不死生物
「なんだこれは! いったい何が起こった!」
神聖剣を正眼に構えた俺は、ナーシャを抱き上げたイリスと一緒に思い切り後方へと飛び退っていた。
死んで朽ちかけていたハンターの死骸がいきなり動き出して立ち上がったからだ。
しかもご丁寧に、砕けていた骨の欠片が目に見えない接着剤で結合されたかのように腕や足、更には頭骨まで再構築していた。
骸骨ハンターは落ちていた剣と盾を拾って、顎をカタカタと鳴らし始めた。
真っ暗闇になっていた眼窩にも、赤い光が宿っている。
「エルレオネ! ナーシャを頼む!」
「わかっています!」
何かを発見したらしいエルレオネが合流してきて、ナーシャを守るように身構える。
彼女はすぐさま防護結界を展開し、ナーシャを保護した。
「いいですか? 絶対に出てはいけませんからね? わかっていますね? フリではありませんからね?」
いつになくしつこく言い含めるエルレオネ。
「う~~ん! わかってるでしゅ!」
幼子はそう言ってキリッとした顔をし、敬礼してみせる。
それを確認したエルレオネは周辺を警戒し始めた。
イリスも手が空いたことで周囲を警戒する。
「ちぃっ。どこにこれだけ潜んでたんだよっ」
動かぬ骸が骸骨ハンターとなった瞬間、四方八方からこれまでに遭遇してきたのと同じ種類の魔獣がうじゃうじゃ湧き始めたのである。
「もしかしたら、幻魔召来用魔道具が原因かもしれません」
「幻魔……なんだって?」
「幻魔召来です。先程見つけたものは既に機能停止していましたが、あの魔道具は周辺に潜んでいる魔獣たちを一カ所に呼び集めるためのものなのです」
「なんでそんなもんがこんなところに落ちてんだよっ――って、あの骸骨かよっ」
あの骸骨ハンターは生前、大量に魔獣を乱獲しては素材をギルドに卸していたという。もしかしたら、あいつがそのなんとかっていう魔道具を使って魔獣を呼び集めていたのかもしれない。
「てことは、あいつ、自分で大量に集めて自滅したってことかよっ」
思わず溜息を吐きたくなったが――しかし、それにしても、眼前で俺たちをバカにしたようにケラケラ笑っているようにしか見えない骸骨は、明らかに異常だった。
ただ魔獣にやられただけで一度死んだ人間があのような姿になって蘇るなんて話、聞いたこともない。しかも、奴の全身から漂っているあれは……。
「――明らかに瘴気だよな、あのどす黒い湯気のような奴」
そう。
妖魔たちの生命エネルギーと言われているアレ。
「まさか……あの骸骨野郎が生き返ったのは妖魔の仕業だって言うのか!?」
叫んだ俺に応じるように、周辺を警戒しながら、イリスが口の端を上げて笑った。
「ていうより、あの人は多分、妖魔にやられたんでしょうね。そして、なんらかの方法で今になって蘇った。魔の領域にしか存在しない不死生物となって」
「ちっ。面倒な! とにかくだ!」
「えぇ」
「すべて打ち払います!」
エルレオネの切り裂くような叫びが合図となった。すべての魔獣たちが一斉に襲いかかってくる。
「駆逐する!」
俺は叫び様に、周囲に舞っていた精霊たちに意識を集中し、右手を天に翳した。すると、それに応じて色とりどりの精霊たちが俺の右手に集まってきて、神々しいまでの光の玉へと変化した。
俺は無意識のうちにそれを左手に持っていた神聖剣の剣身へと持っていき撫でるようにする。
その瞬間、精霊たちの息吹によって、神聖剣が燦然と光り輝いた。
精霊や妖精の力で鍛え直された長剣が、更に精霊の力を受けて魔法付与された強力な武器へと変化する。
ただし、長時間は続かない。
一気にケリをつけなければならない。
「甘いわ!」
俺は飛びかかってきた黒豹へと真一文字に剣を振り下ろした。
スパッというなんの手応えもなく魔獣は呆気なく切り裂かれていた。
新しい剣の切れ味は既に確認済みで想像を絶する攻撃力になっているのは知っていたが、精霊の力で魔法強化された今の剣はそれ以上に凄まじいものとなっていた。
「こいつは……」
だが、感慨に浸っている暇はない。第二、第三の敵が右方向から迫ってきている。
「本当に数が多いな! しかも……!」
今一度襲いかかってきていた別の黒豹を一刀のもとに斬り伏せてから、返す刀で今度は猪タイプの魔獣を右足で蹴り飛ばしていた。
相変わらず、イリスたちのように戦闘系女神スキルに由来するような身体強化系スキルは覚えていない。しかし、俺はなぜか、少しずつ筋力とか反応速度が高くなっているような気がした。
理由はわからないが、そのお陰で、蹴り飛ばすなどという荒技も可能となっていたのだ。
「ちっ。こいつ……! 生前の力がそのまま反映されているのか!?」
魔獣たちに混ざるようにして前方からカタカタ駆け寄ってきて、上段から長剣を振り下ろしてきた骸骨。
俺はその攻撃をなんとか剣で防いだのだが、こいつ、骨しかない癖にとんでもなく重い一撃を繰り出してきた。
敵の長剣の性能がよかったからなのかもしれないが、思わず手が痺れそうになってしまう。
カラカラカラ。
両手で柄を握るようにして押し返そうとした俺に、骸骨が嘲笑うように顎を動かし、左手に持っていた盾で俺に体当たりをしかけてきた。
「ちぃっ」
俺はそいつを足で蹴り飛ばすと、その勢いを利用して空中一回転して後ろへと退避し様に、すぐさま骸骨へと馳せた。そしてそのまま、袈裟蹴りに思い切り剣を振り下ろす。
骸骨はぎょっとしたような間抜け面を浮かべて俺の一撃を受け止めようと盾を動かしたが、俺の攻撃はそれより早かった。
ガキンッという甲高い音をさせて、神聖剣が骸骨野郎の頭へと炸裂する。
そのまま、紙を切り裂くように鎧ごと縦に真っ二つに切り裂いた。
「やったか!?」
油断なく周囲の魔獣を警戒しながら地面にぶっ倒れていく骸骨野郎を注視していたが、しかし――
「まだ動くのかよっ」
魔の領域にいる本物の不死生物がどういった生き物なのかはわからない。
だが、今目の前にいるのと同じ生体反応をするのだとしたら、相当鬱陶しい。
それぐらい、生命力が高かった。
再び起き上がって分断されたところでぴったりとくっついてしまった骸骨野郎。
そこへタイミングよく、俺の左右から人喰い花とキノコ型の魔獣が襲いかかってくる。
「本当に……」
俺は腰を低くして、左手から毒霧をはいてきたキノコの一撃をかわしながら、
「しつこいんだよっ」
叫び様にそいつの背後に回って切り裂いたあと、更に走る速度を速めて右手側にいた人喰い花を一刀両断した。
そこへ、タイミングを合わせたかのように背後から骸骨ハンターが剣を振り下ろしてくるが、それより早く、俺は奴の背後に回り込んで思い切り蹴りつけてやった。
もんどりうってひっくり返る哀れな骸骨。
「みんなは……!?」
その隙に周囲へと視線を投げて戦況を確認した。
ぽこちゃんを抱きしめて周囲をキョロキョロしていたナーシャは、防護結界に守られて無傷だった。
というよりも、彼女を死守するように立っていたエルレオネが凄過ぎて、彼女たちに近寄る前に三メートル以上離れた位置から、敵が炎をまとった真空斬撃波によって片っ端から切り裂かれていった。
その姿はまさしく戦うメイドさん。というか、子供を守護する鬼神がごとき女性だった。
それに対してイリスはというと、
「相変わらずだな……あいつは……」
わかってはいたが、心配する必要など皆無だった。
剣技も身体能力も、彼女は王国一なのだ。俺なんかより遙かに強い。
しかも、どこか薄らと笑みすら浮かべて、縦横無尽に駆け巡っていた。
全身から青白い光を放ちながら、彼女自身が猛獣となってそこら中の敵へと襲いかかっている。
彼女が通ったあとにはすべからく魔獣の血飛沫が舞って、死体が転がっていった。
「てことは問題は……」
地面から起き上がってきて、再び俺に向かってカタカタと笑う骸骨ハンターだけということになる。
俺の周りにも既に魔獣はほとんどいない。
少し離れた位置にいるエルレオネが援護してくれていたお陰で、邪魔くさい奴らがいなくなっていたのだ。
「どうやってこいつを倒すか……だが」
再度襲いかかってきた骸骨野郎に、俺も一跳足で距離を詰め、剣を振り下ろしていた。
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