別れと旅立ち
ギーヴの家に戻った俺たちは、すぐに出発する旨を彼とエレノア二人に告げた。
二人は寂しげな表情を浮かべていたが、すぐに笑顔で俺たちに頷いてくれた。
荷物を受け取ったあと、必要な物資を買い込んで、宿近くに預けていた馬車に載せる。
そのまま、逃げるようにして東門のすぐ手前まで移動した。
なぜこんな夜逃げみたいなことをしなければいけないのか。
それはすべて、エルレオネによりもたらされた情報による。
なんでも彼女によれば、皇后は王国内に密偵を放っているようで、彼らの報告の中に追手の存在が含まれていたからだ。
俺たちの予想通り、数十人規模の一個小隊が追手として差し向けられているらしい。
しかも、すぐにでも帝国領内へと入って追跡を始める準備に取りかかっているとのことだった。
このまま悠長に留まっていたら、敵に取っ捕まってしまう。それゆえの緊急避難だった。
「元々ただの通りすがりで立ち寄った町だし、無事護衛の人とも合流できたから、すべて予定通りと言えば予定通りなんだけどな」
なんだか妙に後ろ髪引かれる思いだった。
この町では色々あり過ぎた。
たった一日しか滞在していなかったけど、多くの人たちと知り合い、おかしな事件に巻き込まれてしまった。
しかも、その事件は未解決。
エルレオネによれば、あれは病でも呪いでもなく毒らしく、その原因が南方方面にある可能性が高いという。
だったら、未解決だからといってこの町に留まるより、さっさと南下して帝都に向かった方が利口ということらしい。
ひょっとしたら、途中で事件も解決できるかもしれないしな。
そうすればこれ以上被害も出ず、結果的にリヨンバラッドの人々、ひいては仲良くなったあの二人も救われるかもしれない。
俺は自分にそう言い聞かせて、門まで見送りに来てくれていたギーヴとエレノアに笑顔を向けた。
「それじゃ俺たちはもう行くよ。世話になったね」
「いや、俺たちの方こそ世話になった。本当にありがとう。旅の無事を祈ってるよ」
なんとも言えない顔をして、ギーヴが握手を求めてくる。
馬車の荷台の後ろに立っていた俺は彼と固く握手した。
彼は隣に立っていたイリスとも握手を交わす。
ナーシャとエルレオネは馬車の中で待っていた。
「あの、フレッドさん? これを……」
そう言って、エレノアが恥ずかしそうに何かを渡してきた。
「これは?」
「はい。幸運を呼ぶ花と呼ばれているレオルの花で作ったポプリで、それを匂い袋に詰めたお守りなんです。それを持っていればきっと、安全な旅ができると思います」
「へ~。そんなものがあるんだ。でも、俺なんかがもらっちゃっていいのかな?」
「はい。是非もらってください。こんなことぐらいしかできませんが、無事、フレッドさんたちが帝都に辿り着けるように、お祈りしています」
彼女は純朴そうな顔いっぱいに笑顔を浮かべると、次の瞬間、俺の頬に口付けしてきた。
「幸運をお祈りするおまじないです」
そんなことを言って、照れたように頬を赤く染める。
俺はあまりにも突然のことに対処しきれなくて、呆然としてしまった。
しかし、すぐさま現実へと引き戻されることになる。どこかの女王様によって。
「ふ~~れ~~くん? もう行きましょうか~~」
メチャクチャ怖い顔を浮かべたイリスに首根っこ掴まれ、御者台へと引きずられていく可哀想な俺。しかも、そのまま有無を言わせず、上に放り投げられた。
「いてっ――ちょ、ちょっと、何すんだよっ」
悲鳴と文句を同時に上げるが、そんなことはお構いなしに、嫉妬深い女王様も御者台へと上って沈黙してしまう。
「まったくもう。あれ、俺のせいじゃないだろうに……」
ブツブツ言いながら、俺は右手側を見た。
ギーヴとエレノアも俺たち同様、御者台近くまで移動していた。
「と、とにかく、行くよ。二人とも、元気でね」
もう会えないかもしれないけど、帝都に無事辿り着けて、すべての問題にケリがついたら、俺はもう一度戻ってくるつもりでいた。
そのときには彼らと何も考えずに食事しながら、歓談に花を咲かせたいと思った。
「あぁ。フレッドたちも元気でな」
「お元気で!」
二人は笑顔と泣き顔が混ざったような顔で、見送ってくれた。
俺はなんとも言えない気分のまま、ゆっくりと馬車を走らせる。
そして、町から離れていく俺たちをいつまでも見送ってくれていたギーヴとエレノアが見えなくなった頃、
「ねぇ、フレくん?」
俺の真横にぴったり張り付くように座っていたイリスが低い声を出した。
「ん? どうした?」
「さっきもらったお守り、ちょっと貸してもらえるかしら?」
「は? なんでだ?」
「決まっているわ! 今すぐ燃やしてやるのよっ」
「おい、ふざけるなよっ? 誰が渡すかよっ」
強引に俺の懐から奪おうとする女王様。
馬を操りながら懸命に死守しようとがんばる俺。
そんな俺たちの新たな旅立ちを、今日も青空は祝福してくれていた。
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