城門前での押し問答2
「これはこれは。大変失礼いたしました、兵士さん。実は私たち、ただのハンターではないのです」
「ハンターではないだと? ――て、その手にしているのはなんだ!? お前! それはスライムではないかっ」
「えぇ。おっしゃる通りです。どこからどう見てもただのスライムです」
そう言ってにんまりと笑う女王様。
見ると、彼女の両手の上に乗せられていたぽこちゃんは、何やら服のようなものを着せられていた。
毛糸で編まれた帽子。それをぽこちゃんの翼が隠れるように、頭からすっぽりと被せられていたのである。
お陰で、ちっこいスライムは顔っぽい部分だけを覗かせていた。
イリスが言うように、どっからどう見ても、ただのブラックプディングスライムである。
「お、おい! お前! やはりそれを使って、この砦を襲うつもりだったのか!?」
「はい? おかしなことをおっしゃいますね。まぁ、兵士さんたちが警戒するのもわかります。世間一般的には、契約の腕輪を身につけていなければ契約が成立していないと考えるのが普通ですからね。それに、スライムは幻魔契約ができないと言われていますから、この子が暴れるのではないかと思われても仕方がないこと。ですが兵士さん? 契約の腕輪を身につけていなくても、契約ができないわけではないのですよ?」
「なんだと?」
「聞いたことはありませんか? 古の時代に実在したと言われている伝説のビーストテイマーの話を。彼は、普通のテイマーでは手懐けることのできなかった幻魔ですら意のままに操ってしまったと言われています。それが何を意味するかおわかりですか? つまり、凄腕のテイマーであれば、ありとあらゆる幻魔を調教し、テイマーだからこそ、契約の腕輪なしに従えてしまえるということなのです。たとえそれが、世間一般的に幻魔契約できないと言われているスライムが相手だったとしてもね」
厳かに告げるイリスの言葉に、俺たちを取り囲んでいた衛兵らが顔を見合わせ、ざわざわする。
そんな中、口髭は苦々しげに顔を歪めた。
「伝説のテイマーの話ぐらい、この俺だって聞いたことぐらいある。だが、だったらどうだというのだ? まさか貴様らがそうだと? はっ。バカバカしい。ただの青二才が凄腕のテイマーと同じ実力など持ち合わせているわけなかろうが! 第一、貴様らはただのFランクハンターだろうが! テイマーではないお前らに、調教や契約などできるはずがない!」
「えぇ、そうですね。私たちはテイマーではなく、ただのハンターです。ですが同時にテイマーの勉強もしているんですよ? いつか一家揃ってテイマーになるというのが夢ですから」
「一家でテイマーだと? ガハハハハ。本当にただの絵空事だな。そんなもんになれるわけなかろうが!」
「あら? それはどうかしらね」
「なんだと?」
「よくお考えくださいませ。ギルドの規定では、テイマーでなければ調教してはいけないという規則はなかったはずです。ただ正式なテイマーとして働けないだけ。ですから、兵士さん? 私たち一家が既にテイマーの卵として活動していて、一流のテイマーになるべく修行して、更に、この子を調教していたとしてもなんら不思議ではないのです。その証拠にほら。とっても大人しいでしょう? 触れたものすべてを溶かしてしまうと言われているスライムが、どうして私の手を溶かさないのか。よくよくお考えくださいませ」
終始、にこやかに話すイリス。
彼女の手の上に乗っていたぽこちゃんは心なしか楽しそうに、
「ピキキ~~♪」
と鳴いた。
その瞬間、周囲にいた衛兵すべてが仰け反る。イリスはそんな彼らの反応を見て――
「う……」
俺は彼女の顔を見て思わずドン引きしてしまった。
先程までにこやかに笑っていたはずなのに、フードで顔半分隠れた彼女の口元が、妖女の笑みとなっていたからだ。
「あぁ、そうそう。もう一つ言い忘れていました。兵士さん? 私たちが調教している魔獣はこのスライム一匹です。他に確認していただいても結構ですが、このスライム一匹で果たしてこの砦を攻め滅ぼすことってできますか?」
明らかに挑発している。
俺は徐々に吹き出してくる冷や汗と共に、嫌な悪寒に苛まれ始めていた。
このまま行くと、帝国兵と一悶着の末に一戦交えることになるのではなかろうか。
そんなことを考えながら身構えていたのだが、
「はぁ……やはり、皇后様の命に従い、粛正しておけばよかったでしょうか」
「え……」
イリスよりももっと恐ろしい台詞を吐いた黒髪美人さん。
彼女はふわりと、空中一回転して地面に着地すると、ぎょっとする口髭に近寄って何かを渡してからそっと、彼に耳打ちした。
髭は顔面蒼白となり、慌てて手元を確認するような仕草をしてみせる。
そんな彼に再び何かを渡してから、エルレオネが御者台へと飛び乗るように戻ってきた。
俺は突然謎の行動に出た彼女に「は?」とか思っていたのだが、そんな中、あれだけ頑強に俺たちに敵意を向けていた口髭が引きつった笑みを浮かべた。
「ま、まぁ、お前たちの言うことにも一理あるな。よ、よし、中に入っていいぞ。だが、くれぐれもその魔獣を放し飼いになどにして騒ぎを起こすなよ?」
「うふふ。ありがとうございます」
イリスはそう言ってから再び荷台の中へと引っ込んでいった。
俺は一人ぽか~んとしていたのだが、エルレオネが黙って見つめてきたので、
「あ、あぁ」
生返事を返しつつ、幻魔登録が完了したのを見計らい、馬車を砦の中へと乗り入れていった。
しかし――
「う……」
門を潜ったとき、俺はおぞましい何かが全身を駆け巡っていくような感覚に襲われ、一瞬頭がぐらついてしまった。
「どうかされましたか?」
「い、いや。なんでもない」
俺の異変にいち早く気が付いたエルレオネがすかさず声をかけてくるが、俺は黙って首を横に振り、馬車を走らせ続けた。
――こうして俺たちは無事、宿場砦で一泊することができるようになった。
本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!
『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。
皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑




