鋼の竜騎士動く、始まる粛正2
【親父サイド】
「全員集まったようだな」
ラーデンハイドは一同を見渡し、無表情で言い渡した。
「かねてよりの計画通り、これより先、我らは逆賊どもすべてを刺し貫く一本の槍となりて、霜月の鐘を打ち鳴らさん! 各員、覚悟を決めろ!」
「はっ」
クラウスを始めとしたその場に集まった竜騎士たちが一斉に胸に手を当て敬礼する中、ただ一人、顔面蒼白となっていたグラークだけが返事をしなかった。
「お、お待ちください! 父上!」
「どうした? グラークよ」
「ち、父上は正気なのですか!? 確かに、我らラーデンハイドの名は奴らのせいで地に落ちました。それにより、自動的に我らに付き従ってくれていた他の貴族たちもすべて反旗を翻したといっても過言ではありません。ですが、だからといって、今この時機に行動を起こすなど、明らかに自殺行為です!」
身振り手振りを交えて訴えるグラークに、父であるラーデンハイド公爵は鼻で笑った。
「臆したか、グラークよ。今このような時機ゆえに、奴らを粛正するのだよ。でなければ、我ら――いや、この王国は遅かれ早かれ滅びる。見よ、これを」
そう言って、彼は一枚の資料を息子へと手渡した。
グラークは戸惑いつつも、訝しげにそれに目を通していき――そして、愕然と硬直した。
「ば、ばかなっ……こ、これは……!」
ラーデンハイドはその反応に満足したのか、息子に背を向け、窓辺へと近寄った。
「わかったか、グラークよ。その報告が何を意味しているのか」
「し、信じられません……! 妖魔が……妖魔どもが、そんなばかなっ……」
窓の外に広がる青空を眺めていた鋼の竜騎士は振り返る。
「もはや一刻の猶予もないかもしれん。奴らが攻めてくる前に、今すぐにでも王国を立て直し、備えねばならんのだ。そのためにはすべてを一掃する必要がある。それゆえの地ならしと、そう心得よ」
静かに告げたラーデンハイド。そのときに浮かべていた表情には一点の曇りも迷いもなかった。
あるのはただ、厳格なる意志と、未来を憂える眼差しのみ。
「グラークよ。お前にも存分に働いてもらうぞ。拒否権は認められん」
ラーデンハイドは口をわななかせている息子にそれだけを告げ、一同を見渡した。
「我らは王家の盾であり矛でもある。今こそその力のすべてを発揮するときぞ! 逆賊どもすべてを一掃し、王国を正常化させるための礎となる覚悟はできておるか!?」
「問題ありません!」
「我が身命を賭してでも!」
「王国のため、ひいては閣下や陛下の御ために死ねるのであれば本望にございます!」
グラークと一緒に入室してきたラーデンハイド公爵の腹心三名が深々と腰を折った。
「私にはあまり政治のことはよくわかりません。ですが、これだけは言えます。兄上を――フレデリック兄さんを国外へと追いやった連中に復讐できるなら、私はそれ以上、何もいりません!」
三男坊のクラウスはどこか興奮したようにそう口にした。
ラーデンハイドはそれに軽く頷いてみせたあと、グラークを見つめる。
「わ、わたしは……」
酷く困惑したような表情を浮かべる顔面蒼白な嫡男の肩に、ラーデンハイドは手を置いた。
「少し時間をやる。だが、あまり猶予はないということを忘れるな。陛下たちが戻ってくる前に、あらかた処理をすませておく必要がある。せっかく奴らを一掃するための力を携え戻ってきたとしても、内乱状態が長引けば必ずや、妖魔どもにつけいられる。それを防ぐためには今のうちに奴らの力を削いでおかねばならん」
そこまで言って、無表情だった彼が鋭い眼光を飛ばして息子を睨めつけた。
「だが、ゆめゆめ忘れるでないぞ? これは極秘任務であり、王家の影も動いておる。これが何を意味するか、わかるな? グラークよ」
「は、はい……」
生唾を飲み込み頷いた息子に何を思ったのか。
ラーデンハイドはそれ以上何も語らず。
彼は部屋の出入口へと静かに向かい、首だけを振り返らせて、
「決行日は追って知らせる。いつでも動けるようにしておけ」
それだけを言い残して部屋をあとにした。
そして、城の最上層にある尖塔から屋外へと出た。
そこは地上二十階ほどの高さのある場所で、遠くの空をもよく見通せた。
ラーデンハイドは縁へと進み、南の空を見つめる。
ここからでは辺境の町トゥーランの姿を拝むことはできなかったが、それでも、王国領土がよく見えた。
近隣の町や村、都市外の田園、草原や森。
そして、空を流れる白い雲や、時折、そこに影となって映る黒い何か。
彼はそれを眺めながら、
「王家の共にして竜族の帝王ジークリンデよ。お前と王家との盟約は依然健在だ。フレデリックのこと、頼んだぞ」
そう、無表情に独りごちた。
◇◆◇
遙か彼方の空。
王国南西の大海原の上を、巨大な影が高速で移動していた。
時折、陽光を反射して海面だけでなく、大空にも光り輝く何かが煌めいていた。
それは見る人が見たら、はっきりとわかる巨大な生物の影。
その存在を知った者は皆恐怖し、恐れ、大地に跪き低頭するだろう。
古の時代より生き続けてきたとされる白銀の竜王。
彼女は何度も何度も大空を旋回すると、やがて、南東の空へと消えていった。
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