起死回生の秘策と決断1
「そもそものきっかけは、あなたのお父様の一言から始まったの。お姉様を頼ってみてはどうかって」
彼女はそう前置きしてから、イリスの姉であり現在帝国の皇后の座に君臨している元ヴァルトハイネセン王国第一王女だったあの人が立てた計画の一端を話し始めた。
「今の王国の政治中枢がおかしくなっていることはあなたも知っているでしょう?」
「あぁ、宰相を始めとした権力欲にまみれた連中が裏で暗躍していることは知っている。俺の家もその権力闘争の渦中にいたからな」
そのせいで、今の王国は権力が二分されてしまっているといっても過言ではない。
宰相派閥と王政派。
その王政派の中に、俺の実家であるラーデンハイド公爵家がある。
しかし現状、二つに分かれているとはいっても、もはや権力のすべてが宰相派に一極集中されてしまっていると見て間違いないだろう。
王族の中にも一部、宰相派に与している連中もいるくらいだし、既に現女王であるイリスに味方しているのは残りの王族と親父たちぐらいだろう。
それ以外の貴族連中はすべて宰相派と見て間違いない。
そんなだからもはや、傀儡政権に成り果てているようなものだった。
「私もこれまで色々やってきたわ。先代が亡くなって十三歳で玉座につき、摂政なしには政治を行うことはできなかったけれど、それでも先代――お母様と同じやり方で政治を動かそうと努力してきたのよ。でも、すべてあの宰相に阻まれてしまった。摂政役となったあの人に」
数年前。多分、先代女王が謎の死を遂げてからだろうか。
急激に権力闘争が激化したような気がする。
それまでは偉大なる先代女王の下、宰相であるリッチ公爵家もその取り巻きの派閥サイドも、他の貴族たちも、そして、俺の実家であるラーデンハイドも含め、どこかの家が突出するような状態にはなっていなかった。
裏で宰相が何かよからぬことを企んでいたという噂もあったが、奴は権力欲の塊であっても政治家としては優秀だった。
そして、そんな曲者ですら手玉に取ってしまうのが先代女王と言われていた。
ゆえに、彼女はそれすら利用して、宰相の政治手腕をうまく活用する形で掌の上で踊らせていたのである。
しかし、先代が謎の死を遂げてから一気に情勢がきな臭くなった。
本来であれば女王の座についたイリスの摂政役を担うのは王家の友と言われていたラーデンハイド――つまり、親父だったのだ。
それなのに、何をどうやったか知らないが、気が付いたときには宰相がその地位に収まっていたのである。
親父は裏でなんとかしようと動いていたらしいが、すべては手遅れ。
こうして、摂政役が「うん」と言わなければろくすっぽ新たな政策も通らないような傀儡状態が二年もの間続き、イリスが成人を迎えた頃にはすっかり、権力が宰相サイドに一極集中されてしまったというわけだ。
「だから私は、今のこの状況をなんとかしたくて、あなたのお父様を頼ったのよ。古き時代よりずっと変わらず王家に忠義を尽くしてくれているラーデンハイド公爵家に」
「そうだったのか。まぁ、俺が言うのもなんだけど、妥当な判断だろうな。親父はホント、その辺に関しては堅物だから、王家に絶対忠誠だし、何より、色々頭が回る」
状況によっては策謀が及ばないことも多いけどな。
「えぇ。そうね。でも、その辺はやはり、宰相側にも見抜かれていたから、より一層、あなたの家は宰相たちによって隅に追いやられていった。だから、あなたのお父様に公の場では必要以上に会談の場を持たない方がいいと、何度も釘を刺されたわ」
「何か策を弄していると考えるのが普通だからな」
「そうね。なので、お父様とお会いするときにはいつも、歴代女王にしか伝えられていなかった秘密の部屋で密談を重ねていた。そのときに、さっき話したお姉様の話が出たのよ」
「姉さんを頼れか……」
「えぇ……今の王国の政情を打開できるのはお姉様くらいだろうって」
「なるほど。まぁ、姉さんなら本当になんとかしちゃうかもしれないけど――それで? あの人はなんて言ってきたんだ?」
じっと見つめる俺にイリスは悔しそうにしながら、
「……ひとまず王都を離れて、帝国へと落ち延びなさいって言われたわ」
「……そういうことかよ」
俺は思わず天を仰いでしまった。
イリスやナーシャがなぜ王都から飛び出してきたのか、その理由を知って溜息が漏れる。
既に大多数の有力者や軍部のほとんどが宰相派によって掌握されてしまっている。
そんな状況で、イリスや親父が孤軍奮闘しようとも、できることなど限られている。
いくら帝国から姉さんがああだこうだ指示したとしても、何もできずに宰相派によって押し潰されてしまうのがおちだ。
だったらいっそのこと、一時的に帝国へと亡命し、再起を図った方がなんぼもましだと考えるのが普通だからな。
――しかも、イリスには最大級の弱みまである。それが、時間だった。
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