ぽこちゃんの正体
「それじゃ、いくつかお伺いしたいことがあるんですが」
「はい」
「ギルドには誰でも購入することが可能な幻魔図鑑というものがあるとお聞きしたのですが」
「あぁ……あれですね。魔獣図鑑と幻獣図鑑」
「えぇ」
「一応あるにはありますが、それなりのお値段しますがよろしいですか?」
「構いません。あと、薬草図鑑などもできればお願いします」
「わかりました。でしたら、少しお待ちください」
受付嬢は軽くお辞儀してから奥に引っ込んでいった。
ギルドには常に多くの情報が寄せられてくる。ハンターやテイマーは元より、ギルド独自の情報網や近隣住民などからも毎日のように飛び込んでくる。
その度に情報料を支払い、手に入れた情報を元にして、図鑑や世界情勢を最新のものへと刷新している。
だから、公的情報機関としても機能しているギルドに行けば、常に新しい情報が手に入るというわけだ。
図鑑などもその一種である。
「お待たせしました。全部で金貨六枚になりますが、本当に大丈夫ですか?」
戻ってきた受付嬢の瞳がなんだか疑うように細くなっていた。
「大丈夫ですよ。まぁ、実際、金貨六枚は痛いですけどね」
ギルドも情報を仕入れる際に、見返りとして金を払っている。
ギルド関係者じゃなくても買える図鑑だが、それゆえに高く、おそらく、登録しているハンターたちでも買うようなことはせず、その都度メモしているのだろう。
俺は金を払いながら、
「ゆくゆくは凄腕のハンターやビーストテイマーにもなりたいですからね。そのための投資と考えれば安いもんですよ」
嘘なのか本気なのかわからないが、先刻イリスが口走った発言に合わせるように適当なことを言っておいた。
「うふふ。やっぱり新人さんは希望に満ち溢れていていいですね。ですが、くれぐれも無茶だけはしないでくださいよ? 登録したばかりの方々が己が実力を過信して勝てない相手に挑み、命を落とすなんてことも珍しくないのですから」
「えぇ。わかってますよ。その辺は肝に銘じておきます」
俺はそう答えながら、渡された図鑑を早速開いて、調べたかった最新情報が載っているページを開いてみた。
しかし、俺たちが手に入れた幻獣――ぽこちゃんらしきスライム型のものはどこにも載っていなかった。
「あの……もう一つお伺いしたいのですが?」
「はい、どうぞ」
「えっとですね、このブラックプディングスライムという種族についてなのですが」
「スライムですか?」
「えぇ。こちらに載っている三種類が、現在確認されている個体のすべてですか?」
「おそらく、そうだと思います。種族――というより、個体名ですが、ブラックプディングスライムは現時点では三種類しか確認されていなかったと思います。ただの粘液状のもの。球体に小さな角が生えたもの。それから、たてがみのような棘が生えた芋虫状のものですね。大きさもまちまちですが、すべてに共通しているのは、接触したものはすべて溶かしてしまうということでしょうか」
「強さも最弱だけど、人は襲わない」
「はい。ですが、調教は不可能と言われている種族でもありますね。何しろ、強酸で触れたものを溶かしてしまいますから。たとえ調教できたとしても、幻魔契約はできないですね。連れ歩けませんし、何より契約の腕輪を溶かしてしまいますから」
「やっぱりそうですか」
「はい。ですが、スライムがどうかしましたか?」
「いえ。俺たちはハンターになったばかりですから、最低ランクのスライムの情報を確認しておいた方がいいと思いまして」
「あぁ。そうですね。当面はお二方が相手するのはFランク魔獣ですからね」
受付嬢はなんの疑いもなく、クスッと笑った。
俺はイリスと顔を見合わせる。
彼女の顔は相変わらず上半分フードに隠れているのでよくわからないが、小首を傾げたところを見ると、俺と一緒で内心複雑な思いなのだろう。
一応幻獣図鑑も確認してみたが、そちらにはスライム自体存在していない。
つまり、やはり俺たちが手に入れた幻獣ぽこちゃんは完全無欠の新種ということだ。
魔獣として間違って登録されていることもないし、幻獣認定もされていない。
極めつけは、すべてを溶かしてしまうはずのスライムが契約者のナーシャをまったく溶かすこともなく、それどころか、契約までできてしまっている。
これが何を意味しているのか。
ナーシャの王家スキル『獣魔調教』が凄いのか。それとも、単純にあの幻獣はスライムに似ているだけでまったく生態が異なる別物なのか。
どちらにしても、一つ言えるのは、ぽこちゃんをあまり人に見せない方がいいということだろう。
――しかも、俺のスキルみたいに進化していくみたいだしな。
今はスライムに似ているけど、そのうち別物になることは明らかだ。そんなもの、人に知られるわけにはいかない。
俺はそっと図鑑を閉じて、渡されていたハンターマニュアルと一緒に道具袋に入れた。
図鑑はデカいからずっしりとした重みが、背中にしょった道具袋から伝わってくる。
「何から何まで色々とありがとうございました」
笑顔で頭を下げる俺に、
「いえいえ。うふふ。それでは、あなた方のこれからのご活躍に戦神のご加護がありますように」
受付嬢もにっこりと微笑みながら、帝国が崇拝している戦神に祈りを捧げつつ、深々と頭を下げて俺たちを見送ってくれた。
そんな彼女の声援を背に受け、俺たちはギルドの外へと出ていこうと出入口に歩いていったのだが、そんなとき、突然慌ただしく扉が内側に開けられた。
「た、大変だ! また暴漢が……!」
そう叫んで入ってきた男は全身傷だらけで、床に片膝ついてしまった。
一気に騒然となるギルドホール内。
その場に居合わせたすべてのハンターや職員たちがその男を振り返り、呆然と佇んだ。
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