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シェア・バディ、フラッシュ・リアクション

作者: はらけつ

今年も、この季節がやって来た。


暑い夏が過ぎ、半袖・ハーフパンツでは肌寒くなって来る。

半袖を長袖にし、ハーフパンツをジーンズにする。

カレンダーでは、十月に入る。


【野口さん日】は、十月一日に固定されている。

晴れようが雨になろうが、雪が降ろうが槍が降ろうが、十月一日。

平日であろうが休日であろうが、警戒体制敷いてようが通行止めしてようが、十月一日。


今年も、ここにやって来た。


サッカー専用スタジアム。

地元のプロサッカークラブ(東山ヨング)が持つ、サッカー専用スタジアム。

今日は、開催日では無いので、閑散としている。

ユニフォームを着た子供が、何人か見受けられるぐらいだ。


正面入り口の前で、野口さんは立っている。

文庫本を読みながら、立っている。


「野口さん」


野口さんは、文庫本から眼を上げ、視線をこちらに向ける。

そして、返事を返す。


「ご無沙汰」


一年振りの、ご無沙汰。

一年に一回の、定例邂逅。


「どう、調子は?」

「やっぱ、一年も一緒に過ごすと、さすがに慣れますねー」

「まあ、トータルで言うと三年やから、そら慣れるよね」

「『気持ち悪い』を、とっくに通り越しました」


野口さんの問い掛けに、躊躇無く答える。

さすがに、三年もキャリアを積むと、余裕が出て来る。


「ほな、お願い」

「はい」


野口さんに、右手を差し出す。

右腕を上げ、右の手を握り、コブシにして差し出す。

野口さんも、右コブシを差し出す。

右コブシ同士を、そっと重ね合わせる。

ソフトな、グータッチ。


重ね合わせた右コブシから、野口さんがこちらに入り込んで来る。

正確には、野口さんらしきほんわかしたものが、右コブシを伝って右腕沿いに、入り込んで来る。


入って来た野口さんの行く先は、決まっている。

神経組織、だ。

自律、非自律関係無く、あらゆる神経組織に、野口さんは浸透する。


「ふう」


野口さんは、溜息を吐く。


「ほなまた、来年よろしく」

「はい」


『ほな』ってな感じで、野口さんは去ってゆく。


身体内に加わった野口さんを感じ、手を振る。



野口さんは、余命が短い。

そして、俺も、余命が短い。

『余命の短い者同士、足したら一人分の寿命になるか』との意見が、一致する。


余命が少ない埋め合わせだろうか、野口さんには、面白い能力がある。

自分の意識を他人の中に入り込ませ、その他人の損傷部位を治すことができる。


俺は、事故の為、神経組織が、かなり死んでいた。

曰く、脳の指令が、身体の多くの部位に届かない。

曰く、身体が動かない。

つまり、植物状態。

瞼や目玉さえも、動かせない。


その俺の枕元に来て、野口さんは、言った。


「私、面白い能力があるんや」


見ず知らずの人に、いきなり枕元にやって来られ、こう切り出される。

耳は聞こえるから、『なんや、この人?』とは思う。

思いはすれど、どの部位も動かせないから、何もリアクションが返せない。


「私も、このままでは、すぐ死んじゃうんや」


『何言ってるんや、この人?』


脳は考え反応すれど、身体には表わせない。


「君も、このままではすぐ死んじゃう」

『あー、そうですか』

「で、ええ手がある」

『 ‥ はい?』

「一つの身体を、シェアしちゃおう」

『 ‥ えっと、意味がよく ‥ ?』

「寿命の短いもん同士足して一つの身体に入ったら、

 『人並みに生きられる』と思うねん」

『 ‥ 思うねん ‥ って ‥ 』

「君の身体をベースにして、私が、君の神経になる」

「脳含め、基本、君やけど、『私が、居候させてもらう』みたいな」

『 ‥ みたいな、って ‥ 』

「ま、ルーム・シェアならぬ、

 『ボディ?かバディ?か知らんけど、そこらへんのシェア』、

 みたいな感じ」

『う~ん、よく分かりません』

「ほな、始めるで」

『えっ!俺の意見は!俺の考えは!』


野口さんは、俺の右腕を取り、右手を固める。

コブシになった俺の右手に、野口さんは、自分の右コブシを当てる。

そっと、当てる。


そこから、野口さんが、入って来る。

野口さんが、神経組織に浸透する。

神経を伝って、脳までやって来る。

脳の俺に、挨拶をする。


『こんにちはー』

『あ、はい、こんにちは』

『この度、こういうことになったんで、今後ともよろしく』

『よく分からへんのですけど、俺にとってええことなんですよね?』

『それは、保証する。

 「脳と身体の各部を繋ぐ神経が死んでいるから、私が代わりをしよう」、

 と言うこと』

『つまり、あれですか、俺は身体を動かせるようになるわけですか?』

『うん。

 植物状態からの脱出』

『そちらは ‥ えーと ‥ お名前は?』

『野口です』

『野口さんには、あまりメリットが無いんやないですか?』

『いや、そんなことない。

 どうせ、あのままやったら、遅かれ早かれ死んでたし』

『そうなんですか』

『そう。

 ま、「君の神経に住ませてもらって、偶に脳内で話しよう」、

 ってことやから、今後、よろしくお願いします』

『あ、はい、こちらこそお願いします』

『基本、脳と身体は君のものやから、主身体は君になります。

 私は、脳と身体の部位を繋ぐ神経だけで、「他は全部、君」やから』

『はあ』

『勿論、「神経の反乱で、身体が自由に動かない」とか、せえへんので。

 そんなことしたら、こっちもダメージが大きい』

『はあ』


野口さんは、ここでちょっと口調を変える。


『それで、いっぺんにはいかへんねん』

『はい?』

『私の能力では、いっぺんに移行はできひんで』

『「野口さんが、僕の中に入る」ことですか?』

『うん。

 君の神経組織に、私が入ることは、いっぺんにはできひん』

『はあ』

『五回くらいに分けて行わないと、無事完了せえへん』

『はあ』

『しかも ‥ 』

『しかも ‥ ?』

『神経組織に完全浸透するのに、各一年くらいかかるから、

 完全終了するまで、五年がかり』

『そんなに、かかるんですか?』

『そう。

 だから、一年毎に、今のような移行浸透方法をとらないとあかん』

『めんどい、ですねー』

『でも、無事終了してこそ寿命が延びるわけで、途中でやめたら、

 元の黙阿弥』

『そっかー、そうなるか』

『そうなる。

 やから、五年間は付き合って下さい』


脳の中の、野口さんの意識が、ペコッと頭を下げる。


『あ、こちらこそ』


脳の中の俺の意識も、ペコッと頭を下げる。



最初の邂逅から数えて、今回で四回目。

野口さんと出会って、四年目に入る。

あと一回の邂逅で、あと一回の移行浸透方法の遂行で、無事終了となる。

野口さんと俺は、一つの身体を二つの意識が、所有することになる。


元の野口さんの身体は、どうなるか?

おそらく、消滅するのだろう。

現状でも、かなり存在感が薄れている。

物理的にも、風が吹いたら、飛んで行きそうだ。

思えば、最初の出会いから邂逅を重ねる度、薄く儚くなっている。


スタジアムから、大きな、しかし、こじんまりとした歓声が上がる。

小規模ながらも、スタジアム内では、なにかが開催されているらしい。


スタジアムから出て来た子供達が、何かしゃべっている。

みんな、ユニフォームを着ている。

その話を傍聞きして、どうやら判明する。


スタジアム内では、PKペナルティ・キック大会が行なわれているらしい。

地元のサッカークラブ主催で、行われているらしい。


参加資格は、特に無し。

サッカーチームに属していようがいまいが、他のスポーツに勤しんでいようがいまいが、老若男女は問わない。

つまり、六人(キッカー五人+キーパー一人)集まってチームを作れば、男女構成比がどうだろうが、大人子供構成比がどうだろうが、構わない。

完璧オープン形式の、大会。


「あ~あ、棄権か」

「しゃーないやん、テッちゃん、風邪なんやから」

「でもなー。

 ボールとスパイク、欲しかったなー」

「また来年、挑戦したらええやん」

「来年やったら、卒業してるやん」

「うん?」

「多分、中学行ったら、みんなバラバラなるやん」

「そっかー」

「地元の中学行くやつと、私立行くやつと、引っ越すやついるから、

 バラバラになるやろ」

「そやな」

「六人みんなで挑戦するのは、今年で最後やったんや」

「そうか。

 そう考えると、なんや悔しいな」


スタジアムの入り口に佇む、子供五人チームから、漏れ聞こえて来る。

二人が主にしゃべり、三人は、耳を寄せているらしい。


『なあなあ』


脳の神経を通して、野口さんが話しかけて来る。


『はい?』

『参加せえへん?』

『はい?』

『PK大会』

『はい?!』


何を言っているのだ、この人は。


『あの子らのチームに加わって、参加しようや』

『いやいや、それはアカンでしょ』

『なんで?

 むっちゃ、ボールとスパイク欲しそうやん。

 それに ‥ 』

『それに ‥ ?』

『小学生時代に思い出に、暗いもん付けたくないやん』


その言葉は、心にちょっと、突き刺さる。


小学生五人チームの話を、引き続き漏れ聞きする。

新たに、以下のことが判明する。

これらの子の家庭は、裕福とは云えないので、新しいボールやスパイクが買えないこと。


もっぱら、古いものを、リサイクルして継ぎ接ぎして、使っている。

勿論、統一ユニフォームと云うものはなくて、みんな、てんでバラバラのユニフォームを着ている。

中には、フツーのジャージ上下でプレーしている子もいる。


判明した事実は、『小学生の思い出作り』と連携して、深々と突き刺さる。

五人チームに、話し掛ける。


「ちょっと、ええ?」

「はい?」


五人チームの一人が、答える。

坊主頭と言うより、頭ツルツル剃り跡まぶしい子が、答える。


「何ですか?」


訝し気に、こちらを見る。


「俺も、参加させてもらえへんかな?」

「へっ?」


ツルツル坊主は、鳩が豆鉄砲食らったような顔をする。

他の四人も、そんな顔をする。


「いや、大会観ているうちに、参加したくなって来てしもて。

 でも、一人やし、事前エントリーもしてないし、諦めてたんやけど、

 みんなの話が耳に入って来て、『ええチャンスやん』と思て、

 声掛けたわけ」

「はあ」

「で、『一人足りひんところに、参加させてもらおう』、と。

 この大会は、老若男女問わず自由参加やから、『全然イケるやん』、 

 と」

「はあ」

「突然やけど、どう?」

「はあ ‥ ちょっと、相談してみます」


五人の子供達は、円陣を作り、相談を始める。


「どう?」

「ああ、ええよ」

「俺も」

「ええんちゃうん」

「どうせ、このままでは、参加できひんし」


思ったより、至極あっさり決まる。

ツルツル坊主が、向きなおる。


「じゃ、そういうことで」

「ええんかいな」

「はい」

「えらくあっさり、決まったなー」

「利害の一致を見た、ということで」

「難しい言葉、知ってんなー」

「この間読んだ本に、載ってました」


この五人チームは、案外、知識豊かなのかもしれない。

だから、懐も深いのかも。


ツルツル坊主は、続ける。


「ゴールキーパーが足りないので、GKして下さい」

「OK。

 ほな、行こか」


五人揃って、スタジアムの入り口から入る。

五人並んで、スタジアムの階段を上がる。

五人並んで、観客席に出て、ピッチを臨む。



ピッチの全面を使って、PK大会は行なわれている。

で、半面毎に、違うグループの試合が、行なわれているようだ。


案外、参加チーム数は、多い。

計、三十二チーム。

三十二チームが、AとBの二グループに分かれている。

各々、半面毎に、グループ・トーナメントを開催する。

そして、各々の優勝チームが対戦して、大会全体の優勝チームを決める。

つまり、五回勝ち続ければ優勝、となる。


やはり、地域のサッカーチームや小学校や中学のサッカー部、高校のサッカー部らしき子供(少年)が、多い。

案外目に付くのが、女子混じりのチーム。

数こそ少ないが、女子だけのチームもある。

数こそ少ないが、お年寄りだけのチームもある。

勿論、大人だけのチームもある。

なんとも、バラエティに富んでいる。


が、年齢差のある人々で構成されているチームは、少ない。

本当に、チラホラ。

二、三チーム。

俺が入ったチームも、ここに含まれる。


本来、小学生の六人チームで、エントリー済み。

それが、急遽、子供五人+大人一人の所帯になったから、受付で、ちょっとゴタゴタする。

が、無事に受付を済ませ、トーナメント表に名前が載る。


トーナメント表を見ても、よく分からない。

どこが優勝候補で、どこが強豪とか、全然分からない。

子供達は、トーナメント表を見ながら、あれやこれやと言っている。

聞いているとどうも、対戦相手が全て、強敵らしい。


無理も無い。


多分、自分達以外の参加チームは、自分達と同世代か上の世代。

体格差も経験値もテクニック的なものも、自分達より上と考える方が、自然。


『うわっ、これ、苦戦確実、ちゃいますか?』


脳の中の、野口さんに話し掛ける。


『そやな』

『ってか、一回戦くらいで、敗退すんのちゃいますか?』

『それは、ないやろ』


野口さんは、自信ありそうに断言する。


『何で、ですか?』

『私に、考えがある』


野口さんは、またしても断言する。


『考え?』

『うん』

『どんな考え、ですか?』

『私に関わる部分がほとんどやから、

 君は、頭と身体をリラックスさせといて』

『はあ』

『君の柔軟でしなやかな対応が、「カギになる」、と思うし』

『はあ』


野口さんは、何か企んでいるらしい。

俺も、その企みに、強制参加らしい。

まあ、子供達に、プラスになることやったら、別にええけど。



ウチのチームの一回戦が、始まる。

一回戦の対戦相手は、高校サッカー部チーム。

早速、高校生相手。

相手、バリピチの現役。

なんでも、ウチのグループの、有力優勝候補らしい。


「「「「「 あちゃー 」」」」」


子供達がトーナメント表を見て、一斉にユニゾンを奏でた相手。

そして、子供達に秘かに、『一回戦負け』を覚悟させた相手。


試合が、始まる。

案の定、ウチのチームの一人目(ツルツル坊主)は、余裕を持って、あっさり止められる。


攻守交代。


今度は、こっちがGK(つまり、俺+野口さん)で、向こうがキッカー。

高校生チームは、サッカー部所属だけあって、みんなユニフォームを揃えている。

GKも例外でなく、動き易そうな服に、キーパーグローブをはめている。


こちとら、トップがジャージで、ボトムがジーンズ。

手には、そこら辺の百円ショップで調達した軍手(滑り止め付き)。

ついでに、スパイクでなく、ウォーキング用のスニーカー。


相手チームは、こちらを完全に舐めきっている。

一人目のキッカーが、ボールをセットする。

そして、ゴールマウスに向かって左上を指し示す。

GKとして構える俺の、右上に当たる。

つまり、予告PKだ。

『こちらに、蹴りますよ。止められるもんなら、止めてみな』の意思表示だ。


心中ムカついたが、何事も無い様にスルーして、構え直す。

動かざること、山の如し。

ゴールマウスの中央に、どっかと構える。


『慌てて、身体動かしなや』


野口さんが、注意する。


『ホンマ、ギリギリまで粘り。

 相手が、ボール蹴る直前まで』


そんなことしてたら、止められるボールも止められへん。

左右どちらかを読んで、動き出さないと。


俺の心を読んだのか、野口さんは言う。


『まあ、任しとき』


キッカーは少し後ろに下がり、距離を取る。


ピィー ‥


笛の音が、響き渡る。


キッカーが、助走に入る。

ボールに、近付く。

右脚を、振り上げる。

ボールに、右足甲を叩き付けようとする。


足がボールにインパクトされる瞬間、判断する。


『予告通り、右上に来る!』


その殺那、俺は飛び上がっていた。

右上に、読んだコースに。


ボールはまだ、宙を飛んでいる。

キッカーはまだ、脚をフォロースルーしている。


どう考えても、このタイミングで動いた結果の状況とは、思われない。

読んで、先に動いた結果の状況に近い。

判断してからの動きが、速い。

速過ぎる。


俺、こんなに速かったか?

まるで、脳即手足、みたいな動き。

まるで、神経が無いような。


右上に飛んで来たボールを、難無く弾く。

自陣と観客席から、歓声が上がる。

敵陣と観客席の一部から、溜息が漏れる。


完全に決まったと思ったキッカーは、固まっている。

眼前の光景が、信じられないようだ。

じっと、ゴールマウスを見つめている。


『あのタイミングで、何で弾かれる ‥ 』


その固まった佇まいが、彼の思っていることを、如実に表わしている。


俺自身も、信じられない。

脳と手足が、直結しているような動き。

神経が、無いかのような動き。

『神経が、光速で伝達した』、としか言い得ないような動き。


『まさか』


野口さんを、(脳内で)見遣る。

野口さんは、テヘペロ顔をしている。

そして、そこはかとなく、ドヤ顔。


野口さんの仕業か!

野口さんのせいか!

野口さんのお蔭か!


俺が脳で思ったこと、判断したことを、それこそ野口さんが神経内を光速で、身体の各部位に伝えてくれたのだろう。

それで、あんな動きが取れた、と。

シュートを弾くことができた、と。


ウチのチームの子供達は、大喜び。

無邪気にバンバン、背中を叩いて来る。

痛いけど、なんか嬉しい。

その痛さが、一体感を表わしているような気がする。


双方、規定の五人終わって、ノーゴール。

こっちは、四人止めて、一人が外した。

向こうは、五人全部止めた。


二巡目からサドンデスに入っても、ここまで、双方の五人とも、ノーゴール。

こっちは、三人止めて、二人が外した。

向こうは、五人全部止めた。


そして、三巡目に入る。

先行のウチのキッカー(ツルツル坊主)に、話し掛ける。


「いっぺん、まっすぐ思いっ切り蹴ったれ」


今までのシュートは全て、ゴールマウスの枠内に、飛んではいる。

でも、コースが、読まれている。

小学生と高校生の経験の差が、如実に出ている。

かてて加えて、小学生のシュートなので、威力が足りない。

で、あっさりと、高校生のGKに止められている。


『ここはもう、読みとか度外視で、

 勢い良く思いっ切り蹴った方がええんと、ちゃうか』


、と思った。

野口さんも、(脳内で)ウンウン頷いている。


ツルツル坊主が、ボールをセットする。

今までのキックより明らかに、大きく後ろに下がって、距離を取る。


ピィー ‥


笛が、鳴る。

思いっ切り助走を付けて、ボールを蹴る。

GKは、コースを読んで、右に飛ぶ。

まっすく思いっ切り、ボールは飛ぶ。


バシュ ‥


ボールが、ネットに、突き刺さる。

一瞬、時が止まる。


ツルツル坊主が右腕を突き上げ、チームの仲間の元へ、走り寄る。

チームの仲間は、ピョンピョン飛び上がって迎え、ツルツル坊主をバシバシ叩く。

皆、満面の笑みで。


俺も満面の笑みで、ツルツル坊主に、右腕を差し出す。

親指をこちら側にして、肘から先を八十度の角度くらいに立てて、差し出す。


バシィィ ‥


俺とツルツル坊主は、右掌を打ち合わせて、鳴らす。


ツルツル坊主が、言う。


「お願いします」

「「「「お願いします!」」」」


チームの皆も、続いて言う。


「任しとけ」


ゴールマウスに、向かう。


相手チームは、打ちひしがれている。

一瞬にして、闇夜が訪れたみたいだ。

チームの皆が、下を向いている。

最もヒドいのはGKで、チームの仲間に肩を抱かれて慰められている。

見ているこちらが引くぐらいの、凹み方をしている。


相手チームのキッカーが、ボールをセットする。

ゴールマウスと俺を、睨み付ける。


『まっすぐ、やな』


野口さんが、言う。

相手がまだ、何のアクションも起こしてない内に、野口さんは予想する。


相手のキッカーが、テイクバックする。

心しか長めに、テイクバックする。


『やっぱりな』


野口さんが、言う。


キッカーが、動き出し走り、ボールをインパクトする。

その瞬間、思う。


『思いっ切り、まっすぐや』


『ほらな』とばかりに、脳の思いが神経内を高速で移動し、身体の各部位に伝わる。


ボッッ ‥


ボールは、俺の鳩尾辺りで、がっちりキャッチされる。

動かず、充分体勢を整えた俺に、あっさりがっちりキャッチされる。


キッカーが、崩れ落ちる。

ウチのチームの仲間が、飛び跳ね、駆け寄って来る。

子供達が、一斉に、走り寄って来る。


走り寄ってきたみんなに、抱きつかれる。

体勢を崩し、ピッチに倒れる。

みんな、倒れた俺の、上に覆い被さってゆく。

みんなで、団子状態になる。

重いし苦しいけど、嬉しいし楽しい。


相手チームは、多くの選手が、茫然として、膝から崩れ落ちている。

数人が崩れ落ちる仲間に抱きつき、耳元で何か囁き、仲間の背中をパンパン叩いている。

キッカーにも一人が近付き、同じ様にしている。

いや、他の選手達への慰めよりも、時間が長い。

念入りに、囁いているようだ。



こうして、一回戦を突破した。

そして、あれよあれよと勝ち進み、俺たちのチームは、Bグループで優勝した。

現役高校生チームの参加は思ったより少なく、二回線からBグループ決勝まで、当たっていない。

二回戦以降の相手は、高校生より歳下のチームか、歳上でも『趣味でサッカーやってます』と云ったチームばかり当たる。

一回戦より苦労することなく、俺達のチームは勝ち進み、Bグループで優勝する。


俺は、全てのシュートを防いだ。

弾いて止めたのもあったし、キャッチしたのもある。

相手が、外したのもある。

でも、結果として、全てのシュートをクリアしている。

そんなわけで、味方が一本のシュートでも決めたら、こっちへ勝ちが転がり込んだ。


これだけシュートを防げば、「大会最注目のGKだ」と、話題にも成るだろう。

話題に、成らない。

それは、Aグループで優勝したチームのGKが、もっとすごいからだ。

ネームバリューが、あるからだ。


Aグループの方がBグループよりも、ゴールマウスの枠を外したPKが、少ない。

つまり、Aグループ優勝チームのGKの方が、俺よりも多く、弾いたりキャッチしたりして防いでいることになる。


かてて加えて、Aグループの優勝チームは、現役バリピチの高校生チーム。

インターハイ、高円宮杯、冬の全国選手権の常連校チームである。

県内有数の、強豪校チームでもある。


『なんで、そんなチームが!』

『反則や!』


と思ってみても、エントリーして受け付けられたものは、仕方が無い。

そして、参加して、キッチリ勝ち上がって来ている。

そんな相手が、大会決勝の相手である。



決勝戦が、始まる。

下馬評やオッズでは、断然向こうが有利。

案の定、かなり強い。


規定の五人終わって、こちらのチームは、全員止められる。

みんな、ゴールマウスの枠内には、蹴っていた。

が、ことごとくコースは読まれ、弾かれキャッチされる。


が、向こうも、規定の五人終わって、ノーゴール。

全部、ゴールマウスの枠内には、飛んで来ていた。

でも、ことごとく、俺は弾く。


続く二巡目も、五人終わって、こっちも向こうもノーゴール。

続く三巡目も、五人終わって、こっちも向こうもノーゴール。


三巡目が終わり、野口さんに、話し掛ける。


『野口さん、ヤバいかも』

『あ~、そろそろかもな』


三巡目の五人目のボールを弾いた時、ちょっとタイミングにズレを感じる。

脳と、光速の神経と、身体の部位の連携に、ちょっとズレを感じる。


『ずっと張り詰めてるから、脳が気疲れして、身体が疲労して、

 神経に付いて行かれんように、なってんのかもしれんな』


野口さんは、冷静に判断する。


『どうしたら、ええですかね?』

『う~ん、早よ決着付けるんがええんやけど、実力差から見て、

 それは難しいかなー』


野口さんは、チラッと、我がチームのメンバーを見る。


野口さんとの会話を切り上げ、歩き出す。

トコトコ歩いて、四巡目の最初のキッカーの元へ行く。

ツルツル坊主の元へ、行く。


ツルツル坊主は、『何スか?』の顔をする。

が、一回戦のことがあるので、微かに期待の気持ちが浮かんでいる。


「むっちゃスロースピードのボール、蹴ってみたら?」

「ゆっくり?」

「そう。

 ほんで、山なりで」

「ループで?」

「そう」

「それって、もしかして、「チップキックやれ」ってことですか?」

「ああ、そうなるか」

「いやいや、ユーロのピルロやあるまいし」

「今まで、全部コース、読まれてるやん。

 で、『どうせ読まれるんやったら、タイミング外してまえ』、と思て」

「で、ゆっくり?」

「うん」

「ループ?」

「うん。

 山なり」


ツルツル坊主は、何か考えると、頭を上げて、視線を合わす。


「やってみます」

「おお、ありがとう。

 よしんば外しても、次の相手は、俺がキッチリ止めたるさかい」


ツルツル坊主は、笑みを浮かべて、ボールセットに向かう。


ボールを、セットする。

後ろに、下がる。

いつもと変わらない距離だけ、下がる。


ピィィー ‥


笛が、鳴る。


いつもと変わらないスピードで、ボールに近付く。

脚を、振り上げる。

脚の細かな動きを、GKは読む。

読んで、その方向に飛ぶ。

が、脚の振り下げるスピードが、いつもより遅い。


『あっ ‥ 』


GKは気付き、右に飛びながら、必死に左腕・左手を上に伸ばす。

放たれたボールは、山なりに、ループで飛んで行く。

キッカーから見て左へ、GKから見て右へ、ふんわりと飛んで行く。

GKのタイミングを外し、先にGKを動かしたかのように、ゴールマウスに迫る。

キッチリ、ゴールマウス左上枠内に、飛んでいる。


GKは、必死に左手、左中指を伸ばす。

左中指が、微かにボールに触る。

が、ボールの軌道を変えることはできない。

ボールはそのまま、枠内に飛んで行く。


ガッ ‥ トーントーントントン ‥


ボールが、ネットに触れ、落ちる。

ツルツル坊主が、右腕を突き上げる。

仲間の元へ、走り寄る。

仲間が、団子になって迎える。

みんなして、飛び跳ねる。


俺は、一人冷静に、ゴールマウスへ向かう。


まだ、勝ったわけじゃない。

リードしただけ。


『そうそう。

 油断しなや』


野口さんも、言う。


ゴールマウスに向かう俺へ、チームのみんなが叫ぶ。


「「お願いします!」」

「「止めたって下さい!」」

「優勝しましょう!」


振り向いて、チームのみんなに言う。


「ほな、ボールとスパイク、もろて来るわ」



バン ‥


余裕を持って、左手で弾く。

『このコースだ』と思った。

まさしく、読み通り。

野口さんも、頷いている。


ツルツル坊主と、おんなじコース。

GKの右上、キッカーから見て左上。

しかも、スロースピードのループシュート。


裏をかいたつもりか、『小学生には、負けられん。しかも俺ら、強豪校やぞ』の高校生のプライドの為か、同じコースの同じ形態のシュート。


てゆうか、その選択が、甘いよ。


とばかりに、余裕を持って、弾く、止める。


ワー !!!!!


駆け寄るみんなに、ドヤ顔で、親指を立てる。

みんなが、次々と、ぶつかる。

心地好い痛みが、走る。


相手チームは、その場で、へたり込む。

文字通り、尻を着いて茫然としている者もあれば、ピッチに顔を突っ伏している者もいる。

手で顔を覆っている者もあれば、『何これ?』とばかりにキョロキョロして、現実を受け入れられない者もいる。


監督らしき人物が、一人一人に近付き、声を掛け、立たせている。

手を差し伸べ、手を掴み、引き上げ立たせている。


ピッチの半分の世界に、色濃く浮かぶ、明と暗。


『小学生チームが、優勝しちゃった』


観客席も、驚いている。

主催者も、驚いている。

ここのサッカークラブのGMゼネラル・マネージャーも、驚いている。



表彰式が、始まる。

準優勝チーム全員に、銀メダルが、首から掛けられる。

優勝チーム全員に、金メダルが、首から掛けられる。


優勝チームに目録とトロフィーが、渡される。

報道陣が、表彰式場前に、集まる。

報道陣は少ないが、地元新聞と地元ケーブルテレビ局は来ている。


優勝チームのキャプテン(役のツルツル坊主)が、トロフィーを掲げる。

高々と、掲げる。

それを合図に、俺含め、みんなで飛び跳ねる。

優勝を実感して、喜んで、飛び跳ねる。


フラッシュが、焚かれる。

カメラが、廻る。


喜びの宴は、続く。



GMと監督の、会話。


「すごいなー」

「すごいですねー」

「ノーゴールか」

「一本も、決めさせてへんですね」

「相手のGKも、すごいなー」

「結局、許したのって、決勝戦の一本だけですもんね」

「二人とも、ウチに欲しいなー」

「いいんやないですか。

 あ、でも、準優勝チームのGKはともかく、

 優勝チームのGKは難しいかも」

「何で?」

「準優勝チームのGKは、高校のサッカー部のGKで、

 基礎とかしっかりしてると思います」

「うん」

「でも、優勝チームのGKは、ズブの素人で、

 『基礎とかそんなもん、期待できひん』、と思います」

「そっかー。

 でも、逆に言えば、ズブの素人であれだけできるわけやから、

 『むっちゃ伸びしろある』、ってことやんな」

「まあ、そういう言い方をするならば」


GMは、悩む。


「う~ん ‥ 、

 あ、ちょうどええかも」

「はい?」

「カップ戦あるやん」

「はい」

「トーナメントやから、絶対、《勝ち負け》つけなあかんやろ」

「はい」

「だから、どうしても、PK戦、多くなるよな」

「はい」

「それについて、次回の大会から、レギュレーションが変更になって」


GMは、最新資料らしき書類を、監督の前に出す。


「前後半九十分のみならず、延長前後半三十分も戦って、疲労困憊のGKに、

 『PKまでさせるのは、酷や』、と云うことになって」

「はい」

「PK戦のみのGKが、交代枠とは別に、認められるようになった」

「ホンマですか?」


監督は、資料を手に取り、目を通す。


「ホンマや ‥ 」

「だから、今回のPK大会の優勝GKと準優勝GK、

 どっちもスカウトしてしまおう」

「来てくれますかねー?」

「勝算は、あるやろ。

 一応、ウチ、プロで、リーグも、いつも中位をキープしてるし」

「当たって砕けろ、ですね」

「いや、砕けたらアカン。

 当たって突き通せ、って感じでいかんと」



野口さんと俺、の会話。


『やったなー』

『野口さんのお蔭、です』

『いや、私がいくら神経反応速度速くしても、

 脳や身体の部位が、柔軟に動かんと意味が無いしな。

 君の日頃の、節制とか精進の賜物やろ』

『別に、これと云っては、してませんけど』

『酒も煙草も風俗も、やらへんやろ?』

『ああ、それはそうですね』

『かなり規則正しい生活、してるやろ?』

『ああ、それもそうですね』

『そんだけできりゃ、充分や。

 てか、このご時世、それをするだけでも、かなりな克己心がいるで』

『そういうもんですか?』

『そうそう。

 そういうもん』


野口さんは、断定する。

で、眩しそうに爽やかに、続ける。


『でも、これで、私も「なんか遣り甲斐が出て来た」って言うか、

 嬉しいわ』

『はい?』

『今までは、なんやかんや言うても、

 「君の身体に、一方的に居候してる」感じやったから、

 「役に立てて嬉しい」、と言うか』

『ああ、そんなこと思ってはったんですか』

『君と協力して、初めて大きなこと成し遂げた気がして、

 「かなり嬉しい」と言うか、そんな感じ』

『ああ、それは俺も、ですね』


野口さんの思いに、強く同意する。

それは、俺も、ちょっと引っ掛かっていたところだった。


『あと一回で、私は君に、完全同化するわけやけど』

『はい』

『これで、末永く仲良くやっていけそうな光が、ようやく見えたわ』

『まあ、一つの身体をシェアするわけで、

 言わば、一つ屋根の下、ですからね』

『と云うことは、同居人、ってことやな』

『違いない、です』


俺と野口さんは、顔を見合わせて、笑い合う。



「あ~あ、また負けたやん」


一人、ごちる。


PK大会を境にして、東山ヨングを、熱心に応援するようになっている。

が、ここんとこ、引き分けを挟んで、四連敗だ。

特に、守備の崩壊は、目を覆うべくもない。


守備陣(CBやSB)は、ユース上がりの若手ばかりで、精神的支柱になりそうな選手がいない。

精神的支柱に成り得るベテランと云えば、GKがいる。

が、そのGKは、近頃すっかり衰えが見え、素人から見ても、反応速度が落ちている。


野口さんも、憤っている。

地元のチームが情けなくて、怒っているようだ。

さもあらん。


 ‥ ん ‥ ?


引っ掛かる。

でも、何かが、心に、引っ掛かる。


『野口さん』

『はいな』

『今、怒ったはります?』

『うん』

『何でまた?』

『東山ヨングの守備陣が、情けなくて ‥

  ‥ なんでそんなこと、聞くん?』

『 ‥ 怒ってんのは分かったけど、東山ヨングの守備陣とか、

 細かいところまでは、分からんかったな ‥ 』


野口さんの問いには答えず、思考を進める。


『聞いてる?』


野口さんが、ちょっとキレ気味に、訊ねる。


『あ、はい、聞いてます。

 ちょっと、引っ掛かることを考えてたんで』

『何、それ?』


野口さんは、矛を収めて、問い質す。


『う~ん。

 言うなれば、僕と野口さんの心模様共有』

『何や、それ?』

『僕と野口さん、頭というか脳の中で、会話してるわけで』

『そやな』

『だから、ある意味、一つの脳が得る情報や感じる思いを、

 共有しているわけで』

『そう言われてみれば、そやな』

『だから、お互い、知ってることとか思ってることが筒抜けやから、

 「隠し事は、できひんな」、と思ってたんです』

『うん』

『でも、「細かいとことか詳しいとか筒抜け、ってわけでも無いのか」

 、と』

『あ~、そりゃそやな』

『そうなんですか?』


野口さんが『当たり前』と言うように返すので。ちょっと戸惑う。


『私の住み処は、基本的に神経系で、

 それを通して、脳の中の君と話してるわけやんか?』

『はい』

『つまり、脳の中でダイレクトに直接対話してるわけでなくて、

 ワン・クッション置いてるようなもんやんか?』

『言われてみれば』

『そんだけ、会話とか思いとかの詳細感は、薄まるのは道理』

『なるほど』

『だから、君が「ええ気分でいるなー」とか「なんか凹んどんな」とかは

 分かるけど、何が原因とかどんな経緯でそうなったとか、詳しいことは、 

 全然分からへん』

『ほんでですか』

『そう。

 やから、喜怒哀楽の状態はバレバレやけど、隠し事できるっちゃできる』

『いや、別に、隠し事したいわけやないんですけど ‥ 』


意を決して、自分の見立てを信じて、野口さんに問う。


『野口さん、今、喜んだはります?』

『なんで?』

『いや、最初は、東山ヨングのことで怒ったはったみたいやけど、

 会話の話題が隠し事の件になった辺りから、

 それが「喜んだはる感じに、なって来はったな」、と思って』

『確かに』

『なんで、ですか?』

『それは、言われへん』


『え~』とばかりに、口を歪める。

野口さんが、ツッコミ返す。


『そういう君も、何の気無しな気分から、会話の途中で、

 喜んでいる気分に変わったみたいやけど、なんでや?』

『 ‥ それは、ちょっと ‥ 』


野口さんは、苦笑する。


『お互い様、やんか』

『すいません』

『まあ、今、お互いに、ええ気分でいるから、ええことにしようや』


野口さんと、顔を見合わせて笑い合う。

脳内とは云え。


{了}

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