深まる謎
「だから、あまり使いたくなかったのですが……」
鉱山村の中に案内された俺たちは、例によって指定された場所に馬車と馬を繋ぎ止め、一軒の丸太小屋へと案内されていた。
「まぁまぁ、そう言わずに」
基本無表情なのは変わらないのだが、エルレオネはどこか浮かない顔をしている。
まぁ、あんなものを使ったら大事になってしまうからな。
さすがにあれを前にしたら、帝国民であれば逆らうことなどできるはずがない。
唯一それが許される存在がいるとしたら、それは皇后とその上に君臨する皇帝くらいなものだろう。
それぐらい、彼女は皇后からの信の厚い特別な存在ということになる。
「これを使うということは自分の正体を明らかにするということに他なりません。それはつまり、皆様方を護衛するという任の秘匿性が失われてしまうということを意味しております。それゆえに、本来であれば多用しない方がいいのです」
「わかってるさ。だけど、今回ばかりは仕方がないからな」
一度、国から鉱山の閉鎖を指示されてしまっている以上、何人たりとも中へ入れることはできないのだ。もしそれを可能とする存在があるとすれば、それはやはり、国以外にあり得ないだろう。
「それにしても、わかっていたことだけれど、本当に寂れているわね」
顔をしかめながらイリスが周囲に視線を投げた。
この鉱山村は本来、一大鉱山都市として栄えていたような村だ。ゆえに、家の数だけはそこいらの村々よりも圧倒的に多い。
しかし、どの家も空き家と一目でわかるほど、朽ち果てている家屋が多かった。
現在、村を囲っている比較的新しい柵の外にも数十を数える建物が並んでいたが、それを無視する形で六軒ほどの家しか、柵で守られていない。
それらの事実から判断するに、柵の外はすべて空き家なのだろう。
潰れて倒壊している板張りの家屋もあれば、元々建物があったのではないかと思われるような建物跡も何軒か存在した。
「皆様方、お待たせしました。村長がお会いになるそうです」
岩山を背にするような形で作られている鉱山村の中で一番大きな平屋の前に立っていた俺たちの元へ、先程の門番が顔を見せる。
彼は俺たちをここへと案内したあと、村長と話をつけるべく、家の中へと入っていったのだ。
「お手数おかけしました」
「いえ! 滅相もありません!」
すっかり腰が低くなってしまった門番さん。
彼が怯えているのは帝国の権威なのか、それとも皇后そのものなのか。
――俺だったら間違いなく後者だけどな。
そんなことを考えながら、中へと入っていった。
◇◆◇
家の中は住居というより作業小屋に近い作りをしていた。
床はすべて土や石で作られており、その上に直接、足の長い家具などが置かれている。
部屋の正面には暖炉があり、その手前に大きめのテーブルと椅子が設置されていた。
右手壁にはかまどのようなものが作られ、左奥には丸太で仕切られた壁と、木製の扉が設けられており、もう一つ別の部屋があることを物語っていた。
おそらくそこが、寝室ということなのだろう。
「ようこそおいでなすった。ささ、こちらへどうぞ」
この村の周辺は平野部より高所にあるせいか、まだ秋だというのに既に冬の気配を漂わせている。
そのせいか、暖炉には火が入っていて温かい。
村長さんと思われる灰色の髪をした壮年の男は、手招きして俺たちを暖炉前のテーブル席へと誘った。
「ありがとうございます。ご協力感謝申し上げます」
椅子へと着席した俺たちのうち、エルレオネがそう応じていた。
俺たちの目的はただ一つ。ナーシャが持っている金の卵が孵る前に氷結の洞に赴いて、そこで孵して契約することだ。
そのためにはどうしても、閉鎖された鉱山へと入る必要がある。
そのときに鍵となるのが、エルレオネだった。
彼女は特権階級にある。おまけに帝国民でもある。国の事情にも明るいだろう。
それゆえ、情報収集や交渉事は彼女に一任するつもりでいた。
――まぁ、メイド服着ているのをどう受け取られるかわからないけどな。
形的に俺たちが彼女の主人みたいに思われてもおかしくないだろうし、出しゃばりな小間使いと解釈されるかもしれないが。
ともかくだ。
そんなわけで、彼女に現在の鉱山がどうなっているのか事情を聞き出してもらうことにした。
村長さんはエルレオネの謝辞に、
「いえいえ。国のお偉方様をこのようなあばら屋へとお招きしなければならなかったご無礼、深くお詫び申し上げます」
そう言って低頭した。
「いえ。お気になさらず」
エルレオネはそう前置きをすると、テーブルを挟んで俺たちの前の椅子に着席した村長に本題をぶつけた。
「では早速なのですが、最近の鉱山の状況についてお聞きしたいのですが」
「はい。ドレイルから伺っております。皆様方は鉱山に入りたいそうですね」
「えぇ。中断していた氷結の洞の調査を再開するようにと仰せつかっておりますので」
村長が言うドレイルというのはおそらく門番のことだろう。
「そうですか。ですが、ご存じの通り、あそこは今や魔獣たちの巣窟となっております。坑道内部だけでなく、そこへと至る山道にも凶悪な魔獣がたむろしていると報告が上がっております。一時期ほどではないにしろ、今もまだ多くの魔獣が棲みついているとか」
「そうですね。一年前に閉鎖を決めたときも、似たような状況だったと伺っております。突如どこかから湧いた魔獣たちによって瞬く間に占拠されてしまったと。しかも、氷結の洞が発掘されてすぐ」
「えぇ。本当に一瞬の出来事でした。いったいどこからあれほど多くの魔獣が現れたのか、未だもって原因がわかっておりません。元々、あの当時からこの近辺の山や森ではちらほらと魔獣の姿は確認されていましたから、別段、魔獣それ自体は珍しくもなんともありませんでしたけどね。時々、鉱山の安全を確保するために、ギルドに依頼してハンターに魔獣を狩ってもらっていたこともありました。ですが、さすがにあの数を退治するのには限界がありましたので、撤退するより他ありませんでした」
「そうですか。鉱山を閉鎖して以来、魔獣の数はどうなっていますか? 見たところ、この村はまだ魔獣の襲撃は受けていないようですが」
「えぇ。なんとか被害は最小限に食い止めています。数自体もそれほど変わっていないように思われます。一応、魔獣除けの結界も張ってありますのでそれが効力を発揮しているのかもしれませんが。ですが、何やら魔獣たちは結界に関係なく、鉱山と、この村の南にある森付近からこちら側へは近づいてこないようなのです」
「近づいてこない?」
「えぇ。結界に怯えているというより、むしろ、その場所に縫い付けられているかのような」
そう言って渋面となる村長。
エルレオネが、彼女の右側に座っていた俺を見た。
「少々不可解ですね」
「そうだね。廃坑となった鉱山に群がっていてそこから動こうとしないとかならまだわかる。曰く付きの氷結の洞があるからね。だけど、森にまでそういった場所があるとか」
「はい」
眉間に皺を寄せる彼女のあとを継ぐように、彼女を挟んでエルレオネの左側に座っていたイリスが口を開いていた。
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