あてがわれた部屋と汚職衛兵
なんとか無事砦の中に入れた俺たちは、砦受付に宿代と厩代、それから馬車留め代を支払い、所定の位置に馬車を置いた。
馬二頭は係の衛兵に引き渡して、あてがわれた一室へと入っていく。
この砦は入ってすぐのところが円形の広場みたいになっていて、そこが馬車留め場となっていた。
そして、その外周に厩舎や、契約している幻魔が大型の場合にのみ繋ぎ止めておくための幻魔厩舎があり、旅人が借りることのできる宿部屋は更にその外周に二階建てで並んでいた。
そんな宿舎一階部分の一部屋を俺たちは借りていたのである。
本来であれば二部屋に分けて一泊したいところだったのだが、この宿場砦は利用客も多い。
当然、場合によっては相部屋となることもあるぐらい、空き部屋が少ないことでも知られている。
それゆえに、二つに分けるなどという贅沢は許されなかったというわけだ。
「俺たちはこれまでもそうしてきたからまぁ、別にいいんだけど、本当によかったのか? 俺たちと同じ――ていうより、男である俺と同じ部屋で」
俺は室内に入るなり、エルレオネにそう声をかけていた。
この部屋は入ってすぐの左右の壁に二段ベッドが置かれているだけのかなり窮屈な場所だった。貴族たちがこれを見たら、罵詈雑言の嵐を浴びせることだろう。
それぐらい、はっきり言ってベッドしか置けないような狭さ。
机も家具調度品もなく、空きスペースといったらベッドとベッドの間の人一人が通れるギリギリのスペースぐらい。
文字通り寝るためだけの部屋だった。
「仕方がありませんよ。この砦はそういう場所ですので。それに、私はあくまでもあなた方の護衛です。その護衛が離れて寝泊まりするわけにはいかないでしょう」
「それはそうかもしれないが」
渋る俺に、エルレオネは表情を変えず、続けた。
「フレッド様、私はそのお気遣いだけで十分ですので、どうかお気になさらず。ですが……そうですね。それでももし、気に病むとおっしゃるようでしたら、着替えなどするときに少しだけ、席を外していただけるとありがたいのですが」
「あ……そ、それは勿論だよ!」
手にした荷物をベッドに置きながらそう答える彼女に、俺は妙に焦ってしまった。
一人乾いた笑い声を上げていると、扉付近にいた俺の元へ、エルレオネ同様ベッドに荷物を置いていたイリスが目を細めながら近寄ってくる。
「んっふふ。フレくん?」
「あ……? な、なんだ?」
「うふふ。私は別に着替えを覗かれても構わないわよ? なんだったら、今すぐにでも脱ぎましょうか?」
そう言って、女王様は黒いローブを脱ごうとし始める。
俺は大慌てとなった。
「おい! 何考えてんだよ、お前は! 脱ぐなよっ」
「うっふふ。もう部屋の扉も閉めてあるのだし、問題ないんじゃないかしら?」
「そういう問題じゃないだろう! お前はローブだけじゃなくて、他のまで脱ぎそうだから怖いんだよっ」
「うっふふ。他のってどれのことかしらぁ?」
ひたすら目尻を下げてニヤニヤしながらにじり寄ってくるイリス。
そんな姿を見たせいか、ナーシャまで俺の腰にまとわりついてきた。
「ナーシャも脱ぐでしゅ! お兄たま、お着替え手伝ってくださいでしゅ!」
「ちょ、ちょっと、ナーシャまで!」
銀髪姉妹に迫られ、扉にがっつりと背中を押し当てることになった俺。
そんな俺たちを見ていたエルレオネが突然、クスッと笑った。
思わず呆然と固まる俺。
あのいつでもどこでも無表情だった彼女が、まさか笑うとは。
しかも、麗しいほどに整った顔形をしているせいか、余計にそのギャップに驚いてしまった。
「噂には聞いておりましたが、本当にあなた方は仲がよろしいようですね。いくら幼馴染とはいえ、王族とその臣下という立場であるというのに、これほど打ち解けているというのも珍しい限りです」
彼女が笑っていたのは一瞬だけだったが、妙に心深くに残る微笑みだった。
「さて、今後のことについても色々と話して起きたこともありますし、手早く夕食の準備と荷物整理を終わらせてしまいましょうか」
そう申し出てくれたエルレオネに、水を差されたイリスもさすがに真面目な顔に戻って頷き、ベッドの方へと戻っていった。
「ところで、エルレオネ。このあとの話をする前に一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「なんでしょうか?」
「さっき、衛兵が怯えていた気がするんだけど、あれ、何吹き込んだの?」
俺は、先刻、口髭が顔面蒼白となっていたあの光景が、妙に心の隅に引っかかっていたので確認してみた。
「あぁ、あれですか。簡単な話ですよ。実は以前から、この砦を利用した者たちから何度も上申書が宮廷内に届いていたのです。そこで、数ヶ月ほど前に皇后様から密命を受けた者たちが調査を行ったところ、訴え通り、この砦に詰める衛兵たちによってかなり酷い不正が行われていることが発覚したのです。そのため、彼らを粛正するという話が持ち上がったのですが、丁度その頃、王国から此度の一件に関する早馬が到着したのですよ」
「なるほど。てことは、俺たちのせいで兵らを一掃している余裕がなくなり、後回しになったってことか」
「はい。ですが既に証拠は掴んでおりますので、そのことをちらつかせただけ、というただそれだけの話にございます。あまり事を荒立てると、お互いまずいのではありませんか、と。その上で、金貨を握らせましたら大人しくしてくださったというわけです。まぁ、今は極秘任務中ですので、本当はこの手は使いたくありませんでしたが、仕方がありませんね」
そんなことを平然と語るエルレオネ。
ますますもってただの皇后付き専属メイドなどではないと思えてきて、俺は一歩身構えてしまうのであった。
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