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草原に立ち上る黒煙

「ところで、親父は今頃何してるんだろうな」



 大分日も傾き始めていた。

 国境砦を越えて、秋の色づきが濃くなっている草原をひたすら東南東へと馬車を走らせていた俺たち。

 街道の左右には広大な草原が広がり、その更に先には、左手は山々、右手は大森林が顔を覗かせている。

 そんな場所を走っていた。

 あともう少ししたら、目的の町リヨンバラッドに到着するだろう。



「色々と王家のために動いてくれているとは思うけれどね」



 御者席で馬の手綱を握っていた俺の横に座っていたイリスが必要以上に密着しながら、そう答えてくる。



「王家か。親父が俺を家から追い出さなかったのには何か理由があったんだろうなとは思っていたけど、まさか、イリスたちと通じて策を弄しているとは思わなかったな。しかも、俺の命を救うためにあの手この手を駆使するとか」

「まぁ、それだけ愛されていたってことでしょうね」



 そう言いながら、彼女はどさくさ紛れに俺の左腕を胸の中に絡め取っていく。

 俺は馬車を操作しづらくなって、「うざっ」って思ったけど、とりあえず、なかったことにした。



「兄貴やクラウスもこの件に関与してるのか?」

「どうかしらね。少なくとも、お父様は私が不在の間、裏で王国の未来のために尽力してくれる手筈になっているわ。宰相派に与している一部の王族のことはあれだけど、それ以外の王族は今頃匿ってくれていると思うしね」

「そうなのか」


「えぇ。あとは彼に王者の印を渡してあるから、それを使ってなんとか政権がおかしなことにならないよう踏みとどまってくれるとは思うのだけれど」

「王者の印?」

「詳しいことは言えないのだけれど、先祖代々より受け継がれてきたものってところかしらね」

「そんなものがあるのか」

「えぇ。だから、私のお父様でもあるラーデンハイド卿ががんばってくれている間に、私たちもがんばって王国の未来を勝ち取っていかないとね♪」



 そんなことを言って、更に俺の腕を二つの膨らみの間にぎゅ~ぎゅ~ねじ込んで艶っぽく笑うイリスだった。



「ちょ、ちょっとっ。そんなに引っ張ったら、馬車の操作ミスるだろうがっ。てか、今、お前、俺の親父のこと、自分の親父とか言わなかったか?」

「うん? だって事実じゃない。私たち、今は夫婦なのだもの――きゃ♥」

「何が、きゃ、だよ! それはただの偽装結婚か何かだろうがっ。てか、俺たちのその身分証も姉さんの入れ知恵なのか!?」


「うふふ。どうかしらねぇ。でも、うふふふ。あぁ~幸せ。いつかこうやって、フレくんと新婚旅行してみたいと思っていたのよぉ」

「何が新婚旅行だよっ」

「うふふ。まぁ、二人の恋路を邪魔する悪い人たちのせいで、駆け落ちになっちゃったけどね♪ きゃ♥」



 一人自分の世界に入って際限なく妄想の中でキャッキャし始めた女王様。既に前が見えなくなってしまっている彼女は、自分が何をしているのか理解していない。

 俺は更に腕を引っ張られて、馬車をうまく制御できなくなってしまった。



「うわ! バカ、危ない! 危ないから離して!」

「や~ん! フレくんいけず~!」



 まったく人の話を聞いていなかった。

 そのせいで、


 ガララララっ。


 女王様の馬鹿力によって引っ張られた左腕はそれだけに留まらず、俺の身体すべてが左へとずれてしまった。

 それが決定打となった。思い切り馬車の操縦を誤り、車を引いていた二頭の馬たちが街道を右へと逸れてしまった。

 このままだと、そのうち草原の先にある森の中へと突っ込んでいき、大惨事になりかねない。



「ちょっとっ、イリス! 今すぐ離して! じゃないとっ――」



 俺は懸命に左腕を柔らかい包囲から引っこ抜こうとしつつ、右手だけで馬車を操縦していたのだが、急に左手が軽くなった。

 突然正気に返って前方を見据え始めたイリスが、俺の腕を解放したからだ。



「ととっ――」



 動揺し始めていた馬たちを急いで大人しくさせながら、制御を失いかけていた馬車を慌てて操縦し直す。

 そんな大忙しな俺に、



「ねぇ、フレッド」

「な、なんだ? 今忙しいからあとにしてくれ!」

「うん。でも、少しそのまま街道から外れて直進していってちょうだい?」

「は? イリスはいったい――」



 何を言っているんだと言おうとして、俺もそれに気が付いた。

 馬車の速度がゆっくりとなり、完全に制御を取り戻してほっとしながら凝視した遙か前方。

 銅色に染まった夕空に向かって、一条の黒煙が立ち上っていた。



「なんだ?」

「多分、何かが燃えているんでしょうね。しかも、街道から思い切り外れたあんな場所で」



 俺たちの進行方向は街道に対して南東方面へと向いていた。

 つまり、意味深にイリスが言った通り、本来ではあまり人が立ち寄らないような場所で煙が上っているということになる。

 となれば答えは一つだ。



「誰かが襲われているってことか?」

「間違いないでしょうね。もしかしたら、リヨンバラッドから来たハンターたちが依頼を遂行するために魔獣と戦っているだけかもしれないけど」

「くそっ。急いでいるって言うのに。このまま無視して町に向かったら……」



 最悪、助けられたかもしれない命を助けず見捨てたということになってしまう。俺はそんな男になどなりたくなかった。偉大で高潔な親父の血を受け継いでいるのに、苦しんでいる人たちを助けず逃げ出すとか、選べる選択肢ではない



「イリス」

「わかっているわよ。あなたならそういうでしょうね。ふふ。それでこそ、私の夫よ」



 そうニヤニヤしながら言うと、突然、俺の左頬に唇を押し当ててきた。



「おい! ていうか、誰が夫かっ」

「まぁまぁ、そんなにいきり立たないで。とにかく急ぐわよ」

「たくっ」



 俺は舌打ちしてから、馬を急がせた。

 そして――



「ちっ。やっぱり魔獣かよ」



 黒煙が立ち上っている場所から百メートルほど離れた地点に馬車を停車させた俺。

 周囲は膝までの高さの茶色い草が生えているだけの草原ど真ん中。

 俺たちの周囲には誰もいない。動物も魔獣も。


 そんな場所だったが、少し離れた前方には、黒煙を立ち上らせ激しく炎上している何かが転がっていた。

 おそらく、元は馬車だったんだろう。横転したと思われるそれは、既に黒く炭化していて、骨組みしか残っていなかった。


 離れているからあまり詳しい状況は確認できないが、燃えさかる炎の近くには横たわる馬や人影のようなものが地面に転がっているようにも感じられた。

 そして、



「あれは……狼か……?」



 その倒れる人影などに群がっている黒い四足歩行獣。ここから確認しただけでもざっと三体ほどは蠢いているだろう。



「ちぃっ。既に手遅れだったかっ……だけど――」



 俺は御者台を飛び降りるとイリスを見た。

 彼女は笑顔で頷く。



「行ってちょうだい。こっちは任せて」

「あぁ。ナーシャを頼むぞ」

「言われなくたってそうするわ。だって、私の可愛い可愛い妹だもの」



 そう言って親指を突き立ててくる女王様に笑い返すと、俺は燃えさかる炎に向かって全速力で駆け抜けていった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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