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バル=アレイモス

 レンディルたちが去り、数十メートルの距離を取ってその場にいたのは俺たちと巨大な化け物たちだけだった。

 奴らは俺たちが瘴気の塊となった死者たちと戦っている間も打ち倒したあともまったく動く気配を見せなかったが、やおら、モレクスもどきの雄牛から、黒甲冑の鬼が地面へと飛び降りてきた。



「来るぞ! 油断するな!」

「わかっているわ!」



 緊張しながら身構える俺たちへと、鬼は両手を広げながら近寄ってきた。



「よくぞ、我が屍鬼神たちを退けたと言っておこうか、人間諸君よ」



 そう言って、二、三十メートルほど手前で立ち止まる鬼。

 白い歯を見せ嘲弄するように笑う双角の黒鬼に、俺は冷や汗をかいた。

 あとちょっとでミュンヘルへと辿り着き、そこさえ過ぎれば帝都はもう目前だったのだ。

 それなのに、俺たちの行動を読んだレンディルたちに先回りされた挙げ句、死闘の末に撃退したと思ったら、奴らより数百倍厄介な存在が目の前に現れてしまった。


 ――凶悪な強さを誇る、おそらく最上級妖魔二体……!


 剣を交えなくともわかる。あの鬼の強さは桁外れだった。背後に控えるように佇んだままだった雄牛もこれまでに出会った魔獣や妖魔たちとは比べものにならないほどの強さを秘めているが、眼前の鬼はそれを優に超えていた。

 おそらく、俺たちが束になってすら叶わないだろう。

 それほどに実力差がはっきりしていた。



「お前はいったい何者だ!? 見たところ妖魔のようだが、なぜこんなところに妖魔がいる!」

「フフフ、なぜと言われても答えようがないな。何しろ、この大陸、この世界はすべて我らのものなのだから。我がどこにいても問題なかろう?」

「お前たちのものだと? ふざけるな! この世界は貴様ら妖魔のものじゃない! ましてや、お前らが住処にしている魔の領域もだ! 今すぐ、闇の世界へ帰れ!」



 少しでも気圧されたら、その瞬間にすべてが終わるような気がした。

 こんな桁外れな強さを持つ妖魔がいるだなんて話、生まれてこの方一度も聞いたことがなかった。

 本来であれば奴らの生息域である魔の領域や国境を接する地域でしか、出没しないような最上級妖魔がどうしてこんなところにいるのかもわからない。


 困惑と焦りだけが俺の心を支配していた。

 おそらく、それはイリスたちも同じことだろう。

 イリスもエルレオネも一様に緊張に身を強ばらせ、額に汗を浮かべていた。

 一方、そんな俺たちとは対照的に、黒鬼は愉快そうに哄笑した。



「クハハハハ! これはいい! 随分と威勢のいい人間ではないか。それでこそ、わざわざ実験中に出てきた甲斐があったというものだ」

「実験だって? お前、いったい何を言っている? お前は妖魔ではないのか?」

「フフフ。貴公ら人間が言うところの妖魔が我々のことを指す言葉であるならば、おそらく、そうなのであろう。だが、我々は自身のことを妖魔とは称していない。我らはすべからく、すべての始まりにして世界の理そのもの。そこに名前など存在はせん」


「世界の理だと? お前はさっきから何を――」

「わからんか? 人間よ。我らは人族よりも更に古い存在だ。人が生まれ出でるより遙か以前からこの世界の一部として存在していたのだ。ゆえに、我らにとっては人族こそが害虫に等しき存在。この世界に巣くう病魔そのものよ。だから我々は、神に見放されたこの世界を救うべく、ここに決起したのだよっ」



 黒鬼が饒舌に言い、叫んだときだった。

 突然、地の底から何かが沸き出してくるかのような地揺れが起こった。

 そして、その直後。


 そこら中から獣の咆哮が轟き渡り、地響き立てて北の森の方から大量の魔獣が現れ、雄牛の周辺へと集まり始めた。その数、五十以上。しかも、そのどれもが腐った死体のようなどす黒い瘴気を漂わせた魔獣たちだった。



「バカなっ……お前、いったい何をした!? なんだあの魔獣たちは!」

「何とは? 屍鬼神たちを呼び寄せたことかな? それとも屍鬼神そのものかな?」

「屍鬼神だと?」

「左様! 我が忠実なる下僕にして、この世界を正しき姿へと変えるための導き手よ!」


「ふざけるな! 何が導き手だ! あのようなおぞましい姿をした獣たちが世界を正しい姿に変えるだと? 冗談も大概にしろ! お前はあの魔獣たちにいったい何をしたんだ!?」

「クク。だから先程から実験と言っているだろう? 人や魔獣、更には改造した妖魔か? それらに我らの生命エネルギーそのものである瘴気を植え込んだらどうなるか。その実験をしたまでのこと」

「な……! お前、正気か!? そんなことをしたら、生物は皆死に絶えるだろうがっ」

「そうだ。だから実験したと言ったのだ。どのくらいの量であれば耐えられるのか。どのくらいの濃度であれば、我が操り人形である屍鬼神として完成形に至るのかをな!」



 黒鬼は喋り終えると、いきなり重力の法則をねじ曲げて空へと飛翔し、再び雄牛の肩の上へと戻っていった。

 俺は愉快そうな笑みを浮かべる鬼の言葉を受け、これまでの旅で遭遇した暴漢や悪霊などの存在が脳裏をよぎり、戦慄を禁じ得なかった。



「まさかお前、最近、各地を騒がせていたあれは、それが原因だったということなのか……? お前がやったというその実験のせいじゃ……!」

「さて?」

「バカなっ……なぜそのようなことをした! どうしてこんな場所まできて、そんな非道な真似をした!」

「なぜと言われても必然だからとしか答えられんな。まぁ、王国にはあいつがいてさすがの我とて動くに動けんからな」

「王国? あいつだと? まさか、それって……!」



 しかし、黒鬼がそれ以上俺の言葉に応えることはなかった。



「ともかくだ。クク。我の研究はまだ完成形には至っておらん。ゆえに、貴公らも、我が実験体となってもらうぞ!」

「くそっ! みんな、来るぞ!」



 俺は叫んで身構えた。

 黒鬼はニヤッと笑うと、右腕を天に掲げて宙へと飛び立つ。



「天魔十二神将が一人、十二番目の傀儡神将(マリオネーター)バル=アレイモスが汝らに命ず! ときは満ちた! この地に住まう人間すべてを飲み込み、瘴気に満ちた世界へと変じよ!」



 それが合図となった。

 けたたましい咆哮を上げておびただしい数の亡霊たちが一斉に襲いかかってくる。



「くそっ。イリス! エルレオネ! なんとしてでも奴らを食い止めてくれ! さもなくば、俺たちに未来はない!」

「わかってるわ! だけど、これはさすがに……!」



 珍しく弱気なイリスが戦闘態勢へと移行する。



「フレッド様、イリス様。万が一の場合には、ナーシャ様をお連れして速やかにお逃げください!」



 エルレオネも鋭い声を出して身構えた。

 迫ってくる魔獣たち。そして、先程まで二足歩行の状態だった巨大な雄牛が四足歩行へと移行し始める。

 ど~んと、地揺れが起こるほど重量のある巨体が前肢を大地に叩き付けた。



「来るぞ!」



 雄牛の赤く光った双眸がより一層輝きを増した。全身から瘴気が立ち上り、突進してこようと体勢を低くし身構える。しかし――



「全軍、突撃~~!」



 そのとき、鬨の声と共に西の空から大勢の帝国兵たちが乱入してきて、俺たちに迫っていた魔獣たちへと襲いかかっていった。

 そして、その中には、一際銀色に光り輝いている金髪の騎士がいた。



「アルガイル……!」



 それを見たエルレオネがそう叫んだとき、俺たちもまた、乱戦となり始めていた戦場へと突入していった。

本作に興味を持っていただき、誠にありがとうございます!

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