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最後の王国観光

 もうじき夜の帳が落ちようかという時分だった。

 季節は冬が差し迫っているような時節だが、それでも昼間は暖かい。

 多少薄着でいてもこの時期の王国は暖かい方だ。

 しかし、この時間帯になるとさすがに冷えてくる。


 もうほとんど周りは薄暗くなっているので、街中にはちらほらと、魔道具で作られた街灯が灯り始めていた。

 空や街中も大分闇に包まれ始めている。

 そんな夕闇時だったが、俺たちは今、市場に顔を出していた。

 目的はずばり、帝国へと落ち延びる前の最後の王国観光だった。


 俺たちの当面の目的地は、帝都と定まっている。

 王都を追放された俺も元々帝国方面へと旅立つつもりでいたし、先刻聞かされた皇后テオドラの計画によると、イリスの目的地もどうやら姉のいる帝都ということになるらしい。


 なので、姉が立てた計画のこともあったが、イリスがどうしても俺をそこへと連れていきたいといって聞かなかったので、成り行き上仕方なくではあったが、俺は共に帝都を目指すことにしたのである。


 そんなわけで、明日の早朝にはもう、この町を発たなければいけないし、この町を出たらもう、あとは国境を越えるだけなので、思い入れのある王国での最後の観光をしたかったということなのだろう。

 この町を旅立つ前に、色々見ておきたいとイリスに懇願されてしまっていた。


 ――まぁ、帝都まではそれなりの距離もあるしな。途中色んな町を経由することになるけど、最低限の物資を補充しとかなくちゃいけないし。


 必要不可欠な最後の王国観光、といったところか。

 俺はそんなことを考えながら、改めて周囲へと視線を投げた。

 今俺たちがいる市場は、借りている宿を少し西へ行ったところの大通りを渡った先にある。

 そこには観光客や旅人、地元住民など、様々な人々が詰めかているような露天通りとなっていた。

 生活雑貨を売る店や、食料品を販売する店、衣料品や薬品、その他諸々の店が建ち並んでいる。


 この露天通りは西に向かって延びる通りの両脇に店舗が建ち並んでいて、一番突き当たりに、大きなテント小屋が建っていた。

 この町は辺境ということもあり、それほど町の規模は大きくないが、王都よりも賑わっているのではないかと思えるほど活気があり、この時間帯の市場は人でごった返していた。


 さすがにこんな状況だからな。

 俺もあまり表だって顔を見せるのははばかられるということで、厚手の旅装束に着替えた上で、この町に来るまでに使用していたマントだけでなく、イリスが用意していたショールのようなものを使って、顔の下半分を覆い隠していた。


 対するイリスたちも当然、顔を晒すわけにはいかない。

 そんなわけで、例によって黒いローブを着用して、フードで顔の上半分を隠していた。



「それで、何を見るんだ?」



 二人は仲良く手を繋いで物珍しそうに露天を覗いていた。

 俺たちが今いる場所は露天通り入って中程まで歩いた場所。

 通り左手に店を開いていた宝飾屋だった。



「いらっしゃい! 今日もいいのが揃ってますぜ」



 両手をすりあわせて、満面に愛想笑いを浮かべる露天商。

 多分、歳は四十そこらではなかろうか。

 酷くこなれた感があり、ぱっと見、悪徳商人かどうかはわからない。



「フレッド?」

「うん?」

「ここに並んでいる商品の中で、適当に気に入ったものを手に取ってみてくれるかしら? ――お店の方? 品物、触ってもよろしくて?」

「勿論でさ! 気のすむまで触ってくんな」



 店主は相変わらず上機嫌にニコニコしていた。

 イリスたちは質のいいローブを身にまとっているし、ただそこに立っているだけで気品に満ち溢れているから、露天商にとっては上客にしか映っていないのだろう。



「――そうだな」



 俺は彼女に言われて改めて商品の数々を物色した。

 目の前に並んでいるのは所謂アクセサリー類だった。どこにでもありそうなものから、少し変わったものまで存在する。

 動物や花がモチーフになったブローチや、複雑な彫刻が施された髪飾り、あとはどこかのチンピラが好んで身につけていそうなドクロマークの指輪なんてものまであった。



「これかな?」



 俺はそう呟きながら、翡翠色のペンダントを手に取ったのだが、なぜかその瞬間、理屈とかそういったことを抜きにして、『これ、なんか嫌だな』と思った。

 値段を見ると金貨一枚とか法外な値段が設定されていた。

 この辺境の地だと、ケチれば金貨一枚で一月ほどは宿を借りられるぐらいの価値がある。



「どう?」

「いや、やっぱりなんかしっくりこない。こっちの方がいいかもしれない」



 俺に宝飾品を目利きするような能力なんてものは備わっていないし、貴族の家に生まれはしたが、あまり華美な生活を好まなかったということもあり、衣服や宝飾品に対するこだわりなんてものも持ち合わせてはいなかった。


 なので、本音で言えば、『あんまりよくわからない。だから、どれでもよくない?』だった。

 しかし、そんなことを口にしようものなら、間違いなくイリスの鉄拳が飛んでくる。

 そのため、決して本心がバレないようにしながら、なんとなく気に入った品物を手に取ってみた。

 どこにでも売られていそうな、なんの装飾も施されていない金の指輪。

 こちらは銀貨一枚という値段だったが、先程のものよりかは断然、お得に感じられた。



「じゃぁおじさん、それもらうわ」



 イリスはそう言うと、さっさと金を払って次の店に移ってしまう。



「あ、おいっ……ちょっとっ」



 俺は慌ててあとを追いかけた。

 相変わらず自由な女王様だった。

 思わず、振り回され続けていた幼少期の頃を思い出してしまう。

 あの頃もよくこうやって、彼女のあとを追いかける羽目に陥ったものだ。


 しかもあの人、今も昔も変わらず、歩くのが速い。さすがヴァルトハイネセンの血は伊達ではないということなのだが、なんか、ナーシャまで歩くの速くない?

 あんな天使みたいな女の子まで将来、イリスのようなお転婆娘になるのかと思ったら、非常に残念な気分になってしまった。



「次はここがいいわね」

「うん~~! ナーシャもここがいいでしゅ~~!」



 ひたすら西へと歩き続けて立ち止まった露天通りの突き当たり。

 そこは例のテント小屋だった。



「ここは?」

「多分、幻魔屋じゃないかしら?」

「幻魔? なんでこんなところに」



 俺たちの目の前に立つ大きなテント小屋は、どうやら幻魔売買店のようだった。

 幻魔とは幻獣と魔獣という意味で、文字通り、それら魔獣たちを販売している場所だった。

 この大陸では、大抵どこの国でもこういった店が存在している。


 売られている幻魔は契約して使役することが可能で、主従関係が成立した彼らと共に妖魔や野良魔獣といった害敵と戦ったり、乗り物として活用できたりする。

 幻魔とは、そういった便利な生き物だった。


 しかも、俺はあまり詳しくないのだが、契約すると、どうやら戦闘系女神スキルを習得したときと同じように、それぞれの幻魔が持つ常時発動している身体強化スキルの恩恵にも(あずか)れるようになるとのことだった。


 俺もジークリンデと契約していたが、彼女は普通の幻魔契約とは違うので、そういった特殊な恩恵を授かったことはない。

 しかし、その代わりといってはなんだが、彼女と契約した者しか知らない特殊なスキルを使用することが可能となる。


 このことを知っているのはおそらく、古の時代より盟友として共に生きてきた女王クラスの王族や俺、ジークリンデぐらいのものだろう。



「にしても、こんなところに来ていったい何しようって言うんだ?」

「うん? 別にどうもしないわよ? ただ、色々見たいものがあったから来ただけよ」



 イリスはそう応じて、顔半分が見えないフード姿の状態でニコッと笑う。

 そのぷるんとした唇が、片方だけ吊り上がっている。



「……なんかお前、変なこと考えてるだろ?」



 宿で落ち込んでいた姿など露ほどにも感じさせない笑み。

 立ち直ってくれたのはいいが、俺は、彼女の口元を見て嫌な予感しかしなかった。

 俺は小さな頃から一緒に育ったから、よくわかるんだ。

 俺にしかわからない微かな変化。


 イリスは何か企んでいるときには決まって妖しい笑みを浮かべる。

 この笑みを浮かべているとき、俺は何度追いかけ回されたかわからない。

 超高速で後ろから追いかけてくるあいつの姿が、いかに恐ろしかったか。


 あの姿はまさしく百キロなんちゃらのようだった。

 経験したことがある人にしかわからないあの恐怖。

 そう。つまり俺。俺しかあの怖さを理解できない。

 昔を思い出して思わずぶるっと震えてしまった俺を見て何を思ったのか。



「とにかく入りましょ。ね? あ・な・た♪」



 そうニヤニヤしながら俺の腕に絡みついてくると、そのまま引きずるようにテント小屋の中へと連れ込まれてしまった。



「ちょ、ちょっとっ」



 俺はいったいこの中で何をされてしまうんだ!?

 そう思わずにはいられないほど、いつの間にか、周囲は完全に夜闇に包まれていた。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

『ブックマーク登録』や『☆☆☆☆☆』付けまでして頂き、本当に嬉しく思っております。

皆さんの応援が執筆の励みとなり、ひいては大勢の方に読んでいただくきっかけともなりますので、今後ともよろしくお願いいたします(笑

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