策謀、そして、運命の悪戯
一際広い謁見の間。
華美な装飾の施された巨大な扉の奥に、その部屋はある。
奥に向かって長く続く大理石の床と、その上に敷かれた赤い絨毯。
その突き当たりに、一段高くなった場所があり、そこに玉座が二つ設けられていた。
俺から見て左側の玉座に女王イリスレーネが座り、その左隣にはこの国の宰相であり、政財界ならびに軍部すべての実権を掌握している老齢の男――リッチ公爵が立っていた。
そして、その反対側に置かれているもう一つの玉座の右側に、この二年間、一度も顔を合わせていなかった父の姿が。
他にも、謁見の間には絨毯を挟むようにして主立った重鎮五十名ほどが勢揃いしていた。
その中には洗礼の儀のおり、俺に罵詈雑言を浴びせてきたレンディルや、その取り巻き連中もいる。
「今日、この場に呼び立てた理由、察しはついておろうな?」
女王の代わりに口を開いた白髪赤瞳のリッチ公爵。彼はどこか蔑んだような眼差しを向けてきた。
俺は敢えてしらを切ることにした。
「身に覚えがありませんね。なぜこのような罪人みたいな扱いを受けねばならないのですか?」
「なぜだと? 何を抜け抜けと。『みたいな』、ではない。貴様は正真正銘の罪人なのだよっ」
「罪人? 罪状はなんですか?」
「知れたことを! 貴様は二年前のあの日、事もあろうに運命の三女神様を冒涜し、神聖なる洗礼の儀を穢したばかりか、我が国の守護竜であり、白焔の古代竜ジークリンデをたぶらかして貴様の言うことしか聞かぬよう仕向けたであろうが! これは、万死に値する大罪であるぞ!」
「万死だって? しかもジークをたぶらかすとか……」
――何バカなこと言ってるんだ? こいつは。
俺は思わず、鼻で笑ってしまうところだった。
予想はしていたが、本当にメチャクチャな言い草だった。
洗礼の儀がおかしなことになってしまったのは事実だが、女神様を冒涜したことなど一度たりともない。
ましてや、ジークリンデをたぶらかすなど、まったくもって意味がわからなかった。
守護竜は確かに俺が幼少の頃から心を通わし、その結果、歴代最高の竜騎士とまで湛えられた親父にすら不可能だった彼女との竜騎兵契約をすることになったが、白焔の竜騎士の称号を剥奪されてからはジークリンデとは一度も接触していないのだ。
ゆえに、俺が『他の人間の言うことを聞くな』と、あいつに命令なんかできるはずがない。
濡れ衣も甚だしかった。
――大方、俺を利用して政敵である親父を追い落とそうとしているんだろうけどな。
敵対勢力である親父さえいなくなれば、完全にこの国を掌中に収めたといっても過言ではないからな。
リッチ公爵がイリスレーネ女王を傀儡にして、この国を乗っ取ろうとしているのは周知の事実だったから。
だからこそ、その一手として、二年前、俺が失脚してラーデンハイド家が急速に力を失った隙を突いて、宰相の嫡男であるレンディルとイリスレーネを無理やり婚約させたのだから。
俺の手足となって時々情報を持ってきてくれていたクラウスからその知らせを聞いたときには、開いた口が塞がらなかった。
ほんの少しだけだが、胸や胃の辺りがチクリとしないでもなかったが、ともかく、もはや本当になんでもありの状態となっていた。
こんな奴らにこの国を任せていたら、妖魔の襲撃以前に遠からず、王国は滅びるだろう。
「まぁまぁ、リッチ宰相殿。そう語気を荒くなさいますな」
そう声を発したのは、宰相と懇意にしているラングレン公爵だった。すっかり頭髪が寂しくなり始めている白髪白髭の男である。
「もうこれ以上の問答も無駄というものでしょう。さっさとこんな雑事は終わらせて、別の議題に移りましょう」
「――ふむ。それもそうだな。して、貴殿ならどう出る?」
宰相は一度、反対側に立つ親父へニヤけた笑みを飛ばしたあと、ラングレンに向き直った。
「そうですな。罪状としてはやはり、八つ裂きが相応しいかと存じますが、何分、元白焔の竜騎士でもあり、また家名から除籍されたとは言え、どこかの誰かさんのご子息でもあった男ですからな。ここは減刑し国外追放とするのがよろしいかと」
「なるほど。それもそうだな。その方が色々と面白かろう」
もはや腹の中を隠すことすら止めたらしく、本音がダダ漏れとなっていた。
「陛下もそれでよろしいな?」
リッチ宰相はイリスレーネに対してそう念を押すような物言いをした。
女王に判断を委ねるのではなく、反論は許さないといった含みすら感じられた。
果たして、玉座に座った女王イリスレーネはと言うと――
彼女はただじっと、無表情に俺を見つめてくるだけだった。
うんともすんとも言わない。
洗礼の儀のおり、最後に見たあのときよりもなんとなく冷たい眼差しを向けてきているような気がした。
俺はそんな彼女を見て少しだけだが、残念な気持ちになった。
――幼少期はあんなにもべったりだったのにな。
立場上、仕方がないことなのかもしれないが、今思うと二年前の洗礼の儀が終わって間もない頃、彼女と宰相の息子レンディルとの婚約が決まったことが決定打となったのかもしれない。
あの日以来、彼女とは一度も顔を合わせていなかったが、久しぶりに会ったというのにあれほど冷たい眼差しを向けてくるのはそういうことなのだろう。
――完全に嫌われたか。
俺は誰にもわからないように自虐的に笑った。
「フレデリック・ラーデンハイドよっ。裁決を申し渡す! 本日をもって貴様を国外追放と処す! 即刻、この国より立ち去るがよいっ」
宰相は両腕を広げて天を仰ぐような仕草をした。
敢えて失ったはずの家名まで持ち出して、勝ち誇ったように厳命を下す。
俺はそれに、ただただ何も反論せず従い、されるがままに王都の外へと追い出された。
その際、一度親父の顔を覗き見たが、結局、あの人は最後まで表情一つ変えなかった。
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