お兄たまのために
【ナーシャサイド】
「まさか、こんなにもいるなんてね!」
先制攻撃で大好きな姉が魔獣の一体を一撃の下に屠ったのが合図となり、どこに潜んでいたのか、次から次へと巨大な身体をした魔獣が現れた。
小さい身体のナーシャから見たら山のように大きな敵。
見た目は黒山羊にそっくりだが、その角が天にそびえるほどに巨大だった。
しかも、闇夜で先が見通せないような状態であるにもかかわらず、二つある瞳が真っ赤に光っている。
よくわからないけれど、ナーシャにはそれが魔力の波動に感じられた。
(ぽ、ぽこちゃん……!)
姉が持参していた結界魔道具のお陰で、ナーシャの周辺には目に見えない防護結界が展開されていた。
外側からの侵入や攻撃は防ぎ、内側からの攻撃や外への移動は可能とする便利アイテム。
結界ランクにもよるが、Bランク程度の敵が相手であれば、この結界を壊すことはできない。
なので、彼女が攻撃される心配はまったくなかったのだが、幼い彼女にはそんなこと理解できるはずもなく、白い翼を生やした真っ黒いスライムを胸に抱きしめて小刻みに震えていた。
(こ、こいつら、メチャクチャ強いんじゃないの!?)
ナーシャの頭の中にちょっと高めの声が聞こえてくる。
彼女にとっては大切な相棒であり、大切な友達。
少し前に卵から孵ったばかりの幻獣ぽこちゃんの声だった。
性別があるのかないのかわからないけれど、ナーシャが持つ王家スキル『獣魔調教』によって、彼女だけが会話することができるようになったちっちゃな存在。
(う、うん……! でもでも、お姉たまがきっと、悪い人たちをいっぱいやっつけてくれるでしゅ!)
(お、おう! そうだな! なんてったって、ナーシャの姉さんだもんな!)
(うん~~!)
ナーシャは相棒にそう答えて、ひたすら、姉のことを見つめ続けていた。
大好きな兄のために必死に戦っている姉。
時々わる~~い顔してニヤニヤしているけれど、でも、そんな姉がとっても強いことはナーシャが一番よく知っていた。
絶対に負けるはずがない。信じていればきっと大丈夫。
根拠のない自信だけが幼いナーシャにとっては唯一の支えだった。
現に、白銀の髪の剣姫はナーシャの目には捉えられないような動きで、片っ端から敵を屠っていた。
既に何体倒したのかナーシャにはわからない。
青白い光をまとった姉が縦横無尽に動く度に、耳障りな鳴き声が周囲に木霊した。
(キレイ……)
(だな~~! さすが姉さんだ! 姉さんが通ったところが光の筋になってるよ!)
ぽこちゃんが言う通り、イリスが動く度に光が残像となって軌跡を描いていた。彼女が手にする長剣が縦横無尽に振るわれる度に、剣に乗った魔力が波動となって周囲の敵を薙ぎ倒す。
彼女に向かって角向け突進していくレプリカントデビルだったが、彼女に接敵する前に切り裂かれて地に伏していた。
これだったらすぐに怖い人たちはいなくなる。
ナーシャは幼心ながらに一人、安堵に胸を撫で下ろしたのだが、そう簡単にはいかなかった。
「ちっ。本当にキリがないわね! どうなってるのよ、これ!」
そう忌々しげに吐き捨てたイリスが後方へと跳躍して、ナーシャの目の前に姿を現した。
「お姉たま……?」
「ナーシャ。絶対にそこから出るんじゃないわよ?」
「う、うん~。でも、もうしゅぐおわるんでしゅよね?」
「そう願いたいものだけれど、なんだか変なのよ、あいつら」
「へん?」
「えぇ。倒しても倒しても次から次に湧き出てくるのよ。しかも、一度倒れて死んだはずの敵まで復活して襲ってきてるのよ――ほらきら!」
イリスの鋭い叫びが終わる前に、三体ほどが一直線にこちら側へと突進してきた。
「お、お姉たま……!」
「大丈夫だからじっとしてて!」
イリスは叫び、目にも止まらぬ速さで、一瞬にして三体同時に薙ぎ払っていた。
どうっと倒れる黒山羊。しかし、姉が宣言した通り、しばらくして再び起き上がってきた。
(な、なんだありゃ! ホントにどうなってるんだよっ。もしかして、ゾンビか何かか!?)
(ゾンビ?)
再度襲いかかってくる敵を返り討ちにすべく攻撃をしかけるイリス。
ナーシャはそんな姉を見ながら、
(ぽ、ぽこちゃん……! このままじゃ、お姉たまがやられてしまうでしゅ! なんとかしてくださいでしゅ!)
(な、なんとかって言ってもだなぁ。今のおいら、溶解液ぐらいしか使えないよ?)
(にとろ……? ってなんでしゅか?)
(ん? ほら、どっかの大きな町で夜、変な奴らが襲ってきたときに使ったあれだよ)
ナーシャは言われて初めて思い出した。あのとても怖い夜の出来事を。
あのときもナーシャはぽこちゃんにお願いしたものだ。
『なんとかしてください!』
と。
そのときに、勇気を絞り出してぽこちゃんが吐き出したのが溶解液だった。
(もっと修行すれば色んな必殺技が使えるようになるかもしれないけどね!)
(ひ、必殺技でしゅか!? しゅごいでしゅ、ぽこちゃん!)
(おうよっ。おいら、メチャクチャ凄いのよっ)
(だったら今から修行して、もっともっと強くなるでしゅよ! そしてそして、あの悪い人たちをやっつけて、お兄たまのためにおくしゅりをもってかえるでしゅよ!)
(おうよっ。今から修行して――って、それは無茶だろう!)
すっかり今の状況を忘れて盛り上がってしまった二人。しかし、
「きゃぁっ」
いきなり強い衝撃に襲われ、ナーシャはバランスを崩して地面に尻餅をついてしまった。
「な、なんでしゅか、今のは……」
打ち付けた腰をさすりながら彼女は顔を上げて、そして、顔面蒼白となってしまった。
(ナーシャ!)
ぽこちゃんが震えたような声で叫んでいた。
二人のすぐ目の前。そこには自分たちより遙かに巨大な黒山羊がいて、何度も何度も結界に対して体当たりをしかけていたのである。
「ナーシャ!」
それに気が付いたらしいイリスが鋭い声を上げたが、こちらに駆け付けてくれるようなことはなかった。
見ると、彼女はたくさんの敵に囲まれて身動きが取れないようだった。
(ぽ、ぽこちゃん……!)
黒山羊が身体をぶつけてくる度に、防護結界が軋み音を発生させて微振動した。
もしかしたらこのままだと、結界が破壊されるかもしれない。
(おいらが……)
身体の奥底から震えが止まらなくなってしまったナーシャ。
彼女と契約しているぽこちゃんにはそれが痛いほどよくわかっている。契約によって結ばれた縁は、言わば一心同体となったも同じこと。
だから彼は、
(ナーシャはおいらが守るんだぁ!)
持てるすべての勇気を振り絞って、ナーシャの腕の中から飛び出したぽこちゃん。
彼は飛びかかってきていた一頭の黒山羊目がけて、何度も何度も溶解液をぶっかけ始めた。
本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!
『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。
皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑




