国境の砦
「王国からの旅行者か。目的はなんだ?」
王国と帝国を隔てる山脈に築かれた砦。
鉄格子のようなもので作られた巨大な鉄扉門が王国側と帝国側の出入口に一つずつ設けられており、その間が砦となっている。
砦に入るときには基本的に検閲は行われないが、出るときにはがっつり調べられる。
トゥーランからひたすら南東へと延びていた街道沿いに馬車を走らせてきた俺たちは、町を出て一時間もしないうちに、同盟関係にある両国が共同で管理している国境の砦に到着していた。
俺たちが今足止め食らっているのは、そんな、帝国側に築かれた門の前だった。
「はい。帝国ではハンターやテイマーの育成が盛んと聞いています。ですので、まず帝国で修行をして、正式にハンターデビューしようと思って帝国を訪れました」
俺は事前にイリスから教えられていたでたらめな理由を話していた。
どうやらこれも、姉さんの筋書きらしい。
帝国がハンターやテイマー育成に力を入れているというのは本当のことだ。
王国が竜騎士育成や女神スキル研究を重要視しているように。
これから赴く帝国には王国にあるそういった特殊な制度や力がないので、その代わりに幻魔を従わせて戦わせる幻魔兵団を設立したり、あるいは魔法研究を盛んに行ったりしているそうだ。
なので、それを踏まえた上でもっともらしい理由を上げておけば、とりあえずは怪しまれないとのことだった。
「なるほど。まぁ、俺たち衛兵ほどではないが、ハンター稼業も大変と聞く。せいぜい怪我をしないことだな」
そう言って、砦出口側で検閲に当たっていた帝国衛兵は身分証明書を返してくれる。
「一応、積み荷の検査もさせてもらうぞ?」
「はい。どうぞ」
俺はそう答えながらも内心、鼓動が早くなっていた。
理由などしれている。荷台には例の卵が置いてあるからだ。
結局、なぜあんな危険なものを購入したのかについての説明は一切してもらっていない。
幻魔契約して幻魔を使役するだけなら別に問題ない。敵と遭遇したときに役に立つからな。
だが、テイマーでもない俺たちがあんなものを買ったとしてもまるっきり意味がないのだ。
それどころか、卵が孵った瞬間襲われて大怪我しかねない。
――何より、卵を持っているのがバレたら衛兵にどんな目で見られるかわからない。
無資格者が持っていたら、何か企んでいると思われても仕方ないからだ。
――まぁ、実際に何か企んでるんだろうけどな。どっちの腹黒姫か知らないが。
姉さんか?
それともイリスか?
そんなことを考えていたら、荷台の幌が開けられて、衛兵二人が中を物色し始めた。
その様子を、俺は開けられていた御者台側の幌の間から眺めていた。
「ふむ。後ろはただの乗り合いか。怪しそうなものも……ないか」
衛兵二人は、シートの上でちょこんと座るナーシャを無視して、床や別のシートの上に置いてあった荷物を物色していた。
そちらには食料や衣服、医薬品、旅をする上での便利な道具類などが置かれている。
別段、彼らが言う通り、怪しいものは置いていない。
――なんとかなりそうか。
俺はそう、胸を撫で下ろしたのだが、
「ぅん? ……ぅおおお~~! なんじゃこりゃぁ~~!」
衛兵二人のうち、壮年のおっちゃんが素っ頓狂な声を上げていた。
彼が見ている先は……
――やばい! ナーシャ!
そう。彼が驚愕しながら見つめていたのは、おかしなおっさんを凝視して小首を傾げていた黒ローブ姿の幼いナーシャだった。
彼女の膝の上には、大事そうに抱えられた鞄が置かれている。
それは幻魔屋で一緒に買った、幻魔の卵が割れないようにするためのものであり、かつ、卵が孵りやすくするための機能が備えられた専用の魔道具だった。
さすがにそのまま持ち運ぶと一発でバレてしまうので、一応ただの鞄のように加工してあったのだが。
――まさか見つかったのか!?
俺は血の気が引いて、思わず荷台へと飛び込みそうになってしまったのだが、次の瞬間に巻き起こった珍事に唖然としてしまった。
「うほぉ~~! これは天使か! いや! 天使以上に天使だ! まさしく、神話の時代にこの世界に住んでいたとされる女神様の御使い様のようだ!」
帝国には王国のような運命の三女神様信仰などといったものは存在しない。
この大陸には大陸全土を支配するような巨大な宗教というものが存在しない代わりに、それぞれの国でそれぞれの神や事物が崇拝されている。
そのため、王国では三女神崇拝が基本だが、帝国や教国などでは別の神が信仰の対象となっていた。
彼が叫んだ女神や天使といった言葉はおそらく、ただのおとぎ話か何かに由来するものなのだろうが。
ナーシャにゆっくりと近寄っていたおっさんは彼女の足下にしゃがみ込んでから、人のよさそうな笑顔を見せた。
「お嬢ちゃん、名前は? ――あぁ、そう言えば先程身分証明にあったな。ナーシャか。いい名前だ。しかも、本当に可愛らしい」
おっさんはいきなり幼女相手に世間話を始めた。
相好も崩し、デレッとしている。
どうやら、卵に気が付いたのではなく、ナーシャの天使のような可愛らしさに気が付いてしまったようだ。
――うんうん。よくわかるぞ、その気持ち。
などと感心している場合ではない。
あまりこんなところでもたもたしていたくないし、万が一卵に気付かれたら面倒だ。
「あの、衛兵さん? もう行ってもよろしいですか?」
「うん? あぁ、そうだった。すまん! つい、都に住んでいる娘のことを思い出してしまってな」
おっさんは後頭部に手を当て、照れ笑いを浮かべながら、もう一人の衛兵と一緒に馬車を降りた。
「娘さんですか」
「あぁ。もう随分会ってないな。この砦に赴任して辺境勤めになってしまったからな。ホント、ナーシャちゃんだったか? お前たちの妹のように本当に可愛らしいんだよ」
「そうなんですか。それは是非会ってみたいですね」
「おう! もしいつかどこかで再会することがあったら、そのときには俺の娘に会わせてやるよ。そんでもって、目一杯褒めてくれ! かっはっはっはっ」
おっちゃんは豪快に笑ってから、
「ようこそ、我らがユーグリッヒ帝国へ。旅の武運を祈っておるぞ」
終始ニコニコしながら、俺たちを通してくれた。
旅の無事を願ってくれた人のいい衛兵に、俺は元騎士として心からの敬意を示すために胸に手を当て敬礼し、馬車を走らせた。
今日も雲一つない快晴。冬が近づいているとは感じさせないぐらい、心地よい秋の微風が吹いている。
街道沿いを流れる茶色に色あせ始めた草原を眺めながら、俺は次に立ち寄る予定の帝国辺境の町リヨンバラッドに思いを馳せた。
初めて訪れる町。そこではいったい何が待ち構えているのか。
心に広がる高揚感のようなものを味わいながら、ふと、何気なく、幌の開けられていた荷台を一瞥した。
そこには大人しくちょこんと椅子に座っているナーシャがいたのだが――
「ぽこちゃ~ん。早くナーシャに会いに来てくださいね~」
そんなことを言いながら、専用の鞄に収めた二つの卵を大事そうに抱えていた。
真剣な顔で蓋を開けて卵を撫でている幼子は本当に無邪気で愛らしい。しかし、
「ん?」
一瞬、彼女の身体と卵が仄かに青白く光ったような気がして、俺は思わず凝視してしまった。
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