田園都市ミュンヘル
翌朝。
俺たちは皇后テオドラの計らいにより、田園都市ミュンヘルにある領主の館で身体を休めていた。
昨夜巻き起こった王国からの追跡部隊や突如として現れた妖魔たちとの死闘に幕が下りたあと、とりあえず現場はそのままに、生き残った帝国兵らに案内される形で俺たちは目的地の田園都市ミュンヘルに入ることになった。
その日のうちに、皇后は一人、転移魔法で帝都へと帰還していったが、その際、事後処理や近隣周辺の警戒のために千人規模にわたる兵をここへと派兵すると言っていた。
もし、順調に準備が整うようであれば、今日中にはこの町に到着するとのことだった。
それから、一応俺たちは生き証人みたいなものだから、本来であれば実況見分やら事情聴取やらに付き合わなければならないのだが、立場が立場である。
引き続きエルレオネもいたし、新たに俺たちの護衛に加わってくれた皇后付きの近衛騎士であるアルガイル・アーレンカイオスもいたから、その辺はすべて免除されることになった。
形的に、俺たちはもう皇后陛下の賓客ということになっているから。
まぁ、街の外で悠然と寝ているデカブツのせいで、おそらく素性がバレてしまっているだろうから、嘘っぽいと言えば嘘っぽいんだけどな。
「お兄たま! 見てください! このふんしゅいしゅごいんでしゅ!」
昨日のうちにテオドラ姉さんの回復魔法によって、俺たちは身体の傷すべてを癒やしてもらっていたので、至極、体調も良好だった。
そのためか、昨夜、戦闘終了後、満身創痍の俺たちの姿を見て悲しそうにしていたナーシャが今ではすっかりと元気を取り戻し、噴水前でキャッキャしていた。
今俺たちがいる場所は、領主の館前にある前庭だった。
この田園都市はその名の通り、田舎町のような作りをしているので、観光客などをターゲットにした店舗などはそれほど多くはない。
四角い城壁の中央に巨大な噴水広場があり、その周辺に一部、宿屋や旅人向けの店、ハンターギルドなどが並んでいるだけだ。
他の建物はすべて、この都市で暮らす農民のためのものだった。
この都市の周囲に展開されている穀倉地帯で働く彼らのための住居や、生活雑貨、食品などが販売されている市場のみ。
そんなだから町に派手さはなく、領主の館もそこまで華美ではなかった。
「ナーシャは相変わらず元気で可愛いな」
俺はぼ~っとしながら、ベンチから立ち上がった。
前庭には館から正門までの丁度中央に噴水があり、その周囲に石畳が円形状に敷かれ、更にその周辺に花壇などが作られている。
その花壇の手前に設置されていたベンチに、俺とイリスは座っていたのだ。
「ねぇ……」
「ん?」
俺同様立ち上がり、噴水たもとで飛び跳ねているナーシャへと一緒に歩いていくイリス。彼女はどこか機嫌が悪そうだった。
「ナーシャが可愛いのは私も認めるわ。何しろ、私の自慢の妹だもの」
「うん。そうだね」
「だけれど」
そこで言葉を切って立ち止まると、俺にぎゅ~っと抱きついてきた。
「おい! いきなりなんだ!?」
しかし、俺の訴えは無視される。
「私は!? 私、一度もフレッドから可愛いって言ってもらってない!」
「いきなりなんの話をしている!?」
「決まってるでしょ!? 私のこと、可愛いって言いなさいよっ」
「なんでだよっ。てか、みんな見てるから離せよっ」
まだ朝食を取ってからそれほど時間が経っていない頃合だ。おそらく、九時とかそのぐらいだろう。
既に前庭には庭の手入れをするために、この屋敷に詰めている使用人たちが屋敷から出てきて仕事をしていた。
更に、エルレオネとアルガイルも共に、少し離れた木陰からこちらの様子を窺っている。
見ると、二人とも、どこか呆れたような顔色を浮かべていた。
「絶対に離さないわ! 可愛いって言ってくれるまで離さないんだからっ」
「おい!」
相変わらずの暴走怪力女の包囲から懸命に逃れようとしていると、
「あ~~! お姉たま、じゅるいでしゅ! ナーシャもしゅるでしゅ~~!」
例によって、ちびっ子が駆け寄ってきて、俺の腰にまとわりついてくるのだった。
前後を銀髪姉妹にサンドイッチにされた俺。
(まったく、人間というのはやっぱり、解せない生き物ね)
「ピキッキ~~♪」
足下で冷めたように溜息を吐く、猫なのか犬なのか狐なのかわからない神獣のシロ。
足下でぴょんぴょん飛び跳ねている、スライムなのかなんなのかわからない白い翼を生やした真っ黒いスライム型幻獣のぽこちゃん。
押しくらまんじゅう状態となった俺は、ひたすら天に向かって悲鳴を上げるだけだった。
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