精霊結晶石
相変わらず俺たちがいる氷結の洞では、そこら中の水晶から虹色の光が仄かに発せられていた。
既に氷のつららもすべてが消滅しており、床は溶けた氷でそこら中がずぶ濡れとなっていた。
どうやら水晶から発せられた強烈な精霊力によって、フローズヴィトニルが弱体されたことで、奴から出た攻撃もまた力を失ってしまったようだ。
そんなわけで、エルレオネとデールを洞の出入口付近に待機させて、俺やイリス、ナーシャの三人は、白くてちっこいもふもふした生き物の前にしゃがみ込んでいた。
(わ、私をどうする気!? 食べてもおいしくないわよっ?)
相変わらず、頭に直接届く声で話しかけてくる幻魔。どうやらその辺もぽこちゃんとは違うようだが、そんな彼女? に、イリスがニヤけた笑みを浮かべていた。
「あらぁ? さっきまでの勢いはどこへ行ったのかしらぁ?」
いつものおぞましい笑みを浮かべる彼女に思わずゾッとしてしまったが、
「おいたしたらメぇ~でしゅよ! メ!」
ナーシャがそう言って、白い奴に近寄っていく。
「お、おい、ナーシャ……!」
俺は焦って連れ戻そうとしたのだが、
「大丈夫よ。もう彼女、まったく力残っていないから」
「力が残ってない? ていうか、イリス、お前、あの個体がなんなのか、今はもう見えているのか?」
「えぇ、まぁね。どうやら、力が失われたことで普通に見えるようになったみたいだから」
彼女がそう答えたときだった。
「メ!」
(ひゃぁぁぁ~!)
どうやら犬っころのお尻をナーシャが軽く引っ叩いたらしい。
(ひ、ひどいわ!)
「おいたしたらお仕置きなのでしゅ! ナーシャはお友達になりたかったのに、ぽこちゃん二号さんはおいたしたのでしゅ。だから、ばつなのでしゅ! メ!」
(いやぁぁぁ~~!)
なんだか先程までの凶悪振りが嘘のように、すっかりナーシャのペット二号へと成り下がってしまったらしい。非常に残念な子犬だった。
俺はそんな二人を眺めながら、本当に大丈夫だと感じて立ち上がった。
イリスも立ち上がって、俺を一瞥した。
「あの個体はフローズヴィトニルと呼ばれている種族で、どうやら神獣の幼体らしいわ」
「は……? 神獣だってっ」
俺は聞き間違えたかと思って思わず叫んでいた。
神獣なんて、存在自体が伝説みたいなものなのだ。神話の時代に実在したと言われている程度の、ホントか嘘かもわからないような怪しい生き物なのだ。
それなのに、現実として、実際に俺たちの目の前に現れた。
しかも、曰く付きの森とはいえ、その辺の森の中で採れた卵から神獣が孵るなどと。
にわかには信じがたい事実だった。
「本当なのか、それは? 見間違いということは?」
「それはないわね。まぁ、でも、正確に言うと、あの子それ自体が神獣というわけではないみたいだけれどね」
「どういうことだ?」
「私にもよくわからないわ。ただ一つ言えることは、あの神獣は転生したと言っていたし、古の時代に実在していた神獣の中身が現代に生まれたフローズヴィトニルという個体として蘇ったということなのかもしれないわね。その影響で、神獣の力によって一時的にその個体がかつての力を取り戻したってことかしら?」
「つまり、あのフローズヴィトニルの身体自体は」
「えぇ。神獣でもなんでもない、変異種といったところかしら。古代の神獣が蘇ったことでその力が宿った特別種。まぁ、普通の魔獣でも幻獣でもないことから考えてみても、中身も肉体も神獣と言って差し支えないのかもしれないけれどね」
「……なんだかよくわからないが、とんでもない奴が生まれてきたな」
「そうね。だけれど、それよりももっと意味不明なのはあなたのあの力よ。何か考えがあって、攻撃をしかけに行ったことぐらいはわかっていたから、私も相打ち覚悟で攻撃したけれど、いったい何をしたの?」
目を細めてじっと見つめてくるイリス。
「簡単なことさ。この部屋で魔獣退治したあとで、水晶がなんなのか真眼で見定めていたんだ。そしたら、あれがただの水晶じゃなくて、膨大な精霊力を宿した変異性物質だってことが判明した。つまり、何かしらのきっかけで別のものへと存在が変化することに」
「それって、あなたが砦で倒れたときに取りに行ったリリックライラの魔草と同じってことかしら?」
「多分な」
俺は実際にそれを見ていないからなんとも言えなかったが、おそらくそうなのだろう。ぽこちゃんの溶解液に反応して魔草が聖草へと変わって、人体に無害となり、逆に毒から薬草へと変異した植物。
そのことをあとで知らされていて知識として持っていたからというわけではないが、今の俺は見ただけで対象物がどんな特性を持っているのか、なんとなく見抜いてしまえる能力を有している。
なので、水晶が溶けるとただの精霊力を宿した石から精霊結晶石へと変異すると、感覚で理解していたのである。
そう。
つまり、森で手に入れた武具強化に必要な素材。そして、その結晶石に宿った力。
「精霊の力で一時的にあいつの力を抑え込んでいたみたいだからな。だから、本来の力を取り戻した精霊結晶石に宿る精霊力を借りれば、完全に抑え込めるかもしれないって考えたのさ。もしかしたら、あの石は、古の時代には普通に存在していたのかもしれないな。妖精や精霊たちが普通の人の目にも見えたように」
精霊たちが目に見えない存在となったのと同じように、あの石ももしかしたら姿形が変わってただの水晶のようにしか見えなくなってしまったのかもしれない。
あるいは精霊たちが化石となった姿が、精霊結晶石なのかもしれないが。
「ともかくだ。その辺も含めて、全部、本人に聞いてみるのが一番だろうね。早いところ契約して帝都に向かわないといけないし」
「それもそうね」
じっと見つめる俺たち二人の視線に気が付いたのか、ナーシャとぽこちゃんにツンツンされていた子犬が一瞬、ぎょっとしたような顔を浮かべたような気がした。
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