猛り狂う屍鬼神たち
状況がよくわからなかったが、帝国兵たちが俺たちを援護するような形で乱入してきてくれたお陰で、死獣のような姿をした魔獣たちの注意が兵たちへと逸れ、俺たちはもみくちゃにされずにすんだ。
しかし、その代わりに戦場は混沌を極めていた。
既に乱戦となっていたその場では、敵味方入り乱れてそこら中で怒号が飛び交っていた。
どす黒い瘴気をまとった大型魔獣や、以前出会った骸骨ハンターのような姿をした死人たちを撃退する一方で、攻撃食らって血飛沫上げて倒れる者たちもいた。
敵を倒したときに大量の鮮血と共に瘴気まで浴びてしまったようで、汚染された兵らがかつて出会った暴漢のように正気を失って同士討ちし始める者たちまでいた。
本当に混沌とした阿鼻叫喚の地獄絵図。
それでも、帝国兵は各都市の守備隊とは言え、相当な実力者たちの集まりらしく、甚大な被害を出すことはなかった。
徐々に敵の数も減り始めており、そんな状況下で、俺たちはあのデカブツと相対していた。
「アルガイル! 来るのが遅いですよ!」
突進してきた雄牛の注意を引きつけるように、奴へと戦斧槍を振り下ろし様に横っ飛びにかわすエルレオネ。
彼女が繰り出した炎の斬撃によって、雄牛の顔面が切り裂かれ、更に、飛び散る黒い血潮共々、獣毛が延焼した。
「仕方がないだろう! 何度も何度も予定を変更されては、対処できるものもできん!」
金髪碧眼の美丈夫が、白銀の鎧同様、光り輝く長剣を雄牛の横っ腹目がけて袈裟懸けに振り下ろした。
「ゴガアアァァッァッ!」
激痛のためか怒りのためか、モレクスもどきの雄牛が空気を切り裂くような雄叫びを上げて後ろ立ちになった。
「まずい! 退避しろ!」
アルガイルと呼ばれた金髪の騎士が叫び様に、思い切り後方へと跳躍した。
彼の反対側――モレクスの左脇腹付近にいたエルレオネも慌てて下がった。その瞬間、どか~んと、爆音轟かせてモレクスもどきの前肢が大地へと叩き付けられる。
それは周辺一帯すべてに地揺れや衝撃波として伝わり、空気や大地を震わせた。
「イリス! 逃げろ!」
精霊の力を集めて一気に敵を切り裂こうと少し距離を取っていた俺は、雄牛の背後で縦横無尽に剣を振り回していた彼女が逃げ遅れているのを視界に捉え、思わず叫んでいた。
彼女は咄嗟に防御体勢に入って後方へと跳躍したが意味をなさなかった。
雄牛を中心に十数メートル規模にわたってすり鉢状となって抉られた大地同様、大気を切り裂く衝撃波が周辺一帯に吹き荒れ、イリスは思い切り、それを食らって後方へと吹っ飛ばされてしまった。
「くそっ」
衝撃波や大地の鳴動が収まり、再び次の獲物を求めて狙いを定め始める雄牛。
奴の頭が後方へと巡り、全身を切り裂かれて痛みに耐えながら立ち上がろうとしていたイリスを捉えた。
「まずい!」
いくら彼女の能力が桁外れといっても、さすがにあの状態で避けられるとは思えなかった。
このままで、雄牛の頭突きによる衝撃と、巨大な角によって串刺しとなったイリスが即死するのは明らかだった。
俺は中途半端な状態の精霊力が宿った剣の柄を両手に握りしめ、雄牛の背後へと襲いかかろうと身構えたのだが、それを視界に捉えたらしいエルレオネが、
「フレッド様はお控えください! あなた様だけが切り札となり得るのです!」
そう叫んできて、止められてしまった。
「しかし!」
「状況はよくわかりませんが、エルレオネがそういうのであれば、作戦通りになさってください!」
加勢に来てくれたアルガイルという騎士にまで、よく通るデカい声で諫められてしまった。
そして二人は再び、雄牛へと特攻していった。
イリスへと攻撃を定めていた巨大な敵が、まとわりつく二人の猛攻に咆哮し、後ろ蹴りをエルレオネに食らわせようとする。一方で、首を振って、正面に回っていたアルガイルを角で切り刻もうとした。
二人はイリスと同等かそれ以上の手練れと見えて、信じられないような動きで雄牛を翻弄し始めた。
しかし、彼らにできることはそれだけだった。
二人が加えた渾身の一撃と思しき攻撃を食らっても、雄牛は頑強な鎧でも身にまとっているかのように、薄皮一枚ほどしかダメージを与えられなかったのだ。
加えて、エルレオネの炎の一撃を浴びても、部分的に獣毛が燃え上がることはあっても全身火だるまとなって肉が焼け焦げることもなかった。
立ち上る瘴気が原因か、それとも獣毛や肉がそもそも燃えにくい素材でできているのか。
奴の身体は炎に対する耐性がついているような気がした。
最初に感じた通り、あの魔獣なのか妖魔なのかよくわからない屍鬼神という存在はやはり、災厄級だった。
だから、俺たちは一計を案じることにしたのである。
『フレッド様! あれを倒さないことには、バル=アレイモスと名乗った敵と相対することもままなりません! ですので、私たちが時間を稼ぎます! あなた様はその間にあれを!』
そう指示され、俺は戦闘開始直後に戦線離脱し、ひたすら周囲から精霊力をかき集めて例によって、峡谷でぶっ放したあの一撃を雄牛に叩き付けようとしていたのである。
もしあれでもダメならもう、俺たちに打つ手はなかった。
「だが……中々精霊力が集まらないんだけどなっ……」
俺は周囲を警戒しながら、自身の周りに視線を投げた。
俺を中心に、半径一メートル圏内には既に、大勢の光り輝く精霊たちが集まっていた。
彼らによって、夜の帳が完全に落ちてしまった辺り一帯が明るく照らし出されている。
一見すると十分集まっているような気もしたが、おそらくこの程度では、奴にダメージを負わせることはできても倒すことはできないだろう。
だから俺はすべての魔力が尽きるのを覚悟で更に精霊たちを呼び集めようとしたのだが、ある一定量集まって以降、それ以上集まらなくなり始めていた。
「くそっ。この周辺にいる精霊たちはこれがすべてってことか!?」
吐き捨てるように言いながら、全神経を研ぎ澄ませて、精霊神術スキルによって感じられるようになった精霊の息吹に意識を集中する。
ちょっとずつだが確実に精霊力が長剣の剣刃へと集まっているのがわかった。
それと共に、剣の光が輝きを増していき、膨大な質量を伴う長大な光の剣へと成長していく。
「だが、まだだっ。もっとだっ。もっと力を俺に!」
全身を駆け巡るおぞましい喪失感に意識が持っていかれそうになったが、必死で堪えた。
今ここで諦めてしまったらすべてが終わる。
苦痛に耐えながらも戦線復帰して、いつの間にか攻撃に加わっていたイリスも含め、この場にいるすべての人間が息絶える。あの夢の通りになってしまう。
空高くから面白そうに戦場を見下ろしているあの傀儡神将と名乗った妖魔がどう動くかはわからないが、奴が動く前に雄牛にやられてしまったらなんの意味もない。
「だから……!」
俺はすべての魔力が尽きかけそうな感覚に苛まれながらも更に精霊たちに語りかけた。
そこへ、
(ま~~ったく。世話焼けるんだから!)
そう頭に響く声を発しながら俺の左肩へとぴょんと飛び乗ってきた真っ白い生き物がいた。
「お前、シロか……?」
(他になんに見えるって言うのよ――たくもう。どうしてこの私があいつの匂いがプンプンするあんたなんかに力貸さなくちゃいけないのよ。おまけにこんなにいっぱい精霊呼び集めて。鬱陶しいったらないわね!)
言いながらも、真っ白に発光し始める神獣さん。どうやらなんらかの力を発動し始めているようだった。
「ピキッキ~~~♪」
胡散臭く感じながらも、俺は更に意識を精霊たちへと傾けようとしたのだが、そこへ、今度はぽこちゃんが現れて俺の右肩へと乗ってきた。
「ピキキ~!」
幻獣ぽこちゃんは何を言ってるのかさっぱりだったが、やはり彼もまた青白く光り輝き始めた。
「お前らいったい何をしている?」
呆然としかかったところへ、今度はナーシャが近寄ってきた。
「ナーシャ! どうしてこんな危ないところに出てきたんだ! デールは何してるんだよっ」
俺の非難の声が聞こえたのだろう。背後から近寄ってきたナーシャの護衛役を務めていたデールが申し訳なさそうな顔をして、俺の前へと姿を見せた。
「いや、止めたんだが、どうしても行くって聞かなくてな」
「そうでしゅ! ナーシャもお兄たまのお力になりないのでしゅ!」
そんなことを言って、両拳を胸の前で合わせながら、目をキラキラ輝かせる幼子。
(まぁ、これだけ戦場から離れていれば大丈夫でしょ? 雑魚はあっちの人間たちが相手してくれてるし、問題はあの化け物だけだし)
「それはそうだが」
(それよりも、あんたは意識を集中して! 今から私たちがあんたに魔力を譲り渡しながら、更にこの周辺一帯にいるすべての精霊たちを呼び集めるから!)
「精霊を呼ぶだって? そんなことできるのか?」
(できるに決まってるでしょうが。私を誰だと思ってるのよ? 世界に数体しか存在しないと言われていた神にも等しい神獣の一柱なのよ? 本来であれば、精霊たちや妖精と一緒に私たちも女神に仕えていた立場なんだから。だから、私が精霊に働きかけられないなんてことあるわけないでしょうが)
「だけどお前は精霊が……」
(えぇ、そうよ。大嫌いだわ! だけど、今はそんなこと言ってる場合じゃないのよっ。見なさいよ、あれを!)
俺はシロに促されて雄牛を見た。
遠目からもわかるほどに、奴の周囲に舞っている瘴気の色が濃くなり始めていた。
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