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庶民の暮らしと火急を告げる声

 翌朝。



「お口に合うかどうかわかりませんが」

「ありがとう。おいしそうだね。昨日店で食べたものよりおいしく見えるよ」

「まぁ、お上手ね。ふふふ」



 昨夜の暴漢騒ぎが原因で泊まる場所がなくなってしまった俺たちは、ギーヴの申し出をありがたく受け入れ、彼の家に一泊させてもらっていた。

 この家は昨日の宿があった北東街区から南に行った先にある街区に建てられていた。


 所謂、貧民街というほどではないものの、あまり裕福ではない下層市民層が多く暮らしている場所だった。

 俺たちが昨日立ち寄った幻魔屋もこの街区に存在している。


 そんな場所に建っているギーヴの家だが、三階建ての集合住宅で、その一階部分に住んでいる。内装も二部屋あるだけの質素な作りで、厨房と厠が室内にあるだけでもまだましな方と言える。

 風呂場はその辺の一般家庭同様、公共の大衆浴場を利用しているとのことだったので、この建物それ自体にはない。


 今俺やイリス、ナーシャがいる場所は、厨房に併設された簡素な作りの食事場だった。

 置かれているテーブルは正方形に近い形をしていて、俺の右手側面にイリスとナーシャ、左手側面にギーヴが座っていた。正面には厨房がある。



「このしゅーぷ、とろっとしていておいしいでしゅ!」



 椅子も少なくスペースも狭いということで、例によってナーシャはイリスの膝の上に座って、彼女に食べさせてもらっていた。

 王族ということで、王宮にいた頃に教育係からそれなりのしつけを施されているので、一人で食べようと思えば食べられるのだが、今は思いっ切り甘えるつもりらしい。



「ふふふ。それはジャガイモを磨り潰したものに出汁を加えて煮込んだものなの。ふふ。お気に召していただけて何よりだわ」



 椅子に座る俺たちやギーヴに配膳してくれていたエレノアが楽しそうに笑った。

 別段、美人というわけでも可愛いというわけでもないが、そばかすが目立つ二つ年上らしい彼女は妙に愛らしい女性だった。

 それが庶民だからかどうかわからないが、俺たち貴族出身の人間には決してない素朴さ。

 それが彼女の魅力を引き立たせているんだろう。



「しかし、何から何まですまないな。寝る場所を提供してくれただけじゃなくて、食事まで用意してくれるなんて」

「気にしないでくれ。むしろ、これで受けた恩を返せて、逆に喜んでいるぐらいさ」

「恩って、まさか、昨日の妖魔のことか?」

「あぁ。エレノアを救ってくれたばかりか、妖魔や魔獣まで退治してくれたんだしな。本来であれば町やギルドから報奨金が出てもおかしくないところなんだが、あまり公にしたくない案件でもあるし、中々難しいんだよ」

「なるほど」



 あれほど大きな被害を出した事件だし、ほっといても口伝てでいずれは街中に広がることだろう。けれど、妖魔が絡んでいるような案件は人々を不安にもさせる。

 だから、報奨金授与なんてことを行えば、それがたとえ秘密裏に行われたとしても、その事実を知った連中が武勇伝やらひがみやらを上乗せして、通常よりも早く、あっという間に噂が伝播していってしまう。

 それは町の警備に当たっている守備隊やギルドにとっては避けたいところなのだろう。



「まぁ、俺たちは別に報奨金目当てでやったわけじゃないし、運良く通りかかったから助けられただけだからさ。恩を感じる必要はないよ」



 俺は苦笑してそう言ったのだが、ギーヴは大仰に両手と頭を左右に振った。



「そうは行くかよ。これでも俺は町の守備隊としての誇りを持っている。助けられておいて恩を返さないなんて、そんなことできるかよ」



 ギーヴは随分と律儀な性格をしているようだ。

 まぁ、前もって彼の人柄はなんとなくわかっていたけどな。


 寝る場所がなくなってしまったからといっても、俺たちは追われる身の上だ。色んなことに警戒しておかなければいけない。だから当然、こうやって数奇な出会いを果たした相手だったとしても、悲しいかな、全面的に信用するわけにはいかなかった。


 なので、彼から助力を得る前に、一通り、イリスの王家スキルでギーヴたちの人柄を判定させてもらっていたのだ。

 その結果、彼らがまったくの無害であると確信に至り、ある程度彼らのことを信頼することにしたのである。


 今、彼らの前でイリスやナーシャがフードを外した状態で食事しているはその証とも言える。

 更に、ナーシャと幻魔契約したぽこちゃんの存在も明かしていて、そのぽこちゃんがギーヴたちが飼っている長毛種の白猫に「シャーっ」とか威嚇されているのも、そういった経緯あっての日常風景だった。



「ギーヴじゃないけれど、私もなんのお礼もできずにあなたたちと別れてしまって、心残りがあったの。だから、この程度のことで恩を返せるとは思っていないけれど、でも、本当にささやかな私たちの感謝の気持ち。是非受け取ってください」



 給仕を終えて俺の対面に座ったエレノアがにっこりと笑った。そんな彼女へ、何を思ったのか、ナーシャにパンを食べさせていたイリスが目を細めた。



「フレッドの言う通り、あまり気に病むことではないと思うのだけれど、それでももし、まだ恩を返しきれていないとお考えでしたら、一つ、お願いしたことがあるのですけれど?」

「お願い、ですか?」

「えぇ」

「私たちにできることであればなんでも言ってください」



 そう言って、エレノアとギーヴが顔を見合わせてから屈託のない笑顔を見せた。

 対して俺は逆に、一瞬にして不安になってしまった。

 なぜなら、イリスが相変わらず目尻を下げた状態で、艶やかな唇の両端を吊り上げたからだ。



「おい、イリス。お前何を考えて――」



 しかし、俺の言葉が最後まで続くことはなかった。

 それより早くにイリスが口を開いたからだ。

 そして、彼女の申し出にギーヴたちが快く笑顔で応じたときに、慌ただしく部屋の扉がノックされた。



「ギーヴさん! 大変です! 歓楽街で死傷者が!」



 家の外へと通じる扉の向こう側から聞こえてきた若い男の声に、俺たちは全員顔を見合わせた。




◇◆◇




 エレノアを家に残し歓楽街へと向かった俺たち。

 今回はイリスもついていくと言って聞かなかったので、自動的にナーシャまで連れてくることになってしまった。


 さすがにナーシャ一人置き去りにするわけにもいかなかったし。

 というより、それ以前に本当はこんなことをしている場合ではなかったのだが、なんだか嫌な予感がして仕方なかったので放っておくわけにはいかなかったのだ。


 そういったわけで、周囲を警戒しながら迎えに来た当直の衛兵に先導される形で、俺たち三人とギーヴはひたすら西へと細い裏路地を突っ切って、そこへ辿り着き、息を飲んだ。

 イリスは現場を幼いナーシャに見せないように、抱きかかえていた彼女の視界を塞ぐように背中を見せた。


 俺たちの目の前に広がっていた光景。

 早朝の歓楽街は血の匂いが漂っていた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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