慌てる宰相と恋敵?
【宰相サイド】
「大変でございます、宰相閣下殿!」
ヴァルトハイネセン王国王都中央に位置する王城の一室。
そこはこの国の宰相であり、今やラーデンハイド公爵家を抑えて五公爵家筆頭へと上り詰めていたリッチ公爵が執政を行う執務室だった。
「なんだ騒々しい!」
ノックもせずにガバッと押し開けられた豪奢なドアに、齢五十八を過ぎた皺の濃い白髪赤瞳の男が顔をしかめた。
「そ、それが女王陛下が……!」
「あぁ!? イリスがどうしたって?」
そう答えたのは執務机の横に立っていた十七歳の少年だった。彼は青髪赤瞳がよく似合う美形の男子で、リッチ公爵の嫡男でもあった。
名をレンディルと言う。
そんな彼は父親同様、眉間に皺を寄せて舌打ちした。
「は、はいっ。仕えの侍女たちによりますと、少し用があるとおっしゃったきり、朝からお姿がお見えにならないとのことです!」
「姿が見えないだと? どういうことだ? 侍女どもはいったい何をやっておったのだ!」
語気も荒く椅子から立ち上がる宰相。
「ち、父上。何が起こったというのですか?」
「そんなもの、このわしが知るか! 馬鹿たれが!」
リッチ宰相は酷く立腹したように、息子の頭をど突いた。
「いてっ」
レンディルは涙目となり、恨めしげに父を見つめるが、そこへまたしても兵の一人が駆け入ってきた。
「た、大変でございます!」
「今度はいったいなんだというのだっ」
もはや内心の怒りを隠そうともしなくなった宰相は、部屋の出入口辺りで息を切らして立っていた衛兵へと詰め寄ると、その胸ぐらを掴んだ。
「か、閣下……!」
「何をまごついておる! さっさと言わんか!」
「そ、それがその……しゅ、守護竜ジークリンデ様が……」
衛兵はそこまで言って目を回してしまった。
宰相は思い切り舌打ちすると、役に立たなくなった衛兵を床へと投げ捨て、足早にドカドカと部屋の外へ歩き去っていった。
そのあとを慌ててレンディルが追いかけていく。
そして、二人は王城の地下にある広大な天然洞穴『守護竜の間』へと足を運び、二人同時に絶句していた。
「ふむ……遅い到着だな」
「貴様……! これはいったいどういうことだっ。なぜ守護竜の姿がどこにも見当たらない!?」
王城の地下深くに存在する巨大なドーム状の天然洞穴。
そこには同じように、城の外へと通じる一本の大きく口を開いた横穴ができていたのだが、そこがまるで、何かに溶かされたかのように壁がどす黒く変形していた。
そして、見渡す限りの伽藍堂。
本来ここには、翼を折り畳んで休んでいる王城よりも巨大な銀竜がいるはずだった。
しかし、宰相たちの目の前には今、猫の子一匹たりとも存在していなかったのである。
――いや、数人の騎士姿の男たちがその場にいた。
フレデリックの元父であるラーデンハイド公爵と、その嫡男グラークの二人、それから王政派に属する騎士たち数名だった。
ラーデンハイド公爵は至極、沈着冷静な顔を浮かべたまま、真っ赤な面貌で唾を飛ばしているリッチ宰相を直視した。
「どういうことだと言われてもな。見たまんまだと思うが?」
「見たまんまだと? 貴様、それが何を意味しているのかわかっておるのか!?」
「無論だ。大方、どこかの誰かさんが役立たずを追放したことに嫌気が差して、この王国を見限ったのではないのかね?」
「てめぇっ、何言ってやがる!」
冷めた眼差しを向けて冷淡に皮肉を言うラーデンハイド公爵に、宰相ではなくレンディルの方がぶち切れて罵声を飛ばしていた。
そんな息子を、宰相が制する。
「騒ぐな、小童が!」
「し、しかし、父上!」
物言いたそうにする息子を宰相はあからさまに無視し、ラーデンハイド公爵を睨めつけた。
「ラーデンハイドよ。まさかとは思うが、貴公の仕業ではあるまいな?」
「どういう意味だね?」
「決まっておる! 貴公が息子であるフレデリックを追放された腹いせに、ジークリンデを逃がしたのではないかと、そう申しておるのだ!」
再度激高する宰相に、ラーデンハイドは鼻で笑った。
「これはこれは。何を言うかと思えばバカバカしい。そのような益にならんことをして、なんの得があるというのかね?」
「得だと!? そんなものは――」
そう、宰相が何事かを反論しようとしたときだった。
「も、申し上げます、宰相閣下殿!」
守護竜の間へと、数人の衛兵がドカドカと駆け入ってきて、一斉に片膝ついて畏まった。
「今度はなんなのだっ」
激怒する宰相。
「は、はいっ。陛下の、女王陛下らしいお方が城外へと出ていかれたという報告がたった今、入って参りました。し、しかも……」
そこまで言って言い淀んでしまう衛兵に、宰相は残っていたすべての理性が吹っ飛んでしまったようだ。
持っていた宰相位を表す杖を石床に激しく打ち付ける。
「さっさと申せっ」
「は、はいぃっ。その、大変申し上げにくいのですが、女王陛下と思われるお方が王妹殿下らしい幼子と一緒に、馬車で王都を南下していったとのことでした! 更に、その傍らには――」
兵士は一度、宰相の後方で冷めた顔して成り行きを見守っていたラーデンハイド親子を一瞥したあと、
「先刻、国外追放となりました逆賊、フレデリックが一緒だったという噂が――」
衛兵の言葉は最後まで続かなかった。
「ふざけるなよ!? てめぇ、でたらめ言ってんじゃねぇぞっ、ごらぁ!」
父親同様理性の飛んだ嫡子レンディルが足音立てて詰め寄ると、そのままの勢いで衛兵を蹴り飛ばしていた。
「がはっ……」
女神スキル『聖剣』の恩恵により身体能力が強化された彼の蹴りの威力は凄まじく、蹴られた兵士は血反吐を吐いて遠くの壁まで吹き飛ばされていた。
その姿を見た他の衛兵すべてが青くなる。
しかし、彼の怒りはそれで収まらなかった。
「フレッドフレッドフレッドォォ……! ぐあぁぁぁぁぁぁ!! くそがぁぁ! あいつはいったいどこまで俺の邪魔をすれば気がすむんだっ。やっと婚約までこぎつけたというのに! あとちょっとで俺のものになっていたはずなのに! それなのに逃げただとっ? あのクソ雑魚岩石野郎と逃げただとっ? ふざけんじゃねぇぞっ!」
激情に駆られる彼は、顔を赤黒く変色させながら、更にすぐ近くにいた衛兵へと八つ当たりの蹴りを入れようと足を振り上げたのだが――
「止めんか、馬鹿たれがっ」
「ガッ……」
寸前で、父である宰相に殴り飛ばされていた。
息子同様、八つ当たりの鉄拳を浴びせた宰相の一撃により、右頬を真っ赤に腫れ上がらせて床に叩き付けられるレンディル。
宰相はそれを、獣を見るような眼差しで一瞥してから、
「貴様らっ、今すぐ愚かなバカ娘を連れ戻して参れっ」
「は、はいっ」
宰相の厳命に飛び上がって部屋を出ていく衛兵ら。
ただそれを舌打ちしながら見つめるガルガリオス・アーザスター・リッチ宰相。
そんな彼らを冷めた目で見つめていたラーデンハイド公爵は……口元に笑みを浮かべるだけだった。
「フレッドめぇ……!」
血の混じった唾を地面に吐き捨て立ち上がったレンディルは、憤怒の形相のまま外へと歩いていく。
「待て! どこへ行く気だ、バカたれが!」
「どこへ行くだと? そんなもん、決まっているだろうが! あのクソ野郎をとっ捕まえて、二度と俺の邪魔ができないように八つ裂きにしてやるまでだ! そんでもって逃げた――いや違うな。俺の婚約者であるイリスが逃げるはずがない――そうだ。奴だ……。あのクソ雑魚野郎に拉致されたあいつを! この俺の手で奪い返してやる!」
そう罵り眼つけてきた息子の常軌を逸した眼差しを受け、宰相は思わず息を飲んでいた。
まさに狂戦士。
憎悪に狂い、血に飢えた化け物。
そうとしか表現できないような歪みきった相貌だった。
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