新しい力
完全に消滅してしまった妖精たちと精霊たち。
風にさざめく森。
そんな空間にぽつんと湧いた妖精の泉には、絶えることなく未だに光が満ちていた。
「今のはいったいなんだったのかしら……?」
「うん~~。なんだか、よくわかりませんが、お母たまという人の声が聞こえたでしゅ」
「え……? ナーシャまで?」
「うん~~!」
イリスとナーシャはそんなことを話しながら顔を見合わせていた。
「ひょっとして、皆それぞれ、違った声が聞こえてたってことか……?」
「てことは、フレッドも……ってことかしら?」
「あぁ……俺は、母さんに話しかけられたような気がしたんだ」
「……同じね。私たちもお母様が相手だった」
最後に頭に直接語りかけられた声。
イリスたちはどうやら先代女王の声を聞いたようだが、俺は幼少の頃に亡くなった母さんが相手だった。
しかも、俺が転生者だと見抜かれていた。
――これはいったいどういうことだ? あれは本当に母さんたちの幻影か亡霊か何かなのか? それとも、女神セレスフィリアの力がなんらかの影響を及ぼしていたのか?
いくら考えたって答えは見つからなかった。
けれど、それでも一つだけ確かなことがある。
妖精ケフィフィが遺した言葉が事実であれば、俺がおかしな女神スキルを授かった原因に、女神セレスフィリアが関与していた可能性がある、ということだった。そして、そこには俺が転生者だからという理由も絡んでいるのかもしれない。
――もしかしたら、俺の未来視もすべてそこに繋がっているのかもしれないな……いや、違うな。俺が転生者で、なおかつ未来視なんておかしな力を持っていたから選ばれたのかもしれない。
相変わらず、正解がどこにあるのかはわからなかったが、
「イリス」
俺は母さんが最後に言い残したことが気になったので、試してみることにした。
『あなたの探し求めるものは、泉にあります』という最後に付け加えられた言葉。
「うん?」
「少し、試してみたいことがあるんだ」
「試す? 何をかしら?」
ナーシャを抱っこしたまま不思議そうな顔で俺を見つめてくるイリス。そんな彼女に、俺は腰から抜き放った愛剣を見せた。
魔法強化された竜騎士の剣。
大抵のものは断ち切ってしまうし、その強度も普通の剣より遙かに高い。
しかし、そんな一級品の愛剣は、既に見る影もなかった。
おそらく、昨夜シェードを切り裂いたのが原因だろう。
元来、エネルギーの塊である彼らに物質が触れれば、摩擦で高温の火花が飛び散り、溶解してもおかしくないのだ。
魔法強化された俺の剣も然り。
イリスの場合は代々伝わる宝剣であり、そこに剣姫スキルが乗っかっていたから無事だったのかもしれないが、俺の剣は見るも無残にそこら中が刃こぼれしていた。
このままでは、次に何かあったときに剣身がへし折れる可能性があった。
「随分と酷い有様ね」
「あぁ。だから、今から強化してみることにする」
「強化ですって?」
ニヤッとする俺に、イリスは理解できないといった体で眉間に皺を寄せたが、すぐにその表情が消えた。目を細めて白けたような顔色を浮かべる。
「さっき、妖精さんが力を授けるって言ってたから何かと思ったけど、そういうことだったのね。まさか、また女神スキルが増えているだなんて」
おそらく王家スキルで俺の能力を覗き見たのだろう。
説明しなくていいのは助かるが、なんだか四六時中、色んな意味で身体の隅から隅までじろじろ見られているような気がして、妙に居心地が悪かった。
「なんで増えたのかよくわからないけどね。ただまぁ、三女神と女神セレスフィリアが関係しているって言うのなら、俺のスキルの真の力を引き出すこともできるのかもしれないけどね」
どうせなら、すべてのスキルを解放していって欲しかったところだが、さすがに虫がよすぎるか。それに、彼女に残された力というものも限られているし、これぐらいしかできなかったということなんだろう。
俺はそう勝手に解釈し、妖精さんに素直に感謝することにした。
「それで、今から何をするの?」
「うん? 決まってるさ。武器を強化するんだよ」
「それはさっき聞いて知っているわ。具体的にどうするかってことよ」
「あぁ、そういうことか。それは……こうするんだよ」
俺は左手に剣を持ち替えたあと、七色に光ったままだった泉へと右手を差し出した。そして、強く結晶錬成のスキルを意識する。
すると、俺の右手にスキルの紋章が浮かび上がり、虹色に輝いて激しく明滅した。
「なに……? いったい何が起こるのよ……」
あまりの眩しさに、イリスは目を細めて呻くように言った。
しかし、その間にも俺のスキルによって生じた奇跡がどんどん俺の右手へと集約されていく。
あれだけ光り輝いていた泉の光が、急速に消え始めていた。そして、一際俺の右手が昼の陽光以上に燦然と輝いたとき、泉の光が完全に消滅し、その代わりに虹色の光を放つ結晶石が現出していたのである。
「これは……」
それまで成り行きを見守っていただけのエルレオネがゆっくりと呟いた。
俺の右掌の上に乗っていたのは三十センチほどの長さのある、円錐型の凸凹した石だった。
いや、正確に言うと石ではないのかもしれない。
なぜなら、石とは到底思えない程、柔らかかったからだ。
「妖精のお陰で俺の持っていた結晶錬成スキルが進化したんだ。今までは虹結晶を作れるってことだけしかわからなかったんだけど、スキルが強化されて、ようやく意味がわかった」
「物質の強化に必要な材料を素材として虹結晶と呼ばれる魔法素材を作る力」
俺の能力を読み取っていたイリスが静かに告げた。
「あぁ。今までは強化素材を集めればいいだけだと思っていたけど、そうじゃなかった。その素材を一度、この結晶に錬成する必要があったんだよ。そして、その錬成した素材が即ち、強化素材となる。物質を再構成するときに必要となる繋ぎの代わりとしてね」
俺はそこまで言って、虹結晶を愛剣の剣身へと押し当てるように撫でた。
実際の鍛冶師がどうやって魔法強化しているのかはわからないが、おそらくは、それと似たような現象が起こった。
結晶がボロボロの剣身へとまとわりつくように消えていってしまったのである。
「真眼を使用した俺の目には、物質がどういう風に繋ぎ合わさっているのかよくわかる。細かく不可視の筋が入っているように見えるんだ。それをうまく繋ぎ合わせ直して物質の再構築を行うと――」
俺は言いながら、右手を細かく剣の上で動かしていった。
おそらく普通の人には虹色に輝いている剣を撫でているようにしか見えないかもしれないが、理屈抜きに俺にはわかる。俺の手が動く度に、剣刃が細かいブロック状にバラバラとなっていき、虹色に光り輝く接着剤によって繋ぎ合わさっていくさまが。
そして、
「これは……」
イリスとエルレオネが息を飲むのがわかった。
イリスの右腕の上に座っていたナーシャが大きな瞳をぱっちりと見開き、驚いたような笑顔を見せていた。
俺はそんな彼女たちに、ニヤッと笑顔を見せる。
「これが、強化された新しい剣、神聖剣グラムシュナイデンだ」
精霊たちの力の源である精霊の息吹や、妖精の泉に残留していた妖精の力。
その二つの強大な力を青白い剣刃に宿した新生剣。
どうやら構成を組み替えたことで、柄などの意匠まで変わってしまったのはご愛敬ということで。
ともかく、新しい剣には今までにないほどの強力な魔力が感じられた。おそらく、剣刃の強度も格段に上がっているだろう。
俺の真眼ではそう見えていた。
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