妖精の泉の怪
多分、この村に立ち寄った際、門衛が俺をハンターと認識した瞬間、こうなることは決まっていたんだろうな。
ていうより、この村の人たちはもしかしたら俺たちがなんとかしてくれると思って、村に引き入れたのかもしれない。
こんなへんぴな場所にある村だ。
普通の旅人はまず近寄らない。
ハンターならなおさらだ。
ギルドから依頼書でも発行されなければここへは来ないだろう。
何しろ、この村に来るために作られた街道から通っている道の少し手前の東側に、街道からでもよく見える小さな村落があるからな。
よっぽどのことがない限り、野営したくない旅人はそこで一泊させてもらうだろう。
エルレオネに聞いたところによると、そういった旅人が多いからか、最近、あの村では宿泊施設も整ってきているのだとか。
そういった裏事情もあり、たまたま村に立ち寄った俺たちが調査に乗り出すのは必然だったのかもしれない。
まぁそんなわけで、俺たちは今、フロスペリアの村中央広場から村の裏手へと通じる通路を通り、夜闇が支配する森の中へと向かっていた。
宴は既に終了しており、篝火だけそのままにして、村人の大半は食器や残飯処理をして早々に家の中に引きこもって息を潜めている。
俺たちが調査を引き受けたことで、急遽、宴会は取り止めとなったのだ。
本来であれば、調査はいつも安全な昼間に行っているということだったが、昼間ではまったく異常が見られないのであれば、あとはもう夜間に行うしかない。
そんなわけで、朝を待たずに俺たちは調査に乗り出したのである。
村人の何人かも同行しており、比較的戦闘の心得のあるしらふの若者五名ほどが付き従っている。
そのうちの一人は泉までの案内役兼、村の西にあるという泉へ抜ける門を開ける係として。
村人以外の面子だと、俺とイリスを始め、ナーシャ&ぽこちゃん、それからエルレオネの五人が調査隊として動いていた。
本当はナーシャにはお留守番していて欲しかったのだが、ついてくると言っていうことを聞いてくれなかったのだ。
まぁ、エルレオネが魔道具製の防護結界を持っているという話だったし、彼女がナーシャのことを死守してくれると申し出てくれたので、止むなく連れてきたという次第だ。
「ナーシャ、ぽこちゃんと一緒にがんばるでしゅ!」
彼女はいつになくやる気満々だった。まったく見たことも経験したこともない前夜祭で祝ってもらったり、明日の祝祭の祈りのことがあったりで、気分が高揚しているのかもしれない。
時間は既に二十時を回っているから、五歳児はそろそろ風呂入って寝る時間なんだけどな。
「あと、どのくらいかしら?」
門を抜け、あぜ道のような小道を既に数十メートルは歩いただろうか。
左右を鬱蒼と生い茂る巨木に挟まれ、星すら見えないような場所。
頼れる光源といったら、村人たちが手にするたいまつやランタンの明かりだけだった。
そんな蛇のようにうねった道を歩きながら、イリスが村人に問いかけていた。
「あ、はい。もう間もなくです――あ、あそこです」
そう言って、案内役のたいまつを持った青年が前方を指さしたのだが、残念ながら真っ暗で何も見えない。
文字通り、一寸先は闇という奴だった。
「これじゃ、調査どころか泉すら確認できないな」
俺たちは周囲を警戒しながら慎重に進んだ。
そして、道が終わり、左右に壁となっていた樹木なども消え、開けた場所に出た。
真っ暗闇でほとんど先を見通せないような場所だったが、それでも、至近距離まで近づいてようやく確認できた。
「これが泉か……」
目の前には巨大な池のようなものが、たいまつの明かりによって浮かび上がっていた。
光が届く範囲に全体像が収まりきらないくらいに広い。
おそらく数十メートルほど先まで水が広がっている泉なのだろう。
左右も相当に広く、二、三十メートルぐらいはあるのではないかと思われた。
暗くてよくわからないが、俺たちが見たいと思っていた妖精の泉とは、そういった楕円に近いようなどこにでもあるような普通の池だった。
「今のところは特に異常はなさそうね」
泉についてから左右に広がるように様子を窺っていた俺たち。
この泉の外周には落下防止用なのか、外周すべてに竹か何かで作られたような柵がしてあり、その周囲二メートルほどが、草がまったく生えていない整地された道のようになっていた。
一見すると、巨大な池のある公園のような感じか。
そんな道のようなところに俺たちは佇んでいた。
左右両端にはたいまつを持った村人が立ち、泉と俺たちの間にも案内役が一人進み出てくれて、たいまつを掲げて明かり取りしてくれている。
ここに来るまでに通ってきた道とこの場所との境界線にも二人ほど、たいまつの明かりで周囲を照らしながら、怪しい者がいないか確認していた。
「風もなく、ざわめくよう気配も感じられない。おかしな声というのも聞こえないな」
「えぇ、そうね」
「ですがこれは……」
俺とイリスに続いてそう声を発したエルレオネが眉間に皺を寄せていた。
俺も軽く頷いた。
「あぁ。なんだか知らないが、さっきから刺すような視線を感じるな。しかも、ここに来たばかりの頃には感じなかった肌が粟立つような不快感が徐々に増している。こんな感覚、生まれて初めてだぞ」
油断なく周囲に視線を投げつつ、次第に額やら背中やらに冷や汗がにじんでくる嫌な感覚に舌打ちしたときだった。
「うわああぁぁ~~!」
突然、向かって左手方向をたいまつで照らしていた村人が悲鳴を上げていた。
「どうしたっ?」
「な、なにかがっ……」
しかし、彼の声はそこで途絶えてしまった。しかも、たいまつの火まで、なぜか消えてしまった。
「ちぃっ――エルレオネ! ナーシャを頼むぞ!」
「わかりました」
俺とイリスの後ろにいたナーシャの更に後ろに控えて彼女を守っていたエルレオネがすぐさま反応し、防護結界を展開した。
俺はそれをほとんど確認せずに、長剣を抜き放って左手へと駆けた。
どうやらそれが合図となったようだ。
「ぐあぁぁ~~!」
泉の右手方向を照らしていたもう一人まで悲鳴を上げ、すぐさま火が消えてしまった。
「イリス!」
「わかっているわ!」
ナーシャのすぐ前にいたイリスが右手方向へと駆けていく気配がした。
俺はそれだけを確認し、先刻何者かにやられたらしい村人の側へと駆け寄り、地面に倒れていた青年を抱き起こす。
「おいっ。しっかりしろ! 何があった!」
「くっ……わ、わからないっ。だけど、いきなり何かが飛んできて、腕をやられたっ……」
エルレオネたちが控えている場所で周囲を照らしているたいまつの明かりだけでは、さすがにここまで光が届かず、薄暗くてあまりよくわからなかったが確かに青年は負傷しているようだった。
左の二の腕が切り裂かれ、出血していた。
「抉られたような跡だな……」
鋭利な刃で切り裂かれたような感じではないことから考えて、刃物やかまいたちのようなものではないということか。
ならば何にやられたというのか?
それにたいまつまで。
俺はそこまで考えて、地面に落ちていたたいまつの破片を見た。木っ端微塵に粉砕され、仄かな煙だけが上がっていた。
「なんでここまでたいまつを粉微塵にする必要があったんだ? それだけ、自分たちの存在を隠しておきたかったってことか? いや、ちょっと待て……火か? まさか!?」
俺は勢いよく泉出入口付近で周辺を警戒していたエルレオネへと振り返った。
「エルレオネ! 火だ! よくわからないが、奴ら、火を極端に嫌っている!」
ここに来るまでの道すがら、彼女が火と闇、二種類の属性の魔法を使えるという話を耳にしている。彼女に火魔法を使ってもらえば敵の正体がわかるんじゃないかと、そう考えたのだ。
彼女はそんな俺の意志を理解してくれたのか、何やら頭上に手にしていた戦斧槍を掲げた。その瞬間、空に無数の紋様が描かれる。
王国人が使う魔法は呪文を詠唱するタイプだが、帝国人が使う魔法は複数の魔方陣を宙空に描き組み合わせることで完成すると聞いたことがある。
エルレオネはおそらく、なんらかの魔法を使おうとしているのだろう。
しかし――
「ちっ」
その気配に気付いたらしい何かが、一斉に動き始めた。
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