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激おこ女王様と親父殿

【女王様サイド】

「――どういうことよっ」



 洗礼の儀が終わってから一週間が経過していた。

 ヴァルトハイネセン王国王都レグリオン。

 その中央に居を構える巨大な王城。


 その最深部――代々女王の座についた者にしか知らされていない王者の居室で、十五歳になったばかりの女王イリスレーネ・ヴァルトハイネセンは激高していた。


 今、彼女の目の前には、短い銀髪を後ろに流すような髪型をした男が佇んでいた。

 彼の左目には眼帯が嵌められており、もう片方の目は碧色をしている。

 そんな変わった風貌をしている初老の男は、怒りをぶちまけられているにもかかわらず、どこか、表情に笑みすら浮かべていた。



「どうとは……どういう意味でございましょうか?」

「とぼけないでちょうだい! フレッドよっ。どうしてあの人を除籍処分なんかにしたのよっ」



 彼女はそう叫んで、目の前の執務机を激しく叩いた。

 この部屋は王国の未来を揺るがすような事態が起こったときのために、臨時の執務室としてしつらえられたと言われている秘密の部屋だ。


 それゆえ、ある程度の華美さはあるものの、部屋の規模は小ぢんまりとしている。

 出入口の扉も、彼女の目の前にいる大男だと、腰をかがめなければ通れない。

 扉から見て正面には執務机があり、左右の壁には小規模な本棚が置かれているのみ。

 本当に臨時の執務室として機能すればそれでいいと考えられ、作られたような部屋だった。

 そんな一室の机を挟んで、二人は対峙していた。



「陛下、落ち着きなさいませ。あれは致し方なかったこと。私もあいつも双方納得の上での処置です」

「そうなのかもしれないけどっ。でもっ……」



 彼女は言葉を詰まらせ、もう一度、今度は弱々しく何度も机に拳を打ち付けた。



「私のせい……? 私のせいなの……? 私が王家スキルを使ったから……」



 どこか震えた声でか細く呟くイリスレーネ。

 俯き加減でひたすら何事か声を発している。



「陛下。陛下のせいではございませんよ。陛下は正しいことをなさいました。もし、あのまま何もせねば、取り返しのつかないことになっていたでしょう。ですから、陛下がお使いくださったあの力は間違ってなどおりません。むしろいい目くらましとなったのです。奴らは皆、『岩石創造』と勘違いしているのですからな」

「……そうね。そうかもしれないわね……。わかっている。わかっているわ。だけど、それでも……私があんなことをしなければ……」



 際限なく後悔ばかりが心を支配してしまう。他に方法はなかったのか。もっとうまいやりようがあったのではないかと。

 だけれど、何度考えたって答えは一緒だ。あれ以外どうすることもできなかったのだと。

 さもなければ――



(私がやらなければ……)

「あの人はすぐにでも暗殺されていたかもしれない……」



 思わず声に出してぼそっと呟いてしまった。

 行き着く先は一つしかない。

 それを理解しているのだろう。目の前の男は頷いた。



「えぇ。間違いなく、敵対派閥が動いていたことでしょう。ただでさえあいつはジークリンデと契約しているような人間でしたからな。その上、あんなものを習得したなどと知られれば、奴らは脅威と捉え、たちまちのうちに抹殺しにかかっていたことでしょう。そうなったら大事です。あいつはなんとしてでも守らなければならないのです。我が息子だからというだけではありません。あいつはもしかしたら、この世界の命運を握るほどの傑物に成長するやもしれません。ジークとの契約のみならず、あんな女神スキルを会得してしまったのですからな」



 甲冑を身につけた銀髪男は静かにそう告げた。



「そうね。そうだったわね……」



 ヴァルトハイネセン王家に属する者たちは、女神スキル以外にも王家スキルという王族専用の継承スキルを習得すると言われている。

 生まれてすぐに発現し、王者の資質を備えたものには必ず宿るとされる特異な王家スキルなんてものまである。


 そして、そんな特異なスキルを宿した者には、必ず宿ると言われている対をなすスキルがある。

 現女王であるイリスレーネは、その両方のスキルを身に宿していた。

 彼女は洗礼の儀のおり、確かに祭壇に跪くあの若者に宿った女神スキルを、自身が持つアレで覗き見たのだ。


 そしてその結果、意味不明なものが見えた。

 今思い出しても困惑しか湧かなかった。

 それゆえに、権謀術数渦巻くこの王宮内では既に唯一の味方となってしまっていた目の前の男に相談したのである。


 女王イリスレーネは剥き出しの腕で目元を擦るような仕草を見せたあとで顔を上げた。

 やや目の周囲が赤くなっていたが、既にそこには哀愁の片鱗も見られなかった。



「――ごめんなさい。少しかっとなってしまったわ」

「いえ。それだけ我が愚息のことを思ってくださったということでしょうし、陛下が気に召されることではありません」



 眼帯を嵌めた男はそう、口元に笑みを浮かべて応じたあとで、話を変えた。



「ところで陛下」

「うん? 何かしら?」

「例の件はいかがいたしましたか?」

「例の件? ――あぁ、あのことね」



 無表情に戻った大男が向けてくる鋭い眼差しを受け、イリスレーネは渋面となる。



「秘密裏に事を進めてはいるけれど……だけれど、本当に大丈夫なのかしら?」

「おそらくは。それに、今のこの状況を覆すためには、もはやあの方を頼るより他にございますまい」

「それはそうかもしれないけれど……私、できれば関わりたくないのよね……」



 彼女はどこかうんざりしたような顔を浮かべ、眼帯の男に背を向けた。

 それに溜息を吐く大男。



「陛下……。わかっておいででしょう。今はそのようなことをおっしゃっている場合ではございません。事は一刻を争います」

「わかっています。そんなことぐらい。先代が亡くなられてすぐに、私の後見人となったのがあの宰相でした。当時、私はまだ十三とかそのぐらい。あの日からまだ二年しか経っていないというのに、分散されていた権力がもはや、宰相サイドに一極集中されてしまった。摂政の言葉がなければ、私の一存ですべてを決められなかったとは言え、ここまで酷いことになるとは」



 成人になった現在は、宰相は元通り、ただの宰相へと戻っていて既に摂政役は下りている。

 ゆえに、今だったら周囲の反対さえなければ自分の思い通りの政策を打ち立てられるが、当時はまだ子供だったからということで、摂政が否と言えば、すんなりと意見が通らなかったのだ。

 そのせいで、ここまで事態が悪化してしまったのは後の祭りであるが、彼女にはどうすることもできなかったのである。



「えぇ。もはや、王家だけでなく、我がラーデンハイドの力も大幅に弱体化されております。ですから一刻の猶予もないのです。このままでは王権すべてが奴らに奪われ、このヴァルトハイネセン王国は事実上、消滅いたします。そのようなこと、あってはなりません」

「――そうね。そんなことになったら、お母様やお父様、それからご先祖様に顔向けできないものね。千年前にこの国を建国した建国王や、その日よりずっと、我が王家の盟友としてこの国に仕えてくれたジークリンデにもね」

「はい。ですので、何卒――」



 そこまで言って大男――かつてフレデリックの父親だったオーギュスト・ラーデンハイドは片膝ついて頭を垂れた。



「あのお方をどうか、信じてみてはいただけないでしょうか? 先代からも、『何か事があったときには頼りなさい』と、申しつかっております」



 イリスレーネは余程しばらくしてから振り返って、畏まる鋼の竜騎士を見下ろした。

 そのときに浮かべていた表情には既に迷いはない。そして、ただの小娘でもなかった。



(幼い頃に母に言われたあの言葉、今こそ実行に移すべきときなのでしょうね)



 すべてを覚悟したかのような、偉大なる王者の顔となった女王イリスレーネは厳命した。



「我が言葉はこれ、先代の言葉であり、建国王の意志でもある。よきように計らえ、ラーデンハイド公爵よ」

「はっ。謹んでお受けいたします!」



 眼帯を嵌めた大男は頭を垂れたまま、一度も顔を上げることなく退出していった。

 一人取り残された女王イリスレーネは、ふっと、寂しそうな笑みを浮かべる。



「すべてはあの人次第ってところかしら。私たちやこの国の未来、そして、愛しいあのお方が無事、生きてこの国から脱出できるかどうか」



 彼女は呟き、頭の中に全身黒ずくめの女の面影を思い浮かべた。

 幼少期、ラーデンハイド公爵の息子と一緒に、悪の魔法使いと陰口を叩いたあの女性の面影を。



「王国始まって以来の腹黒魔女。本当だったらあの人が王位を継ぐはずだったのに」



 宿った王家スキルも持って生まれた戦闘技能も、更には授与された女神スキルもすべてがすべて、魔女に特化された希代の魔法使い。

 それゆえに、第一王女だったにもかかわらず、王位を継ぐことができなかった女性。



「ヴァルトハイネセンは何よりも武を重んじる」



 そして、王者の印となるあの王家スキル。



「フレッド……待っていてね。すぐにでもあなたを……そして、ごめんなさい……私はあなたを……」



 イリスレーネの言葉はそれ以上、形になることはなかった。

拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が、執筆の励みとなっておりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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