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暴漢者と傍観者

「おいっ、しっかりしろ!」



 状況がよく飲み込めず、カウンター近くで固まっていた俺たちや、呆気にとられている他のハンターたちを余所に、カウンター奥から飛び出してきた壮年の男性職員が男に近寄った。


 飛び込んできた男は酷い怪我を負っていた。


 全身に切り傷ができていて、出血が酷いのか、息も絶え絶えといった感じになっている。

 しゃがみ込んでその症状を確認していた男性職員が振り返る。



「誰かっ。回復薬と回復魔法を!」

「は、はい!」



 職員の声で止まっていた時間が動き出した。

 女性職員たちも慌ててカウンター内に置かれていた回復薬を手に取り駆け寄っていくと、傷を負った男に無理やり飲ませ始める。


 別の職員はハンターの一人と思われる若い男を連れてやってくると、二人して魔法詠唱し始めた。

 おそらく、回復魔法で傷を癒やすつもりなのだろう。


 先程の女性が飲ませた回復薬は主に自然治癒力を増幅させて止血や傷の再生を促す作用があるのに対して、魔法は瞬間的に外傷を癒やすといった効果が期待できる。


 そのため、回復魔法の方が遙かに有用性は高いのだが、失われた体力や気力、魔力といったものは取り戻せない。


 なので、一番いいのはその両方を使うことだった。

 この場にいる誰もがそれを心得ているようで、そのお陰で暴漢に襲われたらしい男の傷が瞬く間に治癒されていった。



「す、すまない……助かったよ……」

「いったい何があった? またいつものアレか?」

「あ、あぁ……。広場を歩いていたら、突然、男が暴れ出して、それで周りにいた連中を……」



 相変わらず血塗れで痛々しい姿をしている細身で若い男。

 そんな姿を幼いナーシャには見せられないからと、男が入ってきた瞬間にイリスがナーシャを胸に抱きかかえて背中を向けていた。

 俺は彼女と目配せしてから、二人に近寄っていった。



「失礼ですが、よかったら俺にも状況を教えてもらえますか?」



 もしかしたら、イリスを連れ戻そうと差し向けられている可能性のある追手が、既にこの町に入り込んでいるのかもしれない。

 そんな危機感から、俺は声をかけていた。



「あんたは?」

「あ、はい。俺はつい最近この町にきたばかりの新人ハンターでフレッドって言います。町の状況とかもよくわからないので、一応知っておきたくて」

「そうか。来たばかりなら知らないかもしれないな」



 男性職員はそう言って立ち上がると、被害に遭った男を他の職員たちに命じて奥の救護室へ連れていかせた。

 その言動から、どうやらこの人が支部長らしい。



「現場の確認もしておきたいから一緒についてくるといい」

「わかりました」



 俺はイリスに振り返って合図を送った。

 彼女もそれに黙って頷いた。




◇◆◇




 イリスとナーシャをギルドに残して、現場に向かった俺たちがそこに辿り着いたときにはすべてが終わっていた。

 魔道具製の街灯に照らされただけの闇夜の中にあってもはっきりとわかるぐらい、酷い状態となっていた。


 石畳の噴水広場には血塗れとなった四人の男女がうつ伏せに倒れていた。

 いずれもまったく身動きせず、視界に入った虚ろな瞳から、既に事切れていることが窺い知れた。


 暴漢騒ぎをいち早く聞きつけてきたのだろう。

 現場には大勢の衛兵らが集まっていて、現場検証やら野次馬の排除などを行っていた。



「お前も来たか、ガイアス」

「えぇ、一応、この町の顔役も兼ねていますからね、ギルドの支部長という立場は」



 この町の守備隊長らしい男がガイアスと呼ばれたギルド支部長に渋面を向けていた。



「それで、これはいつもの暴漢騒ぎですか?」

「あぁ。例によって正気を失った男が、近くを歩いていた人たちを手当たり次第にナイフで襲いかかったらしい」

「なるほど」



 支部長は何事か考えるように顎に手を当てていたが、すぐに背後に控えていた俺に向き直った。



「えっと、フレッドくん……でしたか?」

「はい」

「状況は見ての通りです。最近、こういった凶行に走る者たちが増えていてね。酔っているわけでもなく、ましてや根っからの無法者というわけでもない。本当にいきなり頭がおかしくなって理性を失い、人々を傷つけるような言動に走るんですよ。まるで獣のようにね」



 そう言ってどこか意味深な瞳を向けてくる支部長。

 それに対して、彼の相手をしていた守備隊長が眉間に皺を寄せる。



「ガイアス、この若い奴は誰だ?」

「あぁ、この人は最近この町に来たばかりの新人くんですよ。本来であればこういった場には連れてくるべきではないのですが、来たばかりということもありますからね。もし万が一事件に巻き込まれて死なれでもしたら寝覚めが悪いですからね。せっかく、ハンターになったばかりですし」

「そういうことか」



 支部長と同じくそれなりに歳のいった風体の守備隊長は再び、地面に倒れている者たちへと視線を送る。

 支部長も向き直った。



「それで、犯人は?」

「あぁ、そこに倒れている奴だよ」



 顎で指し示した場所には一人の男が倒れていた。細身でどこにでもいるようなぱっとしない男だったが、顔が醜悪なぐらい歪みきっていた。

 しかも、肌の色がどす黒く変色している。



「これって、衛兵の方々が倒されたのですか?」



 俺の質問に、守備隊長が頭を振った。



「いや。こいつをやったのは俺たちじゃない。ついたときには既に他の被害者同様死んでいた」

「そうなのですか。いつもそんな感じで勝手に死ぬんですか?」



 その質問には支部長が答えた。



「まさか。彼らはひたすら暴れ続けるんですよ。ですから、最終的には処理が許されている我々ハンターギルドの人間か、もしくは守備隊が処分することになります」



 つまり、殺すということなのだろう。



「てことは、ハンターがやったってことか」

「いや、そうとも言い切れん」

「どういうことですか?」

「我々がついたときには既に犯人も被害者も死んでいて、目撃者が言うには、灰色のローブを着た奴が一撃でそいつを仕留めたらしい」


「ローブ?」

「あぁ。本来であれば、暴漢を倒したあと、その場に待機して俺たちが来るのを待つ必要があるんだが、そいつはすぐさま闇に紛れて行方不明となってしまったらしいのだ。目下、そいつがどこに行ったのか探しているのだが、今のところはまだな」

「なるほど」



 なんだかおかしなことになったな。


 よくわからない灰色のローブを着た奴が、とち狂った奴を処分して行方を眩ませたとか。

 ただのハンターだったら問題ないのだが、そいつの正体がわからない限りは、俺たちも警戒した方がいいのかもしれない。


 少しでも油断したら、寝首をかかれかねない。

 俺は一抹の不安を覚えながら、周囲を見渡した。

 大勢の野次馬が遠巻きにこちらを見ていた。


 もしかしたら、あの中にその謎の人物がいるのかもしれない。

 俺はイリスと合流するために、支部長と守備隊長に礼を言ってからその場を離れたのだが、



「なんだ……?」



 どこからか、刺すような視線を感じ、立ち止まっていた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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