闇夜の襲撃
甲高い悲鳴や怒号、けたたましい破砕音に叩き起こされるようにして、俺は目が覚めた。
「なんなんだ、いったい……」
室内はまだ真っ暗で、窓の外も所々で光っている街灯の明かりだけが闇夜を照らし出している、そんな時分だった。
「フレッド」
「あぁ」
既にイリスも目を覚ましており、硬い声色を吐き出した。
「どうやら何か起こってるらしいな。イリスはナーシャを」
「わかってるわ――ナーシャ」
暗闇の中、イリスがナーシャを起こしにかかる一方で、俺はベッドから音を立てずに下りると、壁に立てかけてあった長剣を手に取った。
「ぐあぁぁぁ~!」
「キャ~~~!」
「逃げろ……!」
部屋の外や薄い壁の向こうから相変わらず、悲鳴が轟いていた。
男女問わず響く悲鳴には、断末魔の叫びに近いものまである。苦鳴に喘ぐ声や地獄の底から這い上がってきたかのような、おぞましい呻き声まであった。
どう考えたってただ事ではない。
「おねえ……たま……?」
長剣を持って扉側の壁まで移動して聞き耳を立てていたら、眠そうなナーシャの声が聞こえてきた。
「ナーシャ、布団被ってじっとしてて。いい? ベッドの下に隠れてるの」
「う~ん? よくわからないけどわかったでしゅ……」
寝ぼけながらイリスの指示に従って、毛布にくるまったままベッドの下に隠れるナーシャ。
そのあとをぽこちゃんがくっついていき、仄かな光を放ち始めた。
あの個体がどんな能力を有しているのかは正直、よくわからない。
溶解液を吐き出すスキルを一つ持っていて、その攻撃が反転属性効果なるものを備えていることだけは確認済みだが、それ以外は何もわかっていない。
イリスの王家スキルも万能ではないからな。
俺含めて、読み取れない能力とかもあるみたいだし。
他者が有する弱点なんかも、読み取れる個体とそうでない個体もあるらしい。
何より、現在保有している能力しか読み取れないから、将来どんな個体になるかなどは一切わからない。人間も幻魔も同様に。
「イリス、窓の外から身体を出すなよ?」
「わかってるわよ」
彼女も長剣を手に取ると、窓の外の様子を窺い始めた。
後ろは任せて大丈夫そうだ。
俺は扉の向こう側に意識を集中させた。
廊下を走っていくドカドカという靴音がいくつもしていた。
それが客のものか、それとも別のものかはわからない。
「まさかとは思うが、追手に勘づかれたのか?」
この宿にいるところまでは掴んだが、どこの部屋かわからず、手当たり次第斬り込んでいるという状態だったら、とんでもなくクソったれな連中だった。
王国人としての誇りもクソもあったものじゃない。
だが、それはあくまでも俺たちを追いかけているかもしれない追手だったらの話だ。もし、別のものだったとしたら。
俺は緊張しつつ、更に意識を集中した。そしてそれに気が付いた。
「音が……消えた?」
そう思った次の瞬間だった。
「ガァアアァァァァ~~!」
それまでの比ではないほどのデカい雄叫びが発せられ、突然、扉が外側から蹴破られていた。
雪崩れ込んでくる何者か。
「フレッドっ」
「わかっている!」
俺は反射的にそいつを蹴り飛ばしていた。
ドカァ~ンと派手な音を立てて、壁に激突して動きを止めるそいつ。しかし、中に侵入してきたのは一体だけではなかった。
「イリス!」
次の攻撃を繰り出す前に、ほぼ同時に侵入してきた二体のうちの一体が一直線にイリスの元へと駆けていった。
俺にそいつを追いかけている余裕はない。
微かに窓の外から入り込んできていた月明かりや街灯の明かりによって照らし出されていたもう一体と、先程壁に吹っ飛ばした一体が同時に襲いかかってきたからだ。
「ちぃっ! お前ら、いったいなんなんだっ」
微かに浮かび上がっていたそいつら。それは、虚ろな目をした暴漢どもだった。
そう。
夕食時に広場で目にした暴漢の死体。
実際に暴れているところを見たわけではないから、同一のものかどうかわからない。
しかし、確かにこいつらは、例の暴漢騒ぎの奴らとしか思えないような反応を示していた。
理性の欠片もない。
ただ闇雲に殴りかかってきたり、手にしたナイフをでたらめに振り回したりしてくる。
俺はギリギリのタイミングでなんとかそれを避けていたが、このままでは埒が明かなかった。
「やっぱり、殺すしかないのか?」
そんなことを考えながら、今一度、ナイフを持っていた一体を壁に蹴りつけた。
どかっと音を立てて吹っ飛ばされたそいつは自分が手にしたナイフが、どうやら足に突き刺さったらしい。
痛みに叫ぶことすらなく、足から得物を引っこ抜きながら立ち上がる。
「化け物め!」
「フレッド! 何遊んでいるのよっ」
もう一体の方も長剣の刃ではなく腹の部分で殴り飛ばしたところで、俺の左手側の窓辺からイリスの檄が飛んできた。
俺はちらっと一瞥して罵声を浴びせる。
「誰が遊ぶかよっ。そんな暇ないわっ」
「遊んでないならさっさと倒しなさいよっ」
「お前だってさっさと倒せよっ」
「言われなくたってそうするわよっ」
イリスもどう扱っていいかわからず持て余していたようだったが、暴漢の一人がナーシャの隠れるベッドの上へと、よろけながらひっくり返りそうになったのを見て、動きが変わった。
全身が仄かに光ったのと同時に、素早く暴漢へと接近すると、右足で強烈な蹴りを叩き込んでいた。
剣姫スキルで強化された蹴りをもろに食らった暴漢が窓に叩き付けられ、壁も窓もすべてを破壊して二階から宿の外へと落下していった。
「と、とんでもない奴だな……」
あいつとだけは本気で喧嘩はしないようにしようと心に誓いながら、俺は何度も立ち上がっては攻撃してくる暴漢二人をイリスではないが思い切り蹴飛ばし、部屋の外へと叩き出した。
更に追撃の一撃を加えようと、剣の腹で脳天を思い切り殴ろうと、廊下へ身体半分出したところでそれに気が付き、思いっ切り後方へと飛び退いていた。
「くそっ。まだいるのかよっ」
左右両方から強烈な殺気と共に火炎魔法が炸裂して、倒れていた男二人もろとも、周辺一帯が火の海になってしまったのである。
轟音を上げながら燃えさかる炎。たちまちのうちに、部屋の外の廊下は火の海と化した。
このままでは宿すべてが燃え落ち、俺たちまで巻き添え食らって焼け死んでしまうだろう。
「イリス! 魔法でなんとかしてくれ!」
「はぁ? 私が魔法苦手だって知ってるでしょう!?」
「はぁ? そんなの初耳だぞ! ていうか、なんであの人の妹なのに、魔法が苦手なんだよっ」
「私たちは元来、武を重んじる家柄なのよ!? 魔法得意なあの人の方がおかしいのよっ」
「ちっ」
俺にだって魔力はある。だが、女神スキル習得のために魔法技能すべてを捧げてしまったので、元々使えていた炎や水魔法が一切使えなくなってしまった。
イリスだったらその程度やれると思って言ったのだが、どうやら当てが外れてしまったらしい。
「くそっ。こうなったら窓から飛び降りるしかないのか?」
この部屋は二階だから高さ的にはギリギリなんとかなるかもしれないけど、問題はナーシャだ。彼女を抱えて飛び降りるとなると、多少のリスクを伴う。
最低限の荷物を持って一緒に飛び降りたら重量的にもギリギリだった。
「こうなりゃヤケクソだ。炎突っ切って――」
敵を切り倒して水を入手するしかない。
そう思って腰を低くし、いつでも廊下へ飛び出せるようにしたのだが、そこへ突然、
「ピピ~~!」
ナーシャの側にいたはずのぽこちゃんが俺のすぐ近くまでやってくると、空を飛んだまま、口と思しきところから何かを吐き出した。
本当に微かな量だったが、それを何度も何度も吐き出す。すると、それがかかった炎がいきなりどかんっと爆音響かせながら大爆発してしまったのである。
しかも、その爆発によって生じた爆風により、あろうことか、黒煙たなびかせながらすべての炎が鎮火されてしまった。
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