ナーシャの相棒ぽこちゃん
既に日は落ち、辺りは闇に覆われている。
幻魔屋から噴水広場近くまで戻ってきた俺たちは、リヨンバラッド北東街区に林立する宿の一つに馬車を停車させ預けたあと、例によって一部屋借りてから、再び街中へと繰り出していた。
この宿はエレノアが勧めてくれた使いやすいと言われているところだった。
お勧めというだけあり、値段が庶民的な割に部屋は綺麗だった。
大衆浴場も近くで運営されているし、有料ではあるが、馬車と馬の預かり場所も併設しているから、俺たちにとってはうってつけの宿というわけだ。
そんな部屋を借りた俺たちだったが、宿を出たあと、一応護衛と待ち合わせる場所として指定されていた東門付近まで行ったのだが、衛兵に聞いても誰か人を探しているという人物は見つからなかった。
「どうやらいないみたいね」
「だな。まぁ、極秘案件だから、そもそも衛兵に悟られないようにしてるんだろうけどな」
そうなってくると、合流するのが本当に難しいように感じられてしまう。
「最悪、明日一日ぐらいだったら待ってもいいかもしれないけど――正直、明日の朝にはすぐに出発したいんだよな」
「そうね。じゃないと、追手に追い付かれるかもしれないし」
俺とイリスは表情を消しながら頷き合った。
そんな俺たちの間には、両手を俺やイリスに繋がれて歩いていたナーシャがいた。
彼女が被る黒いフードの上には、先程生まれたばかりの幻魔が乗っかっている。
「しっかし……まさか、俺が選んだあの卵のうちの一つが幻獣のものだったとはな」
あまり見たことのない姿だったが、その見た目から判断しても、おそらくあの個体はギルドに登録されているブラックプディングスライムという魔獣に間違いなかった。しかし、イリスが言うにはどうも、『幻獣ニーズヘッジ・アイズ』というのが正式名称らしい。
なんでこんな食い違いが起こったのかは言うまでもなく、彼女が持つ王家スキル『王者の瞳』に原因があった。
先程、契約が終わってすぐ、彼女が幻獣の個体を調べたのだが、そこで能力や名前などが判明したのだ。
イリスの力は生物が持つ能力や本質を見抜くものなので、相手がどんな個体なのか、おおよそのことは読み取ってしまうらしい。
だから、俺の女神スキルのことも一発で見抜いてしまったし、ナーシャと幻魔契約したこの幻獣の能力や正式な名前まで視てしまったと、そういうことである。
――まぁ、登録されている内容なんてギルドが勝手に書き記したものだからな。
実際にイリスのような能力を持っている人間など、俺は聞いたこともないし。
だったら、幻魔が本当はどんな個体かなんてわかるはずもなく、人間が勝手につけた名前や調べた能力、見た目が登録されていてもおかしくはない。
「だけど、それ以上に驚いたのはその能力だよな」
「まぁ、そうね」
イリスが調べた限りだと、あの個体は成長と共に姿形や能力、名前まで変化していく出世型の幻獣なのだとか。
あの卵が取れたとされるトゥーランの森に幻獣が生息しているという話自体、聞いたことがなかったのに、その上、魔獣含めて出世型の幻獣がこの世に存在しているという話も耳にしたことがなかった。
しかも、その見た目に関しても、ギルドに魔獣として登録されている個体と瓜二つなのに、どこか微妙に食い違っているような気もする。
本当に意味不明な幻獣だった。
「ギルドに登録されているのって、確か、黒いスライムは個体差はあれど、皆同じ種類としてひとくくりされていたよな?」
「確かそうだったと思うわ。私も詳しいことはわからないけど。まぁ、今からギルドに行くし、そこで聞いてもいいかもしれないわね。今回孵った幻獣が登録されているものと同じかどうかも含めて。もしかしたら、そのひとくくりにされている種類の中に、あの幻獣も混ざっているかもしれないし、そうでないかもしれない」
イリスはそこまで言って、にっこりと笑った。
俺たちが今から行こうとしているのはハンターギルドだった。
そこに向かう理由はいくつかあるが、一つはハンター登録するためだ。
ハンターになればギルドの情報網を利用して、この町、この帝国の情報を入手しやすくなる。
ひょっとしたらそれら情報を手に入れれば護衛の人と合流しやすくなるかもしれない。
そう考えたからだ。
それ以外の理由としては、やはり先程生まれたばかりの幻獣の件があった。
イリスが言う通り、ギルドに行けば色々幻獣だけでなく魔獣の情報も掴めるかもしれない。
もし、あの個体がただの魔獣として既に登録されているなら、表向きはただの弱小魔獣として普通に見せても大丈夫だが、未登録だったり、なんらかの曰く付きになっていたりしたら、おいそれと人には見せられない。
「とにかく行ってみないとなんとも言えないってわけか。だけど、こいつはギルドの連中には見せない方がいいだろうな」
俺はナーシャの頭の上に乗っている黒いスライムを見た。
「そうね。もし登録されているのと違っていたら、大騒ぎになりそうだし」
「あぁ」
最悪、連中に取り上げられた挙げ句、しばらくの間、研究するからといって俺たちまでこの町に留め置かれてしまうかもしれない。
そんなことになったら大変だ。
ただでさえ俺たちは危うい状態にあるのに、その上厄介事に巻き込まれたら、追手に追い付かれてそのまま捕縛されかねない。
それに、大事にしていた卵が無事孵って、あんなにもナーシャが喜んでいるのだ。
それなのに、彼女の大切な宝物であり友達であるあの個体を奪い取るような真似をしたら、どんなに悲しむかわからない。
そんな姿、俺は絶対に見たくなかった。
「ナーシャ」
「うん~?」
「えっと、その子、すまないがフードの中に隠しておいてもらえるか?」
「うん? どうしてでしゅか?」
「えっとね。もしかしたら、悪いおじさんたちにその子が取られちゃうかもしれないから、隠しておいて欲しいんだよ」
「なんでしゅとぉ~~!」
ナーシャはフードから覗かせていた大きな瞳を目一杯開いて身体を仰け反らせると、繋いでいた手を素早く離して、さささと、物凄い勢いでスライムをフードの中に隠してしまった。
その上で、右に左にと、忙しなく頭を振って周囲を確認し始めた。
俺はそんな彼女の姿を見て思わず笑ってしまった。
「そんなに慌てなくても大丈夫だって。今すぐ悪い人が来て持ってっちゃうわけじゃないからさ」
「そうなのでしゅか?」
「うん」
俺のことを仰ぎ見ながらぽかんとするナーシャ。
「まぁ、そういうわけだから、とりあえず安心しなよ。だけど、いいかい? くれぐれもその子のことは秘密にしておくんだよ?」
「わかりましたでしゅ!」
大真面目な顔して頷くナーシャ。
俺はそんな彼女に笑顔を見せながら、再び彼女の手を握って歩き始めたのだが、しばらくしてからナーシャが俺の方に顔を向けてきた。
「ところでお兄たま、一つ言いたいことがあるでしゅ」
「うん? なんだ?」
「ぽこちゃんはその子じゃなくてぽこちゃんなのでしゅ」
「はい?」
「いいでしゅか、お兄たま。今度からぽこちゃんのことはぽこちゃんて呼んで欲しいでしゅ」
ナーシャは得意げにそんなことを口にした。
どうやら、あの幻獣の名前のことを言っているようだ。
俺は苦笑しながら、
「わかったよ。次から気をつけます、姫様」
「よろしいでしゅ!」
そう言ってナーシャは本当に楽しそうにクスクス笑った。
俺とイリスは互いに顔を見合わせ、釣られて笑ってしまう。
なんだかこうしてると、俺たち三人、本当に家族にでもなったかのような気がしてきて、妙に胸の奥がじんわりと熱くなってしまう俺だった。
本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!
『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。
皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑




