魔力暴走
【女王様サイド】
突然、倒れて意識不明となってしまったフレッド。
イリスはエルレオネと一緒に彼を二段ベッドの下段へと横たえると、じっと、彼の様子を見つめていた。
「これってまさか、例の毒にやられたんじゃないでしょうね……」
いつも自信満々の笑みを浮かべている彼女の表情には、一切の余裕が見られなかった。
脂汗を浮かべて呻いているフレッド同様、どこか青白くなっている。
「お兄たま……お兄たまぁ」
フレッドの左手を握りしめて膝立ちになっていたナーシャも、どこか泣きそうな顔をしてか細い声を上げていた。
「おそらくそうではないと思います」
そんな銀髪姉妹とフレッドの三人を横で眺めていたエルレオネが普段の無表情を消して、深刻そうな顔色で告げた。
「根拠は?」
「明らかに症例とは異なっているからです。これまで毒に侵された者たちは皆、突然、意識を失って、そのまま野獣のように暴れ狂っていました。ですが、フレッド様はほとんど昏睡状態となってしまわれておいでです。ですので、これは別の案件だと思います」
そう言って、エルレオネはしゃがみ込むと、横たわるフレッドの額に自身の右手を当てた。
「かなりの高熱が出ていますね。しかも、僅かに魔力の乱れも感じられます」
「魔力の乱れですって? ――待って、もしかしたら」
イリスは呟き、じっとフレッドを凝視した。
その瞬間、彼女の目の前には常人には見えないありとあらゆる情報が自然展開されていた。
白と黒だけが支配する世界に浮かび上がる目の前の情景が、すべてただの輪郭と成り果てる。
縦横無尽に広がっていく古代文字と、フレッドから放出される揺らめく気の流れ。
そして――
「やっぱり。女神スキルが暴走している……」
「え? 女神スキルの暴走? どういうことでしょうか」
「そんなの、私にもわからないわよ。こんな事例、私は知らない。多分、長い王国の歴史の中でも初めての出来事よ。何しろ、フレッドの女神スキルは女王である私ですら理解不能な謎の多いスキルなんだもの。いったい、どういうことよ……」
呆然と呟くイリス。彼女が見る世界は常人とは違う。王家スキル『王者の瞳』で映し出された目の前の光景。
それが物語っているのは一つの答えだけだった。
――女神スキルの暴走により、体内に宿っていた魔力までもが暴走して体外放出されてしまっている。
魔力は体力共々、人や生物の身体に流れる生命力そのものだ。
当然、魔力を使い過ぎれば気絶するし、運が悪ければ死を招く危険すらあった。
それなのに、絶えず身体から魔力がこぼれ落ちるなどという非常識なことが起こったら、とんでもないことになる。
(放っておいたら、待っているのは死だけ)
「そんなこと……そんなこと断じてさせるものですかっ」
イリスは全身に荒れ狂う理不尽な怒りに翻弄され、気が付いたときには叫んでいた。
「事情はよくわかりませんが、ですが、このまま放置しておいたら命に関わります。なんとかして魔力の流れを正常に戻さないと危険です」
「わかっているわよ、そんなことぐらい。だけど、どうしたらいいの? 女神スキルが暴走して魔力まで暴走するだなんて話、聞いたこともないわよっ」
「落ち着いてください、イリス様。私には女神スキルのことはよくわかりません。帝国にはそのようなものは存在しませんから。ですが、一つ確かなことは、もし本当に魔力が暴走しているのであれば、それを止める必要があります。そして、高熱まで発症していますからこちらも抑え込まなければなりません」
そう言って、エルレオネは立ち上がった。
「とりあえず、手持ちの回復薬だけではおそらく治すことはできませんから、詰め所に行って解熱薬や万能薬を頂いてきます。もし、魔力回復薬などもあれば、そちらも買ってきます」
「……わかったわ。お願いします……」
静かに部屋を出ていくエルレオネ。
残されたイリスとナーシャは心を激しく揺さぶられ、ただ祈るようにフレッドの手を握ることしかできなかった。
◇◆◇
戻ってきたエルレオネが高い金払って様々な回復薬を買ってきてくれた。
手持ちの薬とあわせて効果がありそうなものを色々試してみたが、やはりダメだった。
現存する回復薬の中には魔力調整薬というものも存在するのだが、あいにく高価な上に、この砦には置いていなかった。
それでも、一応、体力回復薬や魔力回復薬、それから解熱効果のある即効性の薬などは手に入ったのでそちらも試してみたのだが、ある程度効果はあったものの、すべて一時しのぎに過ぎなかった。
熱は多少下がったが、完全に沈静化することはなかったし、他の回復薬も失われた体力と魔力を補うことはできたものの、際限なく魔力が漏れ出ている現状を止めない限り、根本的な解決には至らなかった。
「どうすれば……!」
イリスはもはや正常な判断ができなくなり始めていた。
そんな彼女を救ったのはエルレオネだった。
「もしかしたら、あれを試せば魔力暴走だけは抑えられるかもしれない」
考え込みながら呟いた彼女に、握りしめたフレッドの手を額に押し当てて項垂れていたイリスが顔を上げた。
「アレ? 治す方法があるってこと?」
「わかりません。ですが、試してみる価値はあると思います。勿論、それ以前に、あまり一刻の猶予もないかもしれませんから、可能性があるならすべて試してみた方がいいとも言いますが」
「教えてちょうだい。何をしたらいいの?」
真剣な眼差しで見つめるイリスに対してエルレオネは、
「実は――」
いつにも増して無表情に言葉を紡いだ。
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