妖精の泪と精霊の息吹
「村長さん。この精霊たちはいったい、なぜ俺たちの目に見える形で急に現れたのですか? 本来であれば既に現代を生きる俺たちには、見ることは不可能な存在になっていると伺っています。それなのに、昨日もそうでしたが儀式中まで現れた。やはりこれは、祝祭の祈りが何か関係しているということですか?」
「それについては、わしにもさっぱりでの。だが、この村は遙か古の時代から女神セレスフィリア様をあがめ奉っていたと、村に伝わる古文書に記されておってな。それによると、世界中では既に目視できなくなっていた時代でも、唯一この泉付近に漂っていた精霊たちだけは見えていたそうなのだよ。しかも、祝祭の祈りを捧げると、精霊たちが祝福を受ける子らへと、実際に加護を授けてくださったという記述まであっての。まぁ、数百年前までということらしいがの」
「そんな記述が……」
まさに寝耳に水だった。
古の時代に関して記述されている古文書は世界広しと言えど、それほど多くは残っていないだろう。
大抵はどこの国も、禁書庫かどこかに厳重に保管されているはずだ。
古代語で書かれているだろうし、もしかしたら、そこに失われた古代の技術なども記されているかもしれないから。
なので、大昔のことに関する知識はあまり、世間一般的に多く知られているわけではない。
ただ、俺も一応貴族の端くれで王宮に出入りしていたような人間だったから、ある程度のことは知っていた。
村長が言う女神セレスフィリアというのは、神話の時代に実在していたとされる唯一絶対神のことだ。
その時代には精霊も精霊が意志を持った存在へと進化した妖精たちも、普通に目に見える形で世界各地に存在していたが、気が付いたらいつの間にか人々の前から姿を眩ませていたと言われている。
昨夜イリスが言っていたのはこの神話からきている逸話のことである。
「大昔は女神信仰も盛んだったと言われ、世界各地に女神を祀った神殿も建てられ、そこを中心に町や村ができたと言われておる。今もまだこの村に女神信仰が根強く残っておるのは、おそらく、この地に集落を作ったご先祖様たちもそのうちの一つだったということなのだろうの」
「なるほど。てことは、ここにも神殿が建っていたということですか?」
「どうだろうの。だが、そう考えれば色々辻褄が合うであろうの。神話の時代が終わって今の多宗教が進んだ世界では、もはや世界広しと言えども未だに女神様を信仰しているのはこの村ぐらいだからの」
「なるほど。神話の時代、精霊や妖精たちは女神にとても愛され、ともすれば女神の言葉を代弁する存在として解釈されていたらしいですからね。だから、ずっと信仰心を忘れていなかったこの村の周辺には、精霊たちが根強く息づいていたとしても、なんらおかしくないですね」
「だの」
だとすれば、女神を信仰する心こそが、精霊たちを視認するために必要だった絶対条件ということになる。信仰心さえ忘れていなければ、ずっと見続けられる。あるいは、その信仰心を糧に、精霊たちは自らを光り輝かせることができたのだと。
「だけど、だったらなんで、信仰心を失っていないこの村の人たちは精霊の姿を見れなくなってしまったんだ? それに大昔に見えなくなってしまったのに、今になって再び見えるようになったというのも解せないけど……」
そう一人考え始めたときだった。
「しゅ、しゅごいのでしゅ! 見てください! お兄たま!」
知らない間に立ち上がっていたイリスによって、抱っこされる形となっていたナーシャが、突然、泉の方を指さしていた。
「ん?」
俺は思考するのを止めて泉へと視線を投げ――そして、呆然となった。
「光っている……? 妖精の泉が光っているだと?」
俺だけでなく、その場に残っていたすべての人間がぽかんと口を開けたまま、硬直してしまった。
俺たちの前方に広がっていた大きな泉が、薄らと七色に光り輝き始めていたのである。
「ど、どういうことだ? いったい何が起こっている?」
俺は慌てて腰に下げた長剣の柄へと右手を伸ばしかけたのだが、
「おぉ……ぉぉぉおぉぉ~……!」
村長が突然、正気を失ったかのような呻き声を漏らして、震えながら泉へと歩き始めてしまった。
「村長……!」
明らかな異常事態を前に、俺は慌てて村長を引き戻そうとしたのだが、
「待ってっ」
隣に立っていたイリスが鋭い声を上げていた。
「村長のあの反応は明らかにおかしいわ。きっと、何かこの事態について心当たりがあるはず。私たちも行きましょう」
そう言ってイリスもまた、泉へと近寄っていく。
「エルレオネ」
俺は背後を見た。彼女は俺が何を言いたかったのか、説明せずともわかってくれたらしい。
「畏まりました。何かあったらすぐにイリス様とナーシャ様お二方をお守りできるように、警戒しておきます」
「あぁ、頼んだ」
俺たちは頷き合い、イリスたちのあとを追った。
そして、今は既に撤去されているが、儀式中に祭壇が置かれていた場所まで近寄り立ち止まった。
近くで見ると、その異常さは明らかだった。
水面だけでなく、水底までほんのりと光を放っていた。
心なしか、周囲を舞い飛んでいた精霊たちまでその輝きが増していっているような気がした。
いや、それだけではない。明らかに可視化できる精霊の数が増えていたのである。
それまで三十とかそれほどだったのが、今ではぱっと見、百は超えていそうな感じだった。
しかも、それらが皆、泉の上へと集まってきている。
「いったい、これから何が起こるんだ……?」
油断なく周囲に視線を投げながら呟くと、それに村長が応じた。
「おそらくは妖精顕現だの……」
「妖精顕現?」
「うむ。村の伝承によれば、最後にこの現象が起こったのは二百年以上も前という話での。『妖精の泪に光満ちたとき、精霊の息吹と共に、妖精顕現す』と、そう記されておっての」
俺は静かに告げられた村長の言葉に、心臓を鷲掴みにされたような気分となった。
俺たちがこの村に来ることになったそもそものきっかけは、俺の女神スキルが解析した愛剣を強化するための強化素材情報収集のためだった。
必要となる素材の名前と似たような名前を冠するこの泉に来れば、もしかしたら素材があるのではないかと思ったからだ。
そして、その探し求めていた素材というのがずばり、妖精の泪と精霊の息吹だった。
既に半分、諦めていたというのにまさか、村の伝承に残っていたなんて。
最初から村長に聞いておけばよかったと、今更ながらに後悔していた。
――まぁ、ついて早々色々あり過ぎて聞くのをすっかり忘れていたとも言うんだけどな。
ともかくだ。
「村長、教えてください。その妖精の泪と精霊の息吹っていったいなんなんですか?」
「うん? 読んで字の如しという奴だの。わしもこの目で見たことはないゆえはっきりとはわからんのだが、おそらくは――」
そこまで言って、村長は泉を指さした。
「その七色に光っている泉と、その上をたゆたう精霊そのもの。それが、泪と息吹の正体だろうの」
そう、村長が告げたときだった。
泉と精霊たちが一際光り輝いたと思った次の刹那、俺の視界は一気に真っ白となってしまった。
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