幻魔屋1
連れ込まれた幻魔屋は、夜の市場同様かなり薄暗い場所だった。
酒場などは魔道具製のランプやろうそくの明かりなどでかなり明るく照らし出されているが、この幻魔屋は所々に仄かな光が灯されているのみ。
おそらく、幻魔を扱っている関係上、彼らを刺激しないようにという配慮からなのだろう。
俺たちはそんな店舗の中を奥へと進んでいった。
そしてすぐに立ち止まる。
「いらっしゃいませ、よくぞお越しくださいました」
俺たちを迎え入れてくれた男は全体的に細身で、赤髪を後ろに流しているような風体をしていた。
色とりどりのひらひらした長めの上衣と、だぼっとしたズボンをはいている。
目つきは鋭く、口髭と顎髭も生えている。
歳は五十は過ぎているだろうか。
どことなく、悪徳貴族を彷彿としてしまうが、その反面、顔に浮かべているのは商売人の笑顔だった。
幻魔屋の店主と思われる男の前で立ち止まった俺は、改めて周囲を観察した。
薄暗い店内には中央にまっすぐ延びた細い通路のようなものが作られ、その左右には巨大な檻が奥に向かってずらりと並んでいた。
天井方向にも積み上げられている場所がある。
それらの中には俺が知っている種類の幻魔や、まったく知らないものまで色々放り込まれていた。
「こういうところ来るの初めてだけど、結構大人しくしているんだな」
檻に入れられた幻魔は人間を見ると暴れるものとばかり思っていた。
何しろ、売られている幻魔はまだ、人間と契約していないのだからな。
「勿論ですよ、旦那様。この店に並ぶ幻魔たちは一流のビーストテイマーたちによって、すべて調教済みですからな」
「なるほど」
手をすりあわせてニヤニヤしているおっさんは、
「それで、本日はどのような商品をお求めですかな?」
そう続けて声をかけてきた。それにイリスが応じる。
「幻魔の卵ってあるかしら?」
「卵、ですかな? あるにはありますが……失礼ですがご婦人方は、ビーストテイマーか何かで?」
「ぃえ、違うわ。ただの旅人よ」
そう言ってニコッと笑う彼女に、店主はどうやら面食らってしまったらしい。
開いた口が塞がらないといった感じになっている。
――まぁ、無理もないだろうなぁ。
幻魔というのは調教できるものとそうでないものが存在する。
一般的に、ビーストテイマーと呼ばれる魔獣捕獲や調教、卵回収を生業としている者たちがこういった幻魔屋で売られている幻魔を捕獲してくるわけだが、彼らが調教できる個体というのは既に成体や幼体となっている幻魔だけなのだ。
中にはまったく調教できない成体とかもいるが、腕のいいテイマーであれば大抵のものは調教してしまう。
しかし、そんな彼らでも唯一調教できないものが存在する。
それが幻魔の卵だった。
当然である。
まだ生まれてすらいないのだから、調教などできるはずがない。
そして、そこに幻魔契約の落とし穴が存在する。
幻魔はテイマーたちによって、しっかりと人間の言うことを聞くように調教されてからでないと、契約できないのだ。
理由は至って簡単で、今でこそ当たり前のように存在している幻魔契約だが、本来であれば、ビーストテイマーでもない普通の人間は幻魔と契約することなんかできないのだから。
ビーストテイマーは長年にわたって培った技術によって幻魔を調教し、彼らと契約することで意のままに操ってしまえるが、普通の人間にはそれができない。
だから、ビーストテイマーのように普通の人でも幻魔と契約して操ってしまえるようにと考えられたのが幻魔契約である。
そして、その契約のために必要となってくる工程こそが、まさしくテイマーによる事前調教と、契約の腕輪と呼ばれる魔道具を使って行う契約の儀だった。
そういったわけで、いくら卵を手に入れてそれが孵ったとしても、ただの旅人がすぐに契約の儀を行って契約できるというものではない。
一度、生まれた幼体をテイマーが調教しないといけないからだ。
それなのに、テイマーでもないイリスが卵に興味を持っている。店主が驚くのも無理からぬことだった。
「ちょっと、イリス。卵なんか見てどうすんだよ」
俺は軽く肘で小突いてやったのだが、顔半分見えない彼女の口元は相変わらずニコニコしていた。
「ちょっと見たいだけよ。ねぇ、店主さん? 見せてくれるのかしら? それともダメなのかしら?」
なんだろう。
声は非常に澄んでいて年頃の愛らしさに満ちているのに、俺は寒々しいものを感じた。
「ひっ……わ、わかりましたっ……今すぐお見せいたします! ど、どうぞこちらへ……!」
なんだか暗がりでもわかるぐらい、異様に店主さんが顔面蒼白となって小走りに奥の方へと走っていってしまった。
――なんだぁ?
俺はそう思ってイリスを見たのだが……。
「う……」
思わず逃げ出したくなるほど、ゾッとするような笑みを浮かべていた。
どっかの誰かさんにそっくりな艶然とした笑い。
「さ、さぁて……い、行こうか、イリス」
「えぇ、そうしましょう」
彼女はそんなことを言って俺と腕を組んで歩き出す。
「ナーシャもぎゅ~しゅる~~!」
それを見たナーシャまでイリスに拘束されている左側ではない反対側に回って俺の腰にしがみついてきた。
「……なんだかなぁ」
二人の少女にサンドイッチにされた俺は渋々、その状態のまま店主が立ち止まっている場所まで歩いた。
「これか」
「へ、へいっ」
なんだかしゃべり方までおかしくなっている店主のおっちゃん。
彼が指し示していたのは一つの巨大な檻だった。
位置的に言うと、通路の最奥左手下の檻、といったところか。
この通路の先にも扉があって、店はまだ奥へと続いているようだが、おそらくそこは幻魔契約するときに使用される契約の間か何かだろう。
俺たちは店主が開けてくれた檻の中へと入った。
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