黒い狼
「くっ……これは、酷いな……」
腰に下げていた竜騎士の剣を鞘から引き抜きながら接近していた俺。
あと十メートルという距離まで来て、現場の凄惨さに息を飲んだ。
空気を焼く炎と天に上る黒煙。
まだ結構距離が離れているというのにもかかわらず、肌をじんわりと焦がす痛みに顔をしかめる。
しかし、それ以上に目を覆いたくなる光景が馬車の周囲に倒れている大勢の人々の死骸だった。
元は草が生えていたであろう馬車周辺のそれは炎によってすっかりと丸焦げとなり、そこに倒れていた被害者たちも同じ末路を辿っていた。
なんとか無事逃げおおせたらしい者たちも、今度は身体中に擦り傷作って草むらの中に倒れている。
中には鋭利な刃で切り裂かれたような傷跡も刻まれていた。
おそらく、それが致命傷になったのだろう。
そんな彼らに、無数の狼たちが群がっていた。
これでは生き残っている人間は誰もいない。
思わずそう、絶望的な気分になったときだった。
「ぃやあぁぁぁ~~~!」
どこか遠くの空から、女性のような甲高い叫び声が聞こえてきた。
「どこだ……? まだ、生きている奴がいるのか!?」
俺は思わず叫び周囲を確認して――いた!
ここよりも更に南の草地。
あと少しで森の中という場所を、誰かが走っていた。しかも、そのあとを追いかけるように、何かが空を飛んで追跡している。
俺はそれだけを確認して無意識のうちに駆け出していた。
しかし、俺のその軽挙な行動は、目の前で屍肉に食らいついていた黒い巨狼たちを自らにおびき寄せることになった。
「ガルルルルルっ!」
草むらの中にいた狼三匹が俺の存在に気が付き、一斉に飛びかかってきた。
「ちぃっ。邪魔なんだよっ」
俺は正面から飛びかかってきた狼を素早く横に飛んでかわし様に、魔法強化された長剣で一刀両断にする。
真っ二つに切り裂かれた巨狼は、断末魔の叫びを上げることすらできずに、肉塊となって地面に落ちた。
そこへ、更に左右から一頭ずつ、俺の頭と足に喰らい付こうと巨大な顎門を広げて迫ってきたが、
「なんだ……?」
俺は一瞬、奴らの残影が視えたような気がして思い切り後方へと飛び退いたが、身体は勝手に動いていた。
自らの攻撃が空振りに終わって、不服そうに地面に着地した左側の狼を上段から斬り伏せる。更にそのままの勢いで、既に第二の攻撃に転じていて俺の腸を食いちぎろうと正面から迫ってきていた巨狼を後方一回転するように蹴り飛ばす。
そして、着地と共に、吹っ飛んでいった狼との距離を一跳足で詰めて長剣を横薙ぎに一閃した。
ザシュッという軽い手応えと共に、黒い狼は真一文字に切り裂かれて絶息した。
「相変わらずの威力だな」
魔法強化された竜騎士の剣は、ワイバーンのような高い防御力を持った敵と戦うことを想定して作られた武器だ。
ゆえに、普通の魔獣が相手だと紙のようにさくっと切れてしまう。しかも、魔法強化のお陰で刃こぼれもしにくい。
「さすがだな。だが、そんなことより今は――」
俺は感心もほどほどに、急いで走り始めた。
馬車の周囲にはもう、魔獣は一匹もいないように見受けられた。
あとは――
ひたすら駆け続ける俺。
徐々に豆粒のようだった女性らしき影が大きくなってくる。
それと共に、彼女を追いかけている影の形も大きくなっていき、
「なっ……バカなっ。あれはインレクティスかっ? なんでこんなところに妖魔がっ」
――そう。
俺から向かってひたすら右方向へと逃げていた女性を追いかけていたのは、翼持つ小さな妖魔だった。
コウモリのような赤黒い翼、額から生えた小さな角。
人の身体の半分ほどしかない大きさの体躯。
その出で立ちは間違いなく、魔の領域と接する国々を斥候として所狭しと飛び回っている妖魔種の一つインレクティスだった。
それが都合三体いて、小さなシミターを手に持ち、キキキと揶揄するような笑い声上げながら追いかけていた。
「くそっ。間に合えっ」
既に女性の真後ろまで迫っていた妖魔。奴らは下卑た笑い声上げながらシミターを頭上へと持ち上げる。そして、そのまま一気に振り下ろしたのだが、そのとき、逃げていた女性が悲鳴を上げながら、派手に転んでしまった。
「きゃぁぁ~~!」
急に目の前から獲物が消え、一瞬戸惑うインレクティス。俺はその隙を逃さなかった。
「これでも喰らいやがれ!」
一気に距離を詰めて、長剣を振り下ろす俺。
「キキ!?」
今更ながらに俺の存在に気が付いた一体が愕然と振り返るが、時すでに遅し。俺の攻撃によって真っ二つに切り裂かれ、そのまま、黒い瘴気となって消えていった。
妖魔族は瘴気――大地を腐らせる負のエネルギーが具現化した姿だという説がある。これまでにも何度か奴らを切り倒したことがあったが、その度に今と同じ現象が起こった。
やはり、妖魔研究者たちが唱える説に間違いはないのだろう。
「次!」
突然倒された同胞の姿に焦ったのか、小さな翼持つ鬼は互いに顔を見合わせると、俺に襲いかかってくる素振りすら見せず、森の方へと逃げていった。
「逃がすかよっ」
すぐさまあとを追いかける俺。インレクティスはただの斥候だ。魔の領域と接していない帝国にいたことには驚かされたが、何か企んでいたとしても所詮は最下級妖魔でなんの力もない雑魚。まだ先程戦った巨狼の方が強いくらいだ。
そんなだから当然、俺はすぐに奴らの背後に追い付き、慌てて振り返って反撃の一撃を繰り出そうとしていた奴らのシミターもろとも、同時に二体を横薙ぎに切り捨てていた。
絶息したインレクティスは先に逝ったもう一体と同じように瘴気となって消えていく。
俺はそれが完全に消えてなくなったことを確認したのち、周囲から別の魔獣が襲ってこないかどうか警戒しながら、地面に倒れていた女性へと近寄った。
「お怪我はありませんか?」
長剣を鞘に収めると、彼女のすぐ足下まで歩いて立ち止まり、笑顔を浮かべながら右手を差し出した。
事の展開についていけてない様子の彼女は呆然としつつも、
「は、はい……」
と、返事して俺の手を掴む。
そのまま引っ張り上げてやってから、俺は改めて彼女の全身を確認し、
「どうやら怪我もほとんどしてないようですね。安心しました」
そう、にっこりと微笑んでみせた。
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