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風呂で戯れる銀髪姉妹




【女王様サイド】




 チャポンという音がしている。

 水の流れるざ~っという音も。


 周囲には白い水蒸気のようなものが漂い、女たちが上げる高い声、低い声がそこかしこでしていた。

 イリスとナーシャの二人は今、宿近くで営業している大衆浴場に足を運んで、丁度身体を洗っているところだった。


 この大衆浴場は中央に巨大な湯船があり、四方を囲む外周に沿って、身体を洗い流すためのお湯が三十センチほど床から高いところに作られた水路に流されている。


 今、イリスたちがいる洗い場は、その水路の内側に設けられていた。



「きゃはは。お姉たまくしゅぐったいでしゅ!」



 全身泡まみれの幼子は椅子に座った状態で、身体を左右に揺さぶりながらもぞもぞしていた。

 それに対して彼女の後ろに座っていたイリスも泡だらけの状態で、愛らしい妹を背後からぎゅ~っと抱きしめていた。



「うっふふ。ホント、ナーシャってば可愛いんだから」

「ゃ~~ん! くしゅぐったいでしゅ!」



 ナーシャは嫌がるような素振りを見せていても、逃げるようなことはなかった。ただただ、幸せそうに笑っている。


 本当なら、二人とも既に髪を洗い終わっていたから、あとは身体を洗うだけといった状態だったのだが、背中を洗ってあげていたらナーシャが短い足をバタバタさせて、歌を歌い始めてしまったのである。


 リズムを取るように左右に身体を揺すりながら。


 そんな妹の姿を後ろから見ていたイリスは、ナーシャのことが可愛くて可愛くて仕方がなくて、思わず我慢できなくなって抱きしめてしまったのだった。


 イリスは再びナーシャの身体を洗いながら、可愛い幼子が口ずさんでいた先程の歌のことを思い出していた。


 ナーシャが歌っていた歌。それは、イリスが亡き母である先代から教えてもらった民俗歌だった。

 ヴァルトハイネセン王国でしか歌われていないものだから、知名度の低い歌だ。


 もっと言えば、遙か昔に作られたものだったから、本当に古めかしく、今もまだそれを歌える人間がいるかどうかすらわからない。


 そういうものだった。

 イリスはそんな歌を、母亡きあと、まだ一歳という赤ん坊の頃からナーシャに時々歌ってあげていたのである。


 かつての自分がそうであったように、この歌を聞くとナーシャも不思議と心穏やかになるようで、どんなに泣いていたとしてもすぐに泣き止んだ。


 そしてやがて、その歌はナーシャのお気に入りになってくれたようだ。

 だから今もこうして、楽しいことがあると決まって口ずさむ。

 そういう歌だった。



「うふふ。ねぇ、ナーシャ」

「うん? なんでしゅか?」

「ナーシャは今、楽しい?」

「うん~~! 楽しいでしゅ! お歌も歌えるし、だいしゅきなお兄たまお姉たまがいつもいっしょにいてくれましゅ。お勉強もしなくていいでしゅし、毎日楽しいでしゅ~!」


「そっか」

「うん~~~!」

「辛いこととか怖いことはないかしら?」

「う~~~ん? ちょっとだけ怖いことがありました。でも、今はぽこちゃんもいましゅ! ぽこちゃんが側にいれば、ナーシャは怖くないでしゅ!」

「そっか」



 終始ニコニコしている幼子に、イリスは瞳を細めてこれまでの出来事を思い出して胸の奥が痛くなる。

 仕方がなかったとは言え、こんなちっちゃな子を危険な旅に連れ出すことになってしまった。


 多分、今頃は追手も差し向けられているだろうし、今日は巨狼にまで襲われてしまった。

 幸い、大事なかったが、今後もうまくいくとは限らない。


 だから、彼女は護衛の意味も兼ねて幻魔の卵を無理やり買い取ったのだ。

 王国内で成体なんて買えば目立って仕方がないし、それにナーシャとフレッドには隠された力がある。


 それを使えば、もしかしたら普通の個体を買うより卵を買って契約した方がいいのではないかと、そう考えたのだ。

 リスクも当然ついて回るが、彼女は信じていた。

 フレッドの力を。

 そして、誰よりも大切に思っているナーシャの力を。

 そして、



(卵はもう一つある。そちらからも狙い通りのものが出てくれたら……)



 現在、幻魔契約していないフレッドとイリスだが、ナーシャの力さえ使えば本当に三人とも普通の個体ではなく、希少価値の高い幻魔を連れて歩けるかもしれない。


 幻魔を連れている=ビーストテイマーではないが、それに類する者として偽装工作できるかもしれない。


 多少の小細工は必要だが、契約の腕輪なしに連れ歩けるのはテイマーだけなのだから。

 何より、有事の際の貴重な戦力となり得る。


 イリスは洗い場の側に流れる水路からお湯をすくうと、ナーシャの身体にかけてやった。

 ナーシャは再び鼻歌を歌い始めていたのだが、唐突に、



「お姉たま」

「うん? 何かしら?」

「一つお願いがあるでしゅ」

「うん?」

「ナーシャ、お兄たまとも一緒にお風呂入りたいでしゅ! そしてそして、みんなであらいっこしてみたいでしゅ!」



 振り返って楽しそうに言うナーシャ。

 自分の思いつきがとても素敵なことのように感じられたのだろう。両手を上に上げて大はしゃぎしていた。

 しかし――



「なんですって……?」



 逆にイリスの顔が凍り付いた。

 そして数秒後、彼女の目尻は垂れ下がり、ニヤニヤ笑い始める。



「うっふふふ……ナーシャ」

「うん~~?」

「それは実に名案ね! うっふふふ……ナーシャを出汁に使って……それで……うふ……うふふふふ……」



 際限なく妖しげな笑みをこぼす姉を前に、



「お姉たま、顔が怖いのでしゅ!」



 銀髪を頭の上でまとめていたナーシャは小首を傾げるのだった。




◇◆◇




【フレッドサイド(三人称)】



「ううう……! な、なんだ、今のは!?」



 一方その頃、フレッドは一人、借りた宿の一室で人前には出せないぽこちゃんと仲良く二人お留守番をしていたのだが、急に背筋が寒くなってぶるっと震えた。



「ま、まぁいいや。それより、荷物整理でも――ん?」



 フレッドはベッドの上を飛び跳ねるぽこちゃん、ではなく、ベッド脇に置かれていたイリスの道具袋から一冊の本がはみ出していることに気が付いた。



「これは……日記か?」



 他人の日記を見る趣味など彼にはない。

 ゆえにフレッドは親切心でそれを戻してやろうとしたのだが、運悪く手元が狂い、バサッと転がり落ちてしまった。

 仕方なく、拾って入れようとしたのだが――そこで固まる。



「俺……?」



 たまたま開かれていたページに、自分のことが書かれていたからだ。



「え……っと……」



 盗み見なんて男のすることじゃないと自らに言い聞かせつつ、彼は湧き上がってくる興味を懸命に振り払って本を閉じ、中へと戻した――と思ったのだが、気が付いたときにはがっつりと中身を確認していた。


 そして、書かれていた内容を見て、絶句してしまうのであった。




◇◆◇




【ヤ○デ■女王様の妄想日記】



 ○月×日――


 十歳になりました!

 国中を上げて盛大に祝ってもらえました。

 でも、一番わたしが嬉しかったのは、大好きなあの人と二人きりでお祝いの時間を過ごせたことです。


 本当に最高の一日でした。

 いっぱいハグしてもらいました!

 幸せいっぱいになれるアレも、いっぱいしてもらいました!

 本当に、わたしは幸せ者です。


 あの人もきっと、わたしのことが大好きで大好きで仕方がないんだと思います!

 わたしはず~~っと、ず~~っと、あの人と一緒に生きていきます!!

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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