銀髪姉妹に襲われる元竜騎士
ただ買い物に出かけただけなのに、まさかこんなにも疲れるとは夢にも思っていなかった。
宿に戻ってきた俺はすっかりくたびれ果ててぐったりしてしまった。
結局、なぜ卵を買いたがっていたのか、その理由も告げず、幻魔屋でほとんどただ同然で買ったあと、泣きそうになっている店主に背中を見せて次に向かった先は、日用雑貨や保存食売り場、それから衣料品売り場だった。
俺もイリスもそこまで金に余裕があるわけではなかったが、次の町に辿り着くまでには一日、二日はかかる。
それを考慮して色々買い足しておかないといけなかったのだ。
だから別に、立ち寄るのは別段問題ない。しかし、あの女王様、服屋に寄ったときに、
「ねぇねぇ、フレくん~。これとこれ、どっちが好き~?」
と言って、いきなり自分の身体に下着をあてがって見せびらかしてきたのである。
それを見たナーシャまで真似してきて、小太りな女性店主に至っては、
「あらまぁ……! うっふふ、今夜は楽しみね、旦那さん♪」
と、エロい顔でニヤニヤされてしまったのである。
「はぁ……ホント疲れたなぁ」
改めて先程の出来事を思い出し、うんざりしながら窓側のベッドの上に大の字になって寝転がった。
結局、無駄遣いはするなと、無理やり引っ張って宿に戻ってきたわけだが、件の女王様は先程から自分の指に嵌めた金色の指輪を見つめてうっとりしていた。
「はぁ~……素敵ねぇ。いい掘り出し物が手に入ったんじゃないかしらぁ?」
いつになく上機嫌だった。
なんの変哲もない安っぽい金の指輪だが、当然のように左の薬指に嵌めている。
この世界でも、左の薬指に指輪を嵌めることで結婚している、もしくは婚約者がいるということの証となる。
つまり、どさくさに紛れて既成事実の一つを作り上げようとしていたのである。
しかも、サイズがぴったり合ったのが奇跡というより他なかった。
「まぁ、なんでもいいけど……ナーシャは……」
こちらはこちらで、もう一つのベッドの上に並べられた大量の戦利品のうち、小さな彼女では両手で抱えなければ持てない大きさの卵を二つ並べて撫で撫でしていた。
「今日からあなたはぽこちゃんでしゅ。いい子でしゅから、早く生まれてくるんでしゅよ~~」
なんだか妙に真剣な顔をして、魔法を唱えるように一生懸命話しかけていた。
普通であれば微笑ましい光景に思わずニヤけてしまうところだが、いかんせん。彼女が触っているのは幻魔の卵である。
しかも、今じゃすっかり彼女のおもちゃやペットみたいになってしまった卵だが、あれは成体であっても調教不可能と言われているほど凶悪な個体が生息しているとされる、曰く付きの森で取れた卵である。
「俺、あんまり孵って欲しくないんだけどなぁ……」
横向きに寝っ転がりながら、ベッドの上で可愛らしい姿を見せてくれているナーシャを眺めながらそうぼやいていると――
ザザザザザー。
強烈な殺気を感じて慌てて飛び起きようとしたのだが、すべては遅かった。
「フレくんだ~~~い好き!」
瞳に妖しい光を宿したイリスがなんの脈絡もなく飛びかかってきた。
「つっ……!」
避け損なった俺は思い切りベッドの上に押し倒されてしまった。
そしてそのまま、俺のことが好き過ぎる女王様が犬のように首筋へむしゃぶりついてくる。
「私、あなたからもらった結婚指輪、一生大事にするからね!」
盛りのついた雌犬のように顔やら首筋やらに頬ずりしながら、とんでもないことを口走る女王様。
「結婚指輪って……! 何言ってんだよっ。俺たちはそういう関係じゃないだろうがっ」
「うん? フレくんはおかしなことを言うのね? 私たちは夫婦じゃない♪」
「夫婦なわけあるかっ。あの身分証明書は偽造だろうに!」
「うふふ。偽造といっても、本物と同じ場所、同じ製法で作ったから、ある意味本物よ! つまり、私たちは正真正銘の夫婦なのよぉ~!」
そんなことを言ってうっとり顔となる彼女は、身体を押しのけようとがんばっていた俺の肩を押さえ込みにかかった。
「うっふふ。さぁ、誓いの口付けを……」
完全に暴走してしまっている彼女を止められる者は誰もいない。
武を重んじる王家の象徴とも言える彼女は、剣術も馬術も身体能力も何から何まで規格外だ。
ただ運に恵まれて一時的にジークリンデの契約者になったような凡人の俺とは格が違う。
というわけで、一気に押し込まれてしまいそのまま――
「あ~~~。お姉たまじゅるでしゅ~! ナーシャもしゅるでしゅ~~!」
例によって昔みたいに唇を奪われたかと思ったとき、可愛らしい銀髪ツインテの幼女がすっ飛んできて、俺の顔の真横へと飛びついてきた。そして、
チュッ。
左頬に思い切り口付けされてしまうのであった。
「あぁぁぁぁ~~! ナーシャ! 何してるのよっ」
「えへへ。ナーシャ、やってやりましたでしゅ!」
そう言って左手を胸に当てて、可愛らしく敬礼してみせる彼女。そんな幼子に煩悩の塊な女王様はいつまでも呆然とし続けていた。
◇◆◇
「まったく……酷い目に遭ったよ……」
ナーシャの乱入で正気を取り戻したイリス。
彼女から解放された俺は、一階の食堂に夕飯を食いに行くために身支度を整えていた。
「まぁまぁ、そう言わずに」
イリスとナーシャは再び旅装束の上からすっぽりと黒いローブを羽織っていた。
その上で、なぜか左右をがっつりと銀髪姉妹に挟まれる俺。
俺は軽く溜息を吐いたあとで、
「ところで、あの話は本当なんだろうな?」
「うん? なんのこと?」
「俺のスキルのことだよ。バグった俺のスキルが実は王国始まって以来の異常なスキルだったって話」
「あぁ、そのことね」
彼女はフードをかぶりながらそう言うと、
「本当のことよ。フレッドのスキルは普通の女神スキルじゃなかった。スキルの構造それ自体がおかしかったのよ。私が持つ王家スキル『王者の瞳』ですら、あなたのスキルがどういった種類のものなのか、まったく見通せなかった女神スキルだったんだから。こんなこと、王国建国以来、おそらく初めてだと思うわ」
「だから、俺のスキルを誰にも読めないように隠蔽したってことか。『王者の瞳』と対をなすもう一つのスキル『王者の指先』で」
他者が持つ能力や人物像を見抜く必要のある王者にとっては必須級といっても過言ではない王家スキル『王者の瞳』と、自分や他人の能力を見えないように改ざんしてしまう『王者の指先』というスキル。
洗礼の儀のおり、俺のことを見ていた彼女は誰よりも早く俺に宿った女神スキルの能力を理解し、瞬間的に隠蔽した。
それが、俺のスキルがバグった原因の真相だった。
「えぇ。そんなところね」
イリスはそう答えて口元に謎めいた笑みを浮かべる。
すべては俺のため。
自分で言うのもなんだが、愛する男が陰謀に巻き込まれないようにするための咄嗟の判断。
しかし、それが原因で俺が転落したと思ってひたすら自責の念に囚われた。
だからこそ、そのことを親父に相談し、結果的に、以前から動いていた王国ならびにイリスたち二人を救済する計画に俺も乗っかることになった。
「これも宿命か」
俺はそう、独りごちた。
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