誠実に思えた。大きな口で大きな舌でペロリと食べて魅せる様子は雄々しく見えた。そんな姿を見ては笑みが溢れた。

「ミミック様はまだこちらにお出でで?」

返事はない。

「私、今日はこれからお勉強の時間ですの。また来ますわね。お会い出来る事を楽しみにしております。」

屋敷に戻ると既に先生が待ち構えていた。暫くバルコニーに出る事は出来ず確認出来たのは夕刻。

また、あの男性が立っていた。

午後にいらっしゃるのかしらね。明後日なら、午後の予定は無いわ。


その日は、日差しを遮る雲が広がり午後だと言うのに丘を見上げても眩しくない。屋敷を出かける前にバルコニーからあの男性が見えたのだ。急ぎ丘を登る。しかしそこに居たのはミミックだけだった。

「ごきげんようミミック様。今日はアフタヌーンティーをいかが?私のお気に入りのスコーンとママレードを賞味いただきますわよ。」

凄く美味しい物を食べれば唸り声位出るのではないかとサフィラスは期待している。

「ミミック様、こちらに今しがたいらっしゃいました方をご存知?屋敷を見ていたように思うのですが。私は存じ上げなくて。」

返事はないと分かっているが訊ねる。ミミックは少し蓋をパカッと鳴らす。

知っているという反応に見えた。

「そう、ミミック様のお知り合いですのね。いつも寂しそうに悲しそうに見えたのですが…心配ですわよね。」

サフィラスは心優しいミミックが心を痛めていないか気になった。

「さぁ、いただきましょう。ミミック様もどうぞ。」

元気づけるように明るく笑って言った。


「サフィ、裏の丘にずいぶん通っていると聞いているのだが、何があるのだ?」

夕食にいつも時間が合わない父が久しぶりに一緒だ。サンタナかダンに報告を受けたのだろう。つまりもう丘のミミック様の事も知っていて敢えて質問している。

「お友達ですわ。ミミック様とおっしゃるの。」

サフィラスは正直に答えた。隠すつもりもなかった。

「ミミックと言うとモンスターだよ?分かるかい?」

父は、何も知らない子供に話すように優しい様で咎めていた。

「あの方は、モンスターなどではございませんわ。紳士でいらっしゃいます。」

「いいかい、サフィラス、人間の紳士であってもモンスターの紳士であっても簡単に信じてはダメだ。分かるね?」

「いいえ、分かりません。ミミック様が私を騙すとでもおっしゃるのですか、お父様は。」

「そうだ。油断しているところを食べられてしまうよ。」

「おかしな事を。油断しているところなら今まで何度もありますのに私はこの通り元気ですわよね?お父様はご自分の娘の目が節穴だとおっしゃりたいのでしょうが、それはお父様の事でしてよ。」

言葉につまる父に話は終わりと、サフィラスは食事を続ける。

「兎に角、明日はルベウス殿下が御訪問下さる。家に居なさい。いいね。」

「殿下は何の為にいらっしゃるのですか?」

「それは明日のお楽しみだよ。サフィラスは殿下が好きだろう?」

「ええ、お兄様よりお兄様ですから。」

サフィラスはここには居ない、いつも厳しい兄を引き合いに褒める。兄は理不尽な意地悪などではなく私の為に厳しくしてくれていると知っている。それでも甘やかしてくれる殿下は理想の兄に思えた。

殿下は物知りだからあの方が貴族家の者ならご存知かもしれないわ。一緒に丘を見ていただこう。そう思うと途端に明日が待ち遠しくなった。



「やあ、サフィラス元気だった?久しぶりだね。会えなくて淋しかったよ。少し会わない間に益々綺麗になったね。」

ルベウス殿下は、当主の父に見向きもせずにサフィラスに向かって、相好を崩す。

「ルベウス殿下、ご機嫌麗しゅう。お久しぶりにございます。私などより殿下こそ益々ご立派になられておいでで、お仕えする臣下全ての誉れにございます。」

「ありがとう。しかし、硬いね。どうしたの?」

「聞いて下さいますか?」

「勿論だよ。」

挨拶のタイミングを失ったまま放っておかれた父が口を開く。

「ルベウス殿下、ようこそお越し下さいました。お話なら部屋でゆっくりと、サフィラス。」

部屋に案内しろと態々言われなくてもと剥れたくなったがしない。


応接室にお茶が運ばれ互いに一口。それだけでよそよそしさを忘れ一気に場が緩む。

「それで、僕の可愛いサフィラスは一体どうしたの?」

カップを戻しルベウスは先程の話に戻す。

「聞いて下さいませ、ルベウス様。私、学校を卒業したと言うのに家庭教師をつけられておりますのよ。やっと勉強から解放されたと思っておりましたのに。毎日それは厳しくて。しっかりしないと終らないものですから仕方なく。」

うつむき視線を落とし疲れた様子のサフィラスに

「……そうか、それはすまない。」

とルベウスは言う。

「??どうして、ルベウス様が謝るのです?きっとお兄様がお父様に教育を続けるように言ったのですわ。」

サフィラスはぷりぷりと頬を膨らませケーキにフォークを刺す。

「私からグリーナリー侯爵に話しておくよ。」

「はい、お願いします。ルベウス様がお兄様だったら私はもっと幸せだったでしょうね。」

「サフィラスを幸せにしたいとは思っているけど、私は兄ではないよ。」

「はい、残念なことです。」

残念そうなサフィラスより更に残念そうにルベウスは嘆息する。

「私からも頼みたい事があるのだ。」

「何です?」

国の王子からのお願いなど叶えられるだろうかと不安になるサフィラス。

「デビュタントは是非私がエスコートしたい。ドレスはガーネット伯爵夫人に贈られると聞いて断念したからね。卒業パーティーでは侯爵が譲らなかったのでエスコート出来なかったしね。侯爵に頼み込んで今度は譲って貰えたんだ。」

「はい。お願いします。」

なんだそんな事かとサフィラスは安堵した。良い返答にルベウスの整った顔は溶ける。

「嬉しいよ。楽しみだね。」

そう言って更にだらしない顔をする。サフィラスには何がそんなに嬉しいのか分からなかった。

「ところで、ルベウス様に見て確認して欲しい事があるです。」

「何だろう?」

「後で、私の部屋に行きましょう。」

ルベウスはそう言われ顔を赤くして

「それは僕が見ても良いものかな?」

期待を込めて確認する。

「??誰が見ても良いと思いますが?」

サフィラスは可愛いらしく首をかしげた。

「だよね…」

ルベウスは肩を落とした。



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