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平和な姉妹喧嘩勃発

 早朝、日もまだ低い位置にある時分に、俺たちの乗る馬車は一路、一日ほど先に行ったところにある城塞都市バーレクを目指してひたすら南進していた。

 御者台には、病み上がりの俺のことを気にかけてくれたエルレオネが座っている。


 聞くところによると、彼女は通常のメイド業以外にも、医術や馬術などの心得もあるのだとか。その上、あの尋常ならざる強さ。

 ホント、なんでもできる凄い人だった。



「フレッド様? ご気分が優れないようでしたら、すぐにおっしゃってくださいね。私は回復魔法は使えませんが、薬の扱いには長けていますから」

「あぁ、ありがとう。そのときは頼むよ」



 一人、御者台に座って馬を操っていたエルレオネが、背中越しに幌の開けられた荷台へと声をかけてきたので、俺はその申し出をありがたく受け取った。

 今、俺が座っている荷台には他に、イリスやナーシャもいた。

 イリスは俺の対面に座るような形で椅子に腰かけ、何やら物憂げに考え事をしている風だった。

 それに対してナーシャはというと。



「でんせ~つ~わ~♪ かくか~たりき~♪ ふるき~よにさく~うるわ~しの~おう~♪」



 なんの歌なのかわからないが、とても楽しげに歌を歌っていた。

 俺の膝の上に座りながら両足をばたつかせ、リズムを取るように身体を左右に揺らしている。

 そんな彼女の頭の上には例によってぽこちゃんが乗っかっていた。


 真っ黒いスライムは心なしか一回り大きくなっているような気もするが、そんな彼がナーシャの頭の上で器用にぴょんぴょん跳ね飛んでいる。

 よく落っこちないなと思う一方で、翼がついているから落ちるわけないかと、思わず自分自身に突っ込みを入れてしまう。

 ともかく、本当に相変わらずの平和な光景だった。



「けいや~く~に~♪ したが~い~て~♪ めがみ~と~♪ りゅ~て~が~♪ ひかり~の~ちからを~おうへ~♪」



 ナーシャが歌っている歌は、あまり聞き馴染みのないものだった。

 俺も一応は貴族として十五年間を生きてきたから、そのつてもあって色んな歌を知っている。

 神話の時代から語り継がれてきたものや、民謡歌、それから吟遊詩人などが歌っている英雄歌など。


 王国独自のものもいくつかあって、あまり詳しくはないが、聞いたことはある。

 まぁ、歌それ自体にはそこまで興味がないからうろ覚えだけどな。

 そんな、そこそこ知識のある俺でも、ナーシャの歌はよく知らなかった。


 ――王族にだけ伝わっている口伝の歌か何かか? それとも、年齢が年齢だから、子守歌とか寝物語か?


 色々想像してみたけど、結局よくわからなかった。まぁ、ナーシャが楽しいならそれでいいかと思い、そのまま様子を眺めていたら、



「ピッキキ~ピピピ~~ピッキッキキ~♪」



 なぜかぽこちゃんまでナーシャの声に反応して鳴き出した。



「まさか、ぽこちゃんまで歌ってるのか……?」



 呆気にとられてしまったせいか、思わず思っていたことが声に出てしまった。それをどう解釈したのか知らないが、考え事していたイリスが俺に視線を投げて寄越した。



「まぁ、ナーシャはその子と会話ができるしね。二人で合唱しててもおかしくないわ」

「……そういやそうだったな。普段いったいどんな会話してるのやら」



 俺はその姿を想像して苦笑してしまった。すると、ナーシャが歌を中断して、真面目な顔してイリスを見つめた。



「お姉たま」

「うん? どうしたのかしら?」

「ぽこちゃんはぽこちゃんなのでしゅ。その子ではないのでしゅ」



 よく見たら、可愛らしい頬をぷく~っと膨らませていた。



「あ~はいはい。そうね。うん。わかっているわ。ごめんなさいね」



 そう言って、彼女はどこか不機嫌そうに肩をすくめた。なんだかそんな姿に酷く違和感を覚えた。



「なんかイリス、少し疲れているのか? その、昨日は色々迷惑かけたみたいだしな」

「そんなんじゃないわよ。私は別に……」



 そう言いながらもなんだか物言いたげに、じ~っと俺のことを見つめてくる。



「なんだよ?」

「……ねぇ」

「うん?」

「こんなことあんまり言いたくないんだけど」

「だからなんだよ?」

「……そこ」

「ん?」

「そこ! そこは私が座る場所なのよっ」



 突然、そんなことを言って立ち上がると、彼女はびしぃっとナーシャを指さした。いや、正確に言えば、おそらく俺の膝の上だろう。

 俺は一瞬、「は?」とか思ったが、すぐにそれに気が付いて頭が痛くなった。



「おいおい。お前まさか、俺の膝の上に座りたいとか思ってないよな?」

「思ってるに決まってるでしょ! ていうか、ナーシャ? 今すぐそこ退きなさい! 私が座るから!」



 どうやら先程から物憂げにしていたのも、不機嫌そうにしていたのもすべてそこに原因があったらしい。

 なんとも大人げない女王様だった。



「え~~~! いやでしゅ! お兄たまのおひざのうえは、ナーシャが座るでしゅ!」



 そう言って、ナーシャは俺の上に横座りになると、そのまま首にしがみついてきて頬ずりし始めた。



「ちょ、ちょっとナーシャ! それ、ダメだから! フレくんにそれやっていいのは私だけだから!」



 そんなことを言いながら、イリスまで俺に飛びついてくると、ナーシャと似たようなことをし始める。



「ちょ……二人とも! 何やってんの!? 一回離れて! く、苦しい! 苦しいから早く!」

「嫌よ! 離れて欲しかったら、まずナーシャを説得して!」

「や~~ん! ナーシャはお兄たまのことが大しゅきなのでしゅ! お兄たまもナーシャのことが大しゅきなのでしゅ! だから、しょ~らい、ナーシャとお兄たまはけっこんしゅるでしゅ!」

「け、結婚ですって!? 絶対に許さないわよ、そんなこと!」

「や~~ん!」



 なんだか本当にどうでもいいことで姉妹喧嘩が勃発してしまった。

 まぁ、イリスもさすがに幼女相手に本気になって怒ってるわけではないと思うのだが……て、本気じゃないよな?

 俺は必死の形相で首に抱きついているナーシャと、それを引っぺがそうとし始めたイリスを交互に確認し、女王様がちびっ子以上に眉を吊り上げているのを見て、深い溜息を吐いてしまった。


 ――こいつ、本気じゃないかよ……。



「ちょっと、二人とも、そこまでにしろよ。それにイリスも。ナーシャはまだ子供なんだし、少しは大目に見てあげなくちゃ」



 俺は揺れる馬車と暴れる二人が原因でナーシャが膝の上から落っこちやしないかと心配になり、右手でちびっ子の身体を支えながら、ナーシャを引き剥がそうとしているイリスを見た。

 イリスはそんな俺に、不満そうに口を尖らせる。



「フレッドはいつもナーシャに甘いのよ。そんなんじゃ、ナーシャの教育によろしくないわ!」

「何言ってんだよ、お前は……。ナーシャに変な悪影響与えてるのはお前だろうが……」



 うんざりしてもう一度溜息を吐く俺。

 相変わらずムチャクチャな言動を取る女王様を見ていたら、思わず昔のことを思い出してしまい、天を仰いだ。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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